私は、みちるさんを、
「みちるさんって、本当に素敵……」 感嘆の吐息と共に漏れたそんな台詞に、みちるさんはヴァイオリンの手を止め、私にゆったりと微笑んだ。 「ああっ! その、私、みちるさんの手を止めるつもりじゃ……」 「わかっていてよ」 「まさか、聞こえるとは思わなくって……あの、ええと、ごめんなさいみちるさん……」 「まぁ」 今日も今日とてたっぷりとした海の色の髪を揺らし、みちるさんは何だかとても優雅だ。 人間、外見をそれらしく飾ったところで優雅にだなんて、ましてやみちるさんのような人になれるだなんて有り得ない。 髪型、服装を含めた容姿も勿論だけれど、みちるさんの一挙一動は、ふんわりとたおやかで、穏やかで、淀み無く流れていくよう。 何をしたって嫉妬するのも馬鹿馬鹿しいほど様になっているくせ、不自然さの欠片も無いところがいっそ不自然だと、ちょっぴりいじわるな気持ちになる。 だってこんなに女性として完成されたひとを私は他に知らないし、大体、どうしてみちるさんが私などとこんな時間を持とうとしてくれるのか、皆目検討がつかないのだ。 そう、私は今日、みちるさんに誘われて彼女と過ごしている。場所は海。みちるさんだったらこのまま海に溶け込んでしまいそうな……だなんて私、いつからこんな詩人めいたことを考えるようになったんだろう。 (きっと、みちるさんと過ごせば誰だってこんな気持ちになっちゃうよ、ね) みちるさんは海が好き。と言うか、水が好きなのかな。彼女の暮らすマンションにはプールがあって、毎日のようにそこで泳ぐのよ、と言っていたことを思い出す。同時にみちるさんの恋人――癪だけれどこれ以外に適切な呼び方が思い浮かばない――の存在までもを思い出してしまい、私は今にも気分が傾いてしまいそう。 「……夢子? ぼうっとしていてよ?」 「ねぇみちるさん。私が男の子だったら、みちるさんをさらって行けたのかな」 「まぁ」 みちるさんは目を見開いて、それからくすくすと笑みをこぼした。 「なぁに、夢子。はるかは女の子なのよ?」 「うう、そうだけど、そうじゃなくって……」 はるかさんとみちるさんは、何処からどう見たってお似合いでしかなくて、私はみちるさんとこうしてお友達をさせて貰っていても、みちるさんと恋仲になんて、天地がひっくり返ったってなれそうもなかった。それが、悔しい。 「みちるさんがもっと、平凡な女の子だったらよかったのにな」 「……」 「もしくは、はるかさんが……」 「それは、どうなのかしら」 全く気に障ったふうでは無く、ただ首を傾げて、みちるさんは言った。声を荒げるところなど見たこともないけれど、みちるさんは自分の意見を曖昧にしたくないときは、きちんとそれを伝える女の子だった。 ただそれは凄く貴重なことなので、私はみちるさんの言葉を一言も聞き漏らさぬよう、耳をそばだてる。 「だって……もし、もしもよ? 私が、夢子の言うところの平凡な女の子だとして、貴女は私に興味を持って?」 「……うん……、これでも理解っているの、そんなことは」 「まぁ。なら、どうして?」 「だって、だって、みちるさんってば完璧過ぎる」 「そんなこと、……あるのかしら?」 「違うかもしれない、けど。わからない。でもね、きっと殆どの人が、みちるさんが嬉しかろうが嫌だろうが、そういう感想を持つと思うの。違うとしたら……私の憎むべき、あの人だけね」 「あら、はるかも嫌われたものね?」 みちるさんはやはり穏やかに笑う。その笑顔が、私には悲しいのだと、みちるさんは知っているのかな。 完璧な“友人”で。 完璧な“恋人”がいて。 そして私の叶わない、このきもち。 「ごめんなさい。夢子を傷付けるつもりは、無かったわ。これで許して戴けるかしら……?」 と、みちるさんは私の一等好きな曲を、そのヴァイオリンで奏でた。 甘くて、優しくって、切なくって、でもやっぱり優しい曲。 ……私は瞳を伏せて、その音色を今だけは独占している奇跡に、結局は酔いしれたのだった。
--end--
書いているうち,切ない系になってしまいました。叶わない恋に胸を痛めてしまったお嬢様がいましたら,ごめんなさい...! わたしの筆が読者様の胸を痛めさせるほどに及んでいるのかはわかりませんが,書いている本人はうるっときました。ええ,みちるさんがやっぱりとても大好きです。
と言うかですね! 先に上げたはるかさんの話と対にしたかったのに,全く対になっていない上,そちらより随分長くなり...ました......
まだ勝手がわからなかったので,はるかの方はさくっとした話を目指しました。と言い訳しておきます...
しかしもう本当にね,わたしのはるかさん愛って誰にも伝わっていない気がしています。全力でそんなこと無いのに。
いつの日か,はるかはるかはるかな話を書いてみたいものです。
それでは,夢子様! 読んで下さって,ありがとうございました!
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