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ふう、と一息ついたところで、いきなり胸ぐらを掴まれた。

「?」

「何なんだよてめぇは。しゃしゃり出やがって。」

前髪から覗かせる冷たい目に見下ろされた。本当にギロリと音がしそうなほどの邪眼だ。
その目をしっかり見つめ、胸ぐらの腕を握る。

「暴力はダメでさ。」

「うっせぇぶち殺されてーのか。」

「俺は死にやせんよ。」

「はぁあ?」

思いっきり馬鹿にしたようなリアクション。くそ、完全に舐められてるな。やっぱり身長か?身長が低すぎるのか?
…自分で言ってて悲しくなってきた。

「ガキは寝てろや。」

「ガキじゃありやせん!高校生でさ!」

『ガキ』というフレーズにカチンときた。そりゃあんたの方が身長高いけども!
思わず睨み返すと、ますます馬鹿にした顔ではっと鼻で笑われた。

「女だからって何でも許されると思ってんじゃねぇよ。」

ずがん。

――たぶん、漫画だったら俺の頭にそういう文字がのしかかってるだろう。

お、女って、女って!俺が一番気にしてることを…!!

「俺は男でィ!!」

「は?男?」

「ちゃんとあんたと同じもんついてまさァ!」

知らない人の家の前で何言ってんだって話だけど、今の俺にはそういうところまで頭を回す余裕がない。

すると、本当に俺を女と思っていたのか、いささかびっくりしたような顔をされた。その顔にさらに傷つく俺。あぁ、シャンプー買いに外出ただけなのに何でこんな事になってんでィ!

トシとギンの言いつけを守らなかったことに若干後悔が押し寄せる。
そんな俺とは違い、その人は唇の端をニィと吊り上げた。

「へぇ。おもしれーなおまえ。」

「何も面白くありやせん。それより離してくだせェ。」

「俺が怖くねえのかよ。」

「へィ?」

さらにぐいっと顔を近づけられる。

「俺が怖いかどうか聞いてんだよ。」

「?いや、俺あんたの事知りやせんし。怖くありやせんよ、普通の人じゃねぇですか。」

そう言うと、またもや驚いた顔をされる。意外と表情あるんだなこの人。うん、一般人だ。ちょっと乱暴なだけで。…いや、やっぱり流血させるのはいただけない。

「じゃあお前は、なにが怖いんだよ。」

「え?」

「なにが怖い?」

俺の怖いこと?俺にとって怖いことって…。
と、心の中にふいに浮かんだ二人の顔。

「…ライブ。」

「は?」

「俺音楽やってんですけど、ライブ中に楽譜が頭から飛んじゃうのが一番怖いでさァ。」

「…んだそれ。」

呆れた声でリアクションされる。
うんそうだ、俺が一番怖いのはステージの上で頭が真っ白になることだ。お客さんの刺さる視線、二人の音との「ずれ」が痛い程分かってしまう。一生モンのトラウマだ。


そうであるはずなのに、なぜか、心がざわつく。

「あれはほんとに鳥肌モンですぜ。あんたも人殴るくらいなら音楽やってみなせぇよ。」

「あぁ?」

「日々の鬱憤を音楽にぶつけるんです。最高なロックができやすぜ?」

「…おまえマジでうぜぇな。」

「きっと毎日が充実しやすよ。」

「うっせぇ!!!」

突然ばっと後ろに突き放された。

「わっ」

「幸せ面しやがって!音楽?ふざけんな!あんなの楽しくも何ともねぇ!!」

「、」

よろめく俺を真正面から怒鳴りつける。
その言葉にどこか違和感を覚えた。

「あんた…」

「うっせぇ!」


顔は俯いた前髪に隠れて見えないけれど、その姿はなんだかさっきまで目をぎらつかせ人を苦しめていた人と同じ人には思えなかった。

―…むしろ、苦しそう。

この人とは初対面のはずだ。なのに、もどかしいような閉塞感というか、何かに必死に抵抗しているような姿に、どこか既視感を覚えた。

沈黙の中、その人の荒い息遣いだけが妙に目立つ。
この人…。

互いに黙りこくっていると、どこからかパトカーのサイレンが響いてきた。

「え、警察!?」

騒がしい俺たちに住民の誰かが通報したのか、パトカーがすぐそばまで迫ってきている。

「これどうし…あ、ちょっと!!」

パトカーに気付いたのか、その人が近くの路地に走り出す。
に、逃げるつもりか!

慌てて俺も近くに放り出したままのシャンプーの入った袋を引っ掴み、家の方向にダッシュする。
後ろから「どこだケンカは?」「えーこちら3番、人影なし。」など警察官の声が聞こえるが無視だ。

とりあえず今は走る!

*****

はぁはぁ息を切らしながら、何とか家までたどり着いた。
ちらりと両隣を確認するが、俺が外に出たことはばれてなさそうだ。

がちゃりと玄関に入り、ひとまず安心。

「………。」

誰だったんだろう。制服じゃなかったから分からないけど、たぶん高校生だ。
走って逃げたくらいだから、家があの辺なんだろう。
あのあたりは高級住宅街だから、意外とどこかのお坊ちゃんなのかも。

「………ああいう人もいるんだな。」

冷たい目だった。
あれがもし‘両目’だったら、見られるこちらがもっと切なくなるに違いない。

近所ならまたいつか会うだろうな、とがさがさとシャンプーを袋から取り出し、風呂場に向かう。







その時の俺は気づいていなかった。
シャンプーを買いに行った矢先に出会った人―――左目に眼帯を付けたあの人が、同じ高校で、同じクラスの、高杉晋助君だったということに。

*****

始まりました高杉篇!(笑)
管理人の中では比較的大人しい高杉ですが、色恋では頑張ってもらうつもりです。

高杉は学年上がる前から自宅謹慎中だったので、沖田は顔知らなかったってことで!名前はぼんやり知ってた程度です。(伏線あった)
しばらくは高杉出ずっぱりかな…。






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