サウザンドサニー号の甲板は、いつものように賑やかだ。

それは、黒い空に散りばめられた幾つもの宝石が瞬いている今でも、まったく変わらず。





「ねぇ、ルフィはやっぱり、宴会好きだよね」


あたしは、片手にお酒のなみなみ入ったジョッキ、もう片方の手にお皿いっぱいのから揚げという、不本意ながらも色気より食い気みたいな格好で、いつものようにゾロを見つけてはその横に腰を下ろす。


「まぁ、そりゃ間違ってねェ」


彼は皆が騒いでる場所からちょっとだけ離れたマストにもたれかかっていた。


あたしはゾロが大好きで(でもちっとも気がついてもらえないけど)、彼を見つけては、どさくさに紛れてこうやって近寄って隣をキープする。

それが、麦わら海賊団入団以来、あたしが大事にしてる小さな幸せのうちのひとつ。


「ふふ、でもね、あたしも好きだよ」


ほほを緩ませながら、はい、と、片手のお皿を近づけながら呟くと、ゾロはすぐにその上にあったから揚げを手にとって口に運ぶ。


「じゃ、あんなバカでけェ魚を釣り上げたウソップに感謝すんだな」


彼の口の中のから揚げは、3回程噛まれてすぐお酒と一緒に喉を通っていった。
ゴクリ、と動く喉仏が、なんだかちょっぴり色っぽい。

そしてまた、から揚げに、手を伸ばす。


「そうだねー、ウソップと、荒れないグランドラインの気候と、それからルフィの一声に感謝、かな」


言い終わってからあたしもお酒をぐい、と飲んで、それから、あっ、と小さく言葉を零した。


「あと、宴会をダメって言わなかったナミと、それを後押ししてくれたロビンと、料理を作ってくれたサンジくんと、灯りを作ってくれたフランキーと…鼻割り箸で踊ってるチョッパーとブルックも、みんなに感謝だ」


そうだそうだ、うんうん、とあたしは何度も首を縦に振りながら、近く床に置いたお皿のから揚げをひとつ、つまんだ。


宴会の発端はこのから揚げの身となる巨大な魚をウソップが釣ってくれたからだけど、みんながいないと“宴会”じゃないし、みんながいてこその、楽しい“宴会”だもん。



つまんだから揚げを口に入れる。

うーーん!やっぱり、おいしい!



「あ!もちろんね、ゾロにも感謝だよ」

「あ?」


もぐもぐとから揚げを飲み込んでから、隣に座るゾロを見上げた。

彼は口のあたりを手の甲で雑っぽく拭きながら、顔だけをこちらに向ける。


「だって、敵に襲われてみんながピンチになとき、必ず最前列にいて守ってくれるもん。いざと言う時、いっつも便りにしてる!…んー、普段は寝てばっかりだけど」

「……そりゃ、今の話と関係ねェだろ」

「あれ?そうかな?」

「そうだろ」

「寝てばっかり、の部分が?」

「いや、全部だな」



でも、そう言うゾロは、楽しそうにニヤリと口角を上げていたから、あたしの胸が、ドキリ、と鳴った。

ゾロのこの顔、あたしはとっても好き。
(ううん、本当は、どんなゾロでも好きなんだけど!)


「関係なくないよ。本当のことだもん」


そう言いながら、あたしはまた、から揚げを取ろうとする。




話の趣旨が逸れてるかもしれないけど、でも、ゾロに感謝してるのも確かだし。

いや、もうむしろ突き詰めるとゾロが生まれてきた事から感謝しなくちゃいけないなぁ。

ん?という事は、ゾロのご両親にも感謝して、それからゾロと関わってきた全ての人に感謝して……




「オイ」


頭の中でぐるぐると考えを巡らせながらから揚げを食べようと口を開いたら、お皿からとったはずのそれが動いた。

……んじゃなくて、


「手」


掛けられた一言でハッと、あたしはから揚げじゃなくて、手、を掴んでいたことに気づく。

しかもその手、は、口をあんぐりと開けたあたしに食べられてしまう近さにあって。


「うわわっ!ご、ごめん」


自分で掴んだくせにビックリして、慌てて離して、慌てて彼を見た。

ゾロは「何やってんだ」と、呆れたように呟いて、その大きな手に包むように持っていたから揚げを、あたしの口にグイと押し込んだ。


「こっちだろ」

「ふっ、ふみはへん…」

「ったく…、おれの手はから揚げじゃねェぞ」




ゾロはため息をつきながら、またゴクゴクと、お酒を喉に流し込んでいる。


好きな人の手をから揚げと間違えて食べようとしちゃったなんて、ああ、もう、あたしってば食い意地張りすぎ!

…って、もぐもぐしながらちょっと落ち込んだけど、口の中のから揚げが美味しかったから、単純なあたしのそのめげた気持ちは、だんだんと薄れてしまったのだった。


「ごめんね、ゾロ。なんか考え事してたら、つい」


えへへ、と笑ってゾロを見る。

しばらく堪能して飲み込んだから揚げは、それはもう美味しくて、あたしはやっぱり笑顔。

ほんとに、こんな美味しいお魚を釣ってくれたウソップと、それからこんな美味しく調理してくれたサンジくんに感謝しなくちゃね。
(あと、食べさせてくれたゾロにも!)



そしてすぐにまたその味が恋しくなって、お皿に手を伸ばしたあたし。

なんだか楽しくて、ほころびニヤける顔を抑えられないまま。

でも、あたしのその手に触れたのは、またもやから揚げ、じゃなくて。







あ、でもね、

今は、わかる。



お皿の上。

あたしは、また、ゾロの手に、触れていた。







瞬間、はじかれたように手を引いたあたしは、その勢いのままに、うあっ!、と口を開けて、何度か大げさなくらいの瞬きを繰り返しながら。

でも、それでも、今また一瞬触れたばかりの大きな手に、なぜだか見入ってしまった。


言葉を忘れてしまったように、ただ。
彼の、大きな、手に。



そして。







もしかしたら、お酒が結構まわっていたのかもしれない。

だって宴会が始まってから、楽しくてたくさん飲んだんだもん。


だからなんだよね、こんなに滑らかに。

あたしの指は、たどたどしくゆっくりと彼の指先を撫でたあと、それに触れて。




捉えたまま、離さない。


「……」

「……」


ううん、離れない。



彼の指は、とても長くて、とても骨ばっていて「男の人の手」っていう、感じがした。

あたしとは違う、硬くて、少し、カサカサな。


そしてそれが、なんだかドキドキする。
性別の違い、を、指先で感じて、あたしは本当に、ドキドキ、した。



欲が、高まる。

あたしが何も言えないまま、握って捉えた先の彼の手は、あたしのそれを跳ね除けるでもなく、ただ、そのままで。



また、もっと触れたくて、もっと感じたくて。
見つめたゾロの指先を、そっと撫ぜる。


かけがえなくて、情欲的で。
無意識に、吐息が零れた。



「この、手で」


ゾロの顔なんて見ることが出来ない。
だって、あまりにも。


「いろんなものを、守ってきてくれたんだよね」


あたしの視線は、繋がれた彼の手だけに向けられて。


「そして今も、守られてる」


ぎゅ、とあたしと交差した人差し指を小さく握る。


「だから、感謝してるんだ」


あまりにも、いとおしくて。


それを再確認したら、好きすぎて、胸が痛いよ。

大好きで、たまらないの。


例えば剣を振るい、人を守り。
例えばあたしにから揚げを食べさせてくれる。
そうやって差し出すこの手が。


ニヤリと含み笑みながら、今もこの手を差し出す貴方が。













「なぁ、ゾロもむこうで一緒に、鼻割り箸やらねェかっ!?」

「うわっ!?」


突然の、頭から振る可愛い声音にびっくりして顔を上げると、そこにはピンク帽子のチョッパーの姿。

うわわわ!あたし、いつの間にか自分の世界に没頭しちゃってた!?


恥ずかしくて、冷静になろうと頭をブンブン振っていると、チョッパーがあたしの顔を覗き込む。


「あれ?なんか、具合でも悪いのか?」

「う、ううん!そうじゃないの、チョッパー。あたし、ちょっとお水もらってくるね」

「おう。でも大丈夫か?顔が赤いぞ?」

「あ、えっと、お、お酒飲みすぎただけなの。大丈夫だから、ごめんね!」


あたしは一気に現実に引き戻されたような感覚と、それに続く夢うつつの恥ずかしさに、いてもたってもいられなくなって立ち上がった。


勢いがよすぎたせいで、覗き込んでいたチョッパーのおでことあたしの頭が激突したけれど、痛がっている暇はない。

だって、恥ずかしいんだもん!




あたしは逃げ出すように、痛がるチョッパーと大好きなゾロを置いて、その場から一目散に立ち去った。












ヒリヒリと痛む頭の感覚。


ごめんね、チョッパー。

あとで謝らなくちゃ、と自己嫌悪に陥りつつもあたしは階段の陰に隠れながら、ここまで走ってきて乱れた息をふぅ、と整えていた。




そして、彼を、想う。




見つめた自分の手のひらに、指先に。

あたたかい、彼を感じて。



「……だいすき」



今はまだ、ゾロを独り占めできない、けれど。

いつか、いつか、その日が来るのなら。





その手で触れて、
その手で
して、
(いつか、その手は、あたしをとろけさせるの)









少女が階段の陰から顔を出して星が照らす甲板を見渡すと、割り箸を渡されながらも全力でそれを押し返している緑色の頭が見えた。


それが可笑しくて、少女はまた、笑う。


そして、愛する人を想いながら見上げた空。

その黒い空に散りばめられた宝石たちは、とてもゆるやかに、とても華やかに、まばゆいばかりの光を。

サニー号の甲板に、降りそそいでいるのだった。




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