気になる人
私には気になる人がいる。あ、念のために言っておくけれど気になるだけなのだ。決して恋愛感情とかそんなではない
ただ、気になるだけ。
「おはよう」
「ああ、今日は遅いな」
「ちょっとね、」
なんてことはない。こうして会話だって普通に出来るんだ。恋をするとその人とロクに会話も出来ないと言うではないか、だからこうして彼と会話が出来る私は彼に恋をしてるわけじゃない。気になるだけ、
「あ、私これ嫌い」
「好き嫌いは良くないな」
「それと交換しようよ」
「ダメだ。」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥ちゃんと食べたら、おれのデザートを少しわけてやる」
「!‥食べる」
「ああ、いい子だな。」
子供扱いするな、なんてブツブツ言いながら嫌いなものを食べる私を微笑ましそうに見る隣のマスクが気になる。うん、気になるだけ。ドキドキしないし。
「‥やっぱり好きになれない」
「良く食べたな。ほら、約束通り、デザートわけてやる」
「ありがと」
こんな些細なことでも嬉しいと感じるなんて。たかがデザートなのに、海賊はデザートよりも財宝宝石なのよ。なのに‥輝くダイヤモンドや煌めく金貨よりも今、私の目の前に差し出されたなんの変哲もないバニラアイスのほうが惹かれるなんて。違うわよ、彼がくれたからとかじゃないから。そうね、私が財宝宝石よりもこのバニラアイスに惹かれるのは今が食後だから。私ってば色気より食い気みたい
バニラアイスを堪能した私は席を立ち上がり、甲板に出た。しばらくこの感情について考えていたら隣に人の気配が‥
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
嗚呼、もう。私の馬鹿。横なんて見なけりゃよかったわ、また気になってしまうじゃない。というかなんでわざわざ私の隣に来るのよ、隣が気になってとても考え事なんて出来ない。
「平和だね。」
「おれとしては敵船の急襲でも来たら面白いんだがな」
その意見には全面的に同意。海賊は平和なんて求めちゃいないし、なにより急襲でもあれば私は隣にいる気になる人物のことを考えずに済む。
本当に厄介だ。いつ何処で何をしていても気になるのだから。ベッドの中にいても、食事をしている時でも私の頭の中の七割を占めている隣のマスクは呑気に自分の武器の手入れをしている。私はこんなにもモヤモヤしているというのに。
「海賊に恋は不要だわ。」
つい、本音が口からポロリとこぼれた。小さな声だったけれどその本音は彼に届いていたようで‥彼はゆっくりと顔を上げてマスク越しに私を見ている。
「‥‥何故、そう思う?」
「‥‥‥得にならないから?」
「そうか。」
疑問形に疑問形で返した私に、彼はあっさりと返して再び視線を武器に戻して手入れを始めた
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
この空間には私と彼だけ。船内は未だに食堂で馬鹿騒ぎしている仲間たちの声が聞こえるが、ここは波の音と彼が武器を手入れしている音しか響かない。
ああ、それにしても気になる。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥おれは、」
海を眺めていたら横から小さな声が聞こえた。私は声を発した彼を見る。
「不要、と断定はしないな。」
最初は意味を理解出来なかったがすぐに先程自分が発した言葉についてのことだと理解した。それと同時に意外さを感じる
「どうして?」
「惚れた女を守ろうと更に力を求める。そして強くなる。」
「‥キラーも、そのタイプ?」
「ああ」
意外と共に心に大ダメージ。なんでこんな失恋したみたいになってるのよ、私。私は彼が気になるだけで恋愛感情を抱いてるわけじゃないのに。そう、私は彼の素顔が気になるだけなの。だって気になるじゃん、彼の素顔なんて。きっと私の気になるはただの好奇心だったんだ。
うん、それならよかった。
「‥‥‥へえ、意外。」
「そうか?男が惚れた女を守りたいと思うのは万国共通だとおれは思うがな」
「男って不憫な生き物なのね」
「そうでもないぞ。」
「‥惚れた女守って名誉の死でも得たいの?女からすればその思いはとっても重いわ。」
私が皮肉まじりに言うと彼は珍しく苦笑しながら私に返した。
「かもな。だが、おれは死ぬ気はない。キッドを海賊王にするまではな」
「もちろん、私だってそのつもりよ。頭を海賊王にする。」
「ああ。だが‥おれはそれだけじゃない。ウミも守る。だから、おれは死なない。」
手入れが終わったらしい、彼はそういって立ち上がり、甲板から去った。
「‥‥‥‥‥‥」
ひとり甲板に残された私は、しばらく彼の言葉を反芻して瞬きをした。そして波の音に掻き消されるくらい小さな声で呟く。
「ああ、やっぱり気になる。」
違う違う、いつもと同じ筈の景色が少し違う景色に見えるのだって私の勘違い。ただ単に私は彼が気になるだけ。この胸の高鳴りがなにかを知らせるように私の耳に届くのを私は黙って聞いていた。
気になる人
(何かが変わった気がした)