私の為に生きてください
「もう、死にたいんだ。」
ヒロトがぽつりと呟いた。
「…え?」
びっくりしたリュウジが、今まで飲んでいたコーヒーをテーブルに置いてソファに座るヒロトを見た。
かちり、とふたりの視線が交錯する。
リュウジの瞳には、ヒロトが映っていた。
ヒロトの瞳には、何も映っていなかった。
ヒロトは視線を外し、ソファの背に寄りかかり天井の辺りに顔を向けた。
「うんざりなんだよね。
ほら、何て言うのかな。
他人と関わる事?…面倒くさいや。
この地球の上にいる大勢の中のひとりが俺。もしくはリュウジ、君だ。沢山のひとりの集合体。それがこの世界。
その世界で沢山の人が話して、沢山の人が仕事をして、沢山の人が恋をして、沢山の人が愛しあって。ひとりひとりに幸せがある。
でもね?その世界の中でどれだけの人が怒り、憎み、悲しみ、嘆いていると思う?終いには人を殺すんだ。幸せな人と同じぐらい、不幸せな人がいる。
つまりひとりひとりが幸せで、ひとりひとりが不幸せ。矛盾していると思わないかい?
そして。この世界では沢山の人で成り立っている。誰かの隣には誰かがいて、その誰かの隣には別の誰かがいるんだ。常に誰かと隣り合わせ。でも決してそのひとつひとつが密接って訳じゃない。そりゃさ、密接な所もあるよ?でも、この世界の人全員と密接ではない。全部繋がってはいないんだ。
例えば隣で誰かが死んだとしよう。その時は勿論衝撃的だろう、絶対に忘れないってくらいに。でも少し時間が経つと、段々とそれは薄れていく。
人間って便利だからね。自分に都合が悪い事、耐えられないぐらい悲しいこととかがあった時には、自然と忘れて行くようにできてるんだ。それが忘れたくないことだとしてもね。
人間って醜いだろう?自分が幸せならそれでいいんだ。人を愛すなら、それはつまり人を傷つけるということ。だって、もしその人が他に好きな人がいたら?他にその人を好きな人がいたら?それら2つを傷つけるんだよ。
だから僕は、他人と関わりを絶とうとした。でも無理だった。やっぱり人っていうのは他人に寄りかからないと生きていけないみたいだね。
だから僕は今、死のうと思ってる。僕という存在が無くなれば他の人にも迷惑をかけないし、僕が傷つく事も無い。」
そう全てを吐き出し、ヒロトは自嘲気味に笑った。
「ねぇ、リュウジなら俺を殺してくれる?」
ヒロトはまたリュウジを見た。
その瞳には、何も映っていない。
「ヒロト。
なら、俺の為に生きてよ。」
リュウジがそう言うと、ヒロトの目は驚いたように見開かれた。
「俺はさ、ヒロトがいないと駄目なんだ。君がいなくなる事が辛い人がいるんだ。
世界ってさ、人間ってさ、確かに醜いかもしれない。不幸せかもしれない。でも、ヒロトが言ったとおりなら、それと同じぐらいの幸せがあるんだろう?
ヒロトはきっと、人よりも幸せが少なかったんだよ。その幸せの足りない分をさ、俺と一緒に探そうよ。それで足りないなら、俺の幸せもあげる。
俺は、ヒロトが隣にいるだけで幸せなんだ。」
すうっと、ヒロトの目から涙が落ちた。
「だから、俺の為に生きてよ。」
ヒロトの瞳には、リュウジが映っていた。
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お題サイト 雲の空耳と独り言+α様からお題をお借りしました!
ありがとうございましたm(_ _)m
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