ザザン、と波の音が耳の奥で響いていた。寝ぼけたままの私の頭を、そっと撫でるような潮風。
そういえば昔、貝殻を耳にあてると波の音が聞こえると誰かが言っていたなあ
私は夢の続きを求めてもう一度目を閉じた。
* * *
『***!』
海辺に座りただ何をするでもなく波の音に聴き入っていた私に、10年前の彼は声をかけた。
『…エース、おはよう』
『おう!』
どかっと白い砂を飛び散らせ、私の隣に座る彼の笑顔は太陽のようだった。
『お前さあ、毎日ここで何してんだ?』
『…波の音、聞いてるの』
『波?』
『うん』
昔から波の音を聞いていると、不思議と心が落ち着いた。
エースはふぅんと相槌を打つと、突然波打際へとかけて行き、足元の砂を蹴散らしながら何かを探しはじめた。
『エース?何してんの』
『んー?………あった!***!』
『え? わっ!』
エースが私に向かって何かを投げた。慌てて手を伸ばし、それをキャッチする。
見ると、私の手の中には白い巻き貝が収まっていた。
『貝殻…?』
『それ、耳に当てると波の音が聞こえるって、ジジィが言ってた!』
『ガープさんが?』
私はそれをそっと耳に当てて目を閉じた。
『……き、聞こえナイ』
『何!?ジジィのやつ嘘つきやがったな…』
『ふふ、でもこの貝殻キレイ。もらってもいい?』
『おお、べつにいいぞ!拾ったやつだし』
手の中で優しく光る貝殻。私は海に電話をかけるみたいに、それを何度も耳に当てた。
『***、海好きか?』
『ん?好きだよ』
『おれも好きだ!おれ、でっかくなったら海へ出るんだ』
『…エース、海賊になるの?』
『海賊王になるんだ!』
『へえ、すごい』
『***は、でかくなったら何になるんだ?』
『……私は、そうだなあ……』
* * *
「***」
重い瞼を持ち上げて、刺すような眩しい日差しに目を細めた。そこにはさっき夢に出て来た少年の面影を残した彼がいた。
「エース…おはよう」
「こんなとこで寝てたら日焼けするぞ」
お前、焼けたら肌真っ赤になるだろ?
そう言って、エースは自分の頭からテンガロンハットを取り私に被せる。途端に愛しい人のにおいが近付いて、私は嬉しくなった。
「夢、見てたの」
その逞しく成長した首にそっと腕を回し抱き着くと、エースも優しく抱きしめてくれる。
「何の夢見てたんだ?」
「……昔の、」
「年寄りみたいだな」
「うるさいなあ」
「いででっ」
体を離し、両の頬を左右に引っ張る。昔もよくこうして戯れていた。
私たちは何も変わらないね、エース。触れ合う肌も、喋り方も、想いも――。エースはすっかり大きくなったけど、中身はちっとも変わらなかった。時々見せる、とても寂しそうな横顔も。
「海賊王になるんだって、小さいエースが言ってた」
「…夢の中で?」
「うん。エース可愛かった」
「嬉しくねェ」
「……私さ、あの時…」
「ん?」
私さ、あの時――10年前、エースに夢を聞かれた時、恥ずかしくて素直になれなかったんだけど、
本当は、本当はね……
「!」
言おうか言うまいか迷っていたら、突然何かを耳に宛がわれた。顔を上げるとエースは「これ何だ」って顔をした。
「……貝、殻?」
「当たり!聞こえるか?***の好きな音」
ニッと笑ったエースは、やっぱり昔と何も変わっていなかった。
「……聞こえないわよ、バカエース」
「おっ」
私は込み上げてくるこそばゆい笑いを噛み締めながら、再びエースを抱きしめた。
『***はでっかくなったら何になるんだ?』
『……私は、そうだなあ……
じゃあ、海賊王の、お嫁になろうかな』
『へぇー、海賊王の…………って、ええ!?』
『もしかしたらエースのお嫁さんになるのかもしれないね』
『っ……!あ、アホ!海賊王はおれがなるんだからそりゃオメェおれの嫁だろうがっ…てかそれは遠回しに…!』
『あは、そんなのわかんないじゃん?未来のことなんだから。
……でも、一緒にいられたらいいね』
10年後も、エースが夢を叶えたその後もずっと――
私さ、あの時、恥ずかしくて素直になれなかったんだけど
本当はね、エースのお嫁さんになりたいって言いたかったんだよ。
結局私はそれを言わなかったけど、エースは分かっていたと思う。だからわざわざ言う必要はないんだ。エースが親父を海賊王にして、夢が叶うその時までは――
「エース、好きだよ」
「おれも、大好きだ!」
君に捧げた、
最後の夢
次の10年も、その後も、ずっとずっと一緒にいよう