嘘よ。嘘だわ。
どうして?
有り得ない……
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有り得ないことが有り得てしまって、みちるは先程からずっと、心の中で繰り返していた。
嘘よ。嘘だわ。
どうして?
有り得ない……
だけれど事実、有り得てしまったのだ。
心臓ってこんなに煩く鳴るものだったの? これじゃ簡単に聞かれてしまうわ――とみちるは熱い両頬に両手を添えて、ちら、と隣の、ハンドルを操る麗人を見た。
「……みちる」
「な、何かしら、はるか」
この人に自分の名を呼んで貰える日が来るなんて、思ってもみなかった。勿論願って願ってやまなかったけれども、思ってもみなかった。
み、ち、る、そうこの人に発音されると、自分の名前がとんでもなく素敵なものに感じられる。
そしてまた、はるか、と呼ぶことを許されるだなんて想像もしていなかったものだから、みちるはいつだってその名を噛み締めるように、大切に発音するのだ。
「顔が赤いぜ?」
「……嘘よ」
「本当だって」
「嘘だわ」
「みちるでもそんな顔、するんだ。……ラッキーだったな、今日、君を誘って」
「どうして?」
「だって君は……いつも僕をリードしてばかりだろう? 覚醒の遅れた戦士としての僕は勿論のこと、普段だって……」
「有り得ない」
「……、何がさ?」
「だって、こんなのって……ねぇはるか、私凄く、煩いでしょう?」
はるかがきょとんとして、前方に注意を払いながらもみちるを二度ほど見る。それから発言した。
「みちるはどちらかと言えば喋らないほうだろ? 話し方だって、落ち着いていて、煩いだなんて僕は一度も……」
「違うわ」
みちるはなんだかもう恥ずかしさが振り切れてしまって、顔を抑えて俯くしかなかった。
「……あの、ね、声のことじゃないわ。あなた、聞こえているのにいない振りで、からかっているんでしょう?」
「……全く見当がつかないな。何がだよ?」
「もうっ、だから…………心臓の音よ!」
思わず大きな声が出てしまった。瞬時にはしたない、と思ってはっと口をつぐむが、はるかが暫しの間の後に取った行動と言えば、それ以上の大声で笑うことだった。
みちるは羞恥から、涙ぐんでしまう。
「酷いわ。そんなふうに、笑うだなんて……」
「違うよ。君がおかしくって笑ったんじゃない」
「おかしくもないのに笑う人なんて、いないわ」
「此処にいるさ。僕は、君があんまりにも可愛いから笑ってしまったんだ」
「かわ……ッ!」
みちるはもう、のぼせ上がって何がなんだかわからなくなってしまった。心臓が壊れるのではないかと思うほどに脈打つ。このままでは爆発してしまう、と不安になるほどに。
嘘よ。嘘だわ。
どうして?
有り得ない……
みちるがパニックに陥っている間にはるかは車を寄せて、エンジンを切った。そして右手でみちるの華奢な左手首を掴む。
「……ほんとだ、ドクドク言ってるや」
「はるか……ッ!」
ばっと顔を上げると、意外にもはるかは頬を染め、顔を逸らしていた。満足顔で、自分を見ているものだとばかり思っていたのに。
「……君だけじゃない」
少し小さなはるかの声を拾って、みちるはまさかと思いながらも、右の指先を、はるかの左手首の脈にあてがってみた。
「まぁ」
みちるは目を見開いてはるかを見る。
「あなたも、心拍数が早くってよ」
「そうだよ……ったく、君がそんなに可愛いことを言うから」
「でも不思議ね、音が私の耳まで届いてこないの」
「心臓の音なんて、自分にはどんなに煩くっても人に聞こえやしないさ。君、なんでも知ってるって顔して、こんなことは知らないんだな」
はるかがぼそぼそと言うのに、みちるはやっと、微笑むことが出来た。
「ふふっ」
「何だよ……」
はるかは依然顔を逸らしたまま、その頬を更に染める。
「はるか、こっちを向いて? 私を見て?」
唸り声のようなものを上げたはるかに、それでもみちるが目を逸らさずにいると、のろのろとその顔がみちるを向く。はるかはすっかり真っ赤になっていた。
「私ね、本当に知らなかったの。だって心臓がこんなにも高鳴るだなんて、はじめてのことで……。でも、本当なのよね? だって嘘なら、はるかの心臓の音が私に聞こえている筈だわ」
「……」
「あのね、私、夢を見ているみたいよ。あなたの運転で海岸をドライブ出来るだなんて、信じられなくって、それでずっとね、胸がどきどきして、どうしようもなかったの。今だって、そうよ……手首を握っているのだから、理解るわよね」
「……それが、女の子の癖に天王はるかの運転で海岸をドライブしてみたかった僕のフリークの、感想?」
「ええ、そうよ」
みちるが本当にしあわせそうに、愛らしく笑うものだから、はるかはすっかり参ってしまった。
「……まったく。僕こそ君のフリークに、なってしまいそうだよ」
はるかはみちるの温もりから逃げてそう早口に呟きながら、同時にエンジンを入れて、車を発進させた。
「えっ、なぁに? 聞こえなかったわ」
「なんでもない!」
そして今度は、はるかが思う番だった。
嘘だ。嘘だろ。
どうしてだよ?
有り得ない……!
(君が僕を、こんなにまで情けなくさせてしまうだなんて)
(君が僕に、こんなにまで入り込んでくるだなんて)
はるか覚醒後,ふたりは中学生。(免許...? そんなものにははるかもみちるも興味が無いようです。)
みちるは高1よりも余裕がずっとずっと無くて、可愛らしく書いたつもり。
はるかは高1よりもまだ随分みちるに依存もしていなければ愛情もよく理解っていなくて,幼く書いたつもり。
可愛い盛り。
カリスマっぷりを披露するまで,あともう10歩,20歩くらいでしょうか。
20110904
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