何よりも
あぁ、だるい。
今日はこのまま帰ろうかな。
何よりも。
「ここは−−−だから、−−になって……」
いつもなら気にならない教師の声が、今日はやけに頭に響く。
頬杖をつきながら、不動は黒板の文字を眺めていた。
今日は朝から少しおかしかったもんな、なんか頭いてぇ。
ゴホゴホと咳き込み、ちらりと時計を盗み見る。
三限目終了まであと3分。
この授業が終わったら早退しよう。
自分の荷物を鞄に入れ(といっても教科書は置いているのでプリントだけだが)、次の移動教室の為に立ち上がり始めたクラスメートをよけながらドアへと向かう。
こりゃ本格的にヤバいな…
足元がぐらぐらするような感覚に耐えながら、ひたすら歩くことだけを考えた。
「おい」
あ、俺幻聴聞こえてんのかな。
鬼道ちゃんの声がするような気がする。
「おい」
肩を叩かれた。
振り向くと、本当に鬼道ちゃんが立ってる。
「わぉ、どしたの?なんか用?」
確か鬼道ちゃんも次は移動教室だったよな…って何で覚えてんだ俺。
心の中でひとりノリツッコミしながら苦笑した。
「…いや、特には…」
特に何も無いのに反対側の教室までくんの?と喉元まで出かかったが飲み込んだ。
言うと機嫌を損ねて数日は話しかけてこないだろう。
本当かわいい奴。
話しているうちに、また足元がぐらついてきた。
早く帰らなきゃ、やばい。
「じゃ、俺急いでるから」
手を上げて下駄箱の方に向き直る。
「あ、その…」
おいおいはっきりしてくれよ、何か言いたい事があんなら早く言えよ。
でも、こんな駆け引きを楽しんでいる自分がいる。
「なぁに?」
ふっ、と零れる笑いをこらえきれなかった。
また彼の方に体を向ける。
すると彼は2・3歩俺に歩み寄り、すっと手を差し出した。
「…ん」
何だろう。
そう思い彼の手を覗き込むと、カラフルな紙に包まれた小さなキャンディがあった。
え、これ何、くれるの?
ゆっくりと手を伸ばしキャンディをとる。
自分の手のひらの中のキャンディをじっと見つめた。
「…朝からつらそうだったからな」
なんだ、気づかれてたのかよ。
顔を上げて彼を見る。
熱のせいか、口の筋肉がやけに緩んでいるようだ。
いつもは作らない笑みを作った。
「サンキュ」
そう言うと彼の口元が少しだけ緩んだ気がした。
「あぁ」
それだけ言って彼は教室の方に歩いていった。
手の中のキャンディをぎゅっと握り締める。
さっきと比べて体が楽になったのは気のせいだろう。
何よりも、(君は、特効薬)
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