一之瀬と土門がアメリカに帰るらしい。

元々彼等がアメリカから来たということは人づてに聞いていた。しかし、いざ帰るとなるといまいち実感がわかなかった。なぜなら塔子がイナズマキャラバンの面々と知り合った時、既に彼等は当然のような顔でそこに居たからだった。
わけのわからないうちに帰る日は決まり、よくわからないうちに見送りに行くことになった。彼等は何を思ってアメリカへ帰るのだろうか。きっと故郷へ帰るのだから嬉しいのだろう、と思ったら、少しだけ胸の辺りが締め付けられた。苦しい。
(…私はどうかしている)
何を言ったって一之瀬と土門は大切な仲間だ。離れたってそれは変わらない。だから、こんなに胸が苦しくなる道理はないのだ。
(一之瀬と、土門)
心の中で二人の名を呟き、ゆっくりと息を吐いた。溜息ともなにともつかない、細く長い息を。

二人の顔をそれぞれ思い浮かべふいに気が付いたのは、胸の感覚は一之瀬の時にしかしないということだった。
(…?)
なぜだか分からない。頭の中を疑問符が跳ねている。
「なにしてるんだ?塔子」
「え」
振り返ると一之瀬が居た。噂をすればなんとやら、せめて土門なら良かったのに、と塔子は少し苦い気持ちで思った。
「こんな所に、こんな時間に一人なんて危ないぞ」
僅かに咎めるような声音で一之瀬は言う。そういえばもう6時半だ。
「一之瀬だって、なんでこんな所に」
「俺?俺は、ちょっと地図を見に――」

彼女等が居るのは特別教室だった。塔子は転校してまだ日が浅いのでよくは分からなかったが、壁に貼ってあるいくつかの地図とか机の上にある地球儀を見て、ここはきっと地理教室だろうと思っていた。
地図に目を向ける。
「…いつだっけ」
「なにが?」
「帰るの」
「明後日だよ」
そこで一旦会話が途切れた。何も言わずに地図を見つめる。塔子の隣に立った一之瀬も、ただ静かにそれを見ていた。塔子はなんとなくこの瞬間が終わってほしくなかった。それは無理な事だと分かっていたけれど。

一之瀬とふたりきりなんて、恐らく最初で最後であろう。
「俺、本当は塔子が好きだったんだよ」
「今は?」
「今も」
塔子は一之瀬の方を見なかった。彼女は哀しかった。融解という言葉が脳裏を掠めた。

頬を伝う水滴の正体なんて知りたくなかった。一之瀬のために泣いている自分が信じられなかった。
好きだ、と言ったら一之瀬は悲しそうに笑った。

「アメリカは遠いなあ」




:私達は飛べない
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -