「気持ち悪い」
顎に銃口を突き付けた。塔子より大分背が高い彼はそれを気にしているのかしていないのか、とりあえずおどけたように手を挙げた。
「間違っても引き金は引かないでね、塔子さん」
「どうだか。間違えて引いちゃうかも」
そうしたら僕は死んじゃうよ、と、極めて完璧に見える微笑で吹雪士郎は言った。塔子は、対照的に少し歪んだ笑顔を彼に向ける。
(今すぐ間違えたい)
思わず手に力が入りそうになる。しねばいいのに、なんて積極的気持ちは久方ぶりな気がした。
「ねえ塔子さん、」
「お前と話すことなんてない」
吹雪は肩を竦めながら塔子を見ていた。どこからか聞こえる午後6時を知らせる放送も、今の彼女には酷く耳障りなだけで。
気づかれないよう奥歯を噛み締める。背後に指すような日の光を感じて吹雪から目線を逸らした――瞬間、彼は半歩下がったと思うと塔子の手を勢い良く払いのけた。
「――っ!」
払われた衝撃で手に持っていたものが舞う。
(げ、あたしのワルサー)
考えながら、塔子も反射的に後ろへ跳び下がる。明らかに彼女に向かって伸びてきた腕を流れるように避けた点で、彼女は自分を誉めてやっていい、と薄く考えた。そして、今まさにこの時アスファルトにぶつかった、自分の相棒とも言えるあのリボルバーに傷がついていませんように、とも。
「よそ見はいただけないな。塔子さん」
「煩いな、ちょっと考え事してただけだろう」
この男は喰えない。初めて会った時からずっと思っていたことだが。塔子は吹雪の何が嫌いって、その眼が嫌いだった。
侮蔑、揶揄、そして嘲笑。それらをないまぜにした瞳の色をしていながら、その上には薄氷のようにぺらぺらの膜がいつも張っていた。あるかないか程の繕いに苛々させられる。――すごく、気に入らない。
手を出せないぎりぎりの間合いを、塔子は徐々に後退しつつ吹雪を睨む。しかしこの状況、少しばかり、いやかなりまずい。
(生きて帰れっかな…)
元々、彼女と吹雪は敵対している二組織にそれぞれ雇われた身だ。塔子自身としては組織の確執だとか睨み合いだとかはどうだっていいのだが、親元がそうなっている以上残念ながら見ぬふりはできない。それに出会ってから分かったことだが、…これが塔子が吹雪を嫌う一番の理由で、吹雪とは(色んな意味で)合わないということだった。性格、考え方、その他諸々。
実力だけなら、吹雪の方が数段上である。しかし、実際の戦闘は実力だけで決まるものではないということを、塔子はしっかりと分かっている。足りない力は、知識と、思考と、運すら味方につけて補う。彼女はいつもそうしてきた。そうするだけの力があったのだ。
短く息を吐いた。
どうやら今日はあまり調子が良くないらしい。夕日は味方をしてくれない。
(でも、今更怯んだって仕方ないか。
運命の女神は色魔が好きなのかね、っと)
大きく一歩、踏み込んで一閃、怯んだ隙に向こうへ転がる。ワルサーまではまだ遠い。鋭く光を反射してこちらを見ている奴を、早く拾い上げたかった。
:シニカルなガール
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続くかも