小学校四年生の時、 私は好きな男の子に殴られた。 理由はわからないけれど、 痛くて、怖くて、悲しくて‥ 私は泣いた。でも、その男の子は とても嬉しそうに笑っていた。
いつもは明るくて、人を笑わせることが大好きで、なにより優しかった男の子がいきなり自分を殴ったということに頭が追い付かず、私はただ殴られた痛みで泣いていた。
あれから7年‥その男の子とも疎遠になり、私は地元の高校ではなく、遠い高校まで通っていた。
「‥‥‥‥‥‥」
朝の登校中、電車に揺られながら、私はぼんやりと過去のことを思い出していた。
私の好きな男の子のことを、
あの男の子はどうして自分を殴ったのか?どうして泣く私を尻目に嬉しそうに笑っていたのか?
あの事件をきっかけに、私と男の子は疎遠になった。進級してクラスも変わり、家も正反対の方向だったこともあったからだ。
周囲のクラスメイトたちが、私と男の子を二人きりにさせないようにしてきたことも一つの原因だろう。
自分でも今更、と思う。 だが、それまであんなに優しかった男の子がいきなり自分を殴るなんて‥今でも信じ難い。
「‥‥‥‥‥」
駅が停車し、降りる人の後に乗る人が乗車して来る。私の隣に座る金髪の男子高校生。男子高校生は私をしばらく見た後に目を見開いた。
「‥お前、愛、か‥?」
「‥‥はあ‥そうですけど‥どちら様ですか‥?」
男子高校生は私の名前を呼んだ。 この人は私を知っているようだけど私はこの人を知らない。
警戒心を隠すことなく、私は男子高校生に返事をする。
すると、男子高校生は眉尻を下げ、申し訳なさそうに口を開いた。
「俺‥ヨシタケだよ。覚えてっか?小学校の時、愛と同級生だった田中ヨシタケ。」
その名前に今度は私が目を見開く番だった。
田中ヨシタケ、
彼こそ、私を殴った好きな男の子。容姿が変わり過ぎていて気付かなかった。いつの間に髪を染めたのだろう?
「‥ヨシタケ、くん‥?」
「ああ‥久しぶり、」
「久しぶりだね‥全然、気付かなかった‥髪も染めてるし‥」
ヨシタケくんはこの五年間の間に、とても変わっていた。
髪も黒から金色に、声も随分と低くなり、そして身長も高くなっている
「卒業式以来、だな。」
「うん‥私、遠い中学行ったし、」
「俺、愛が遠いとこ行ったって知ったのかなり遅かったわ」
笑いながらも、二人の間は微妙な空気が流れている。それもそうだ、だって私たちは被害者と加害者。
別に、怒っている訳ではないけれどどこと無く、気まずいのだ。
「あのさ、」
ヨシタケくんが口を開いた時に、私の降りる駅に着いた。
「あ、ごめん‥私、降りなきゃ‥」
私は座席を立ち上がり、ドアに向かう。そしてホームに足を着けた時‥
「っ‥あ、愛‥!どうしても愛に話したいことがあるんだ!今日の夜、愛の家に行くから‥!」
「ヨシタケくん‥?う、うん‥わかった‥待ってる、」
それと同時に閉まるドア。私は先程からドキドキと忙しなく動く心臓を押さえながら歩き出す。
この胸の鼓動は何なのだろう? ヨシタケくんに会ってから、鼓動が止まらない。
恐怖?動揺?それとも‥
「‥‥‥もうそろそろかな‥」
学校も終わり、家に帰宅した私は逐一、時計を確認していた。彼は私になにを伝えたいのだろう。思考に耽っていた時、家の呼び鈴が鳴った。
「ヨシタケくん‥」
「愛‥」
「ま、まあ‥上がってよ、」
「悪い、」
ソファーに座るヨシタケくんに飲み物を差し出し、私も座る。
「それで‥私に話って‥?」
「‥‥悪かった!」
私が話し掛けるとヨシタケくんは急に頭を深く下げた。
「ええ!?な、なに‥?」
「小四の時、俺‥愛のこと殴っただろ?今日は‥そのことを謝りに来たんだ。」
「‥ヨシタケくん、」
「いくら謝っても許されることじゃねえけど‥寧ろぶん殴ってくれ!」
「いや、別に‥私、怒ってないよ‥ただ、あの時どうして、ヨシタケくんが私を殴ったかは‥知りたい。」
「‥俺が愛を殴った理由‥それは‥」
私はヨシタケくんの言葉を待つ。
「俺と姉の会話が原因だったんだ」
ヨシタケくんは意外な真相を口にした。私はただ、口を開けてヨシタケくんから語られる真実を聞く。
「‥俺は愛を傷付ける前日に姉に聞いたんだ。なんで女子を傷付けちゃいけないのか?ってな‥そんで、姉は俺に‥女子を傷付けたら責任を取らなくちゃいけないと言った。」
「‥‥そ、それで‥?」
「それを聞いた俺は‥次の日に、愛を傷付けた。傷付けたら愛と結婚出来ると思ってな。でも、当時の俺の考えは浅はかだった。愛の気持ちを考えないで‥本当に悪かった。」
深く頭を下げるヨシタケくん。 私は困惑していた。
ヨシタケくんは、お姉さんから女子を傷付けたらその責任を取らなければならないと聞いた。それを聞いたヨシタケくんは、女子を傷付けたら責任‥つまり、結婚出来ると考えて、私を殴った‥?
「‥それって、」
「愛のことが好きだったんだ」
「!」
「この考えが間違ってることに気付いてからはずっと愛に謝りたかったんだ‥でも、クラスメイトからは妨害されるし、いつからか離れ離れになってて‥中々、謝りに行けなかった。」
ヨシタケくんの言葉を聞いているとまた心臓がドキドキと跳ね始める。それに比例して頬に熱が集まる。
「本当ごめん!」
「‥‥頭を上げて、ヨシタケくん」
「‥愛‥」
「私はヨシタケくんがどうして私を殴ったか‥それがわかってすっきりしたよ。だから、もういいの。」
「言い訳にしかならねえけど、俺‥ほんとに愛が好きだったんだ。嫌われててもおかしくねえけど」
「‥好き、だよ。」
「え‥?」
「あの時から好きだったよ。ヨシタケくんのことが。」
私がそういうと、ヨシタケくんは驚いた顔をしている。私はその少し間抜けな表情に笑ってしまった。
「な、なに笑ってんだよ!」
「いや‥間抜けなとこは変わってないんだなって、よかった‥見た目は変わってても、中身は私の好きなヨシタケくんのままなんだね。」
私が笑うと、ヨシタケくんはそっぽを向いてしまった。怒らせてしまったかと心配したけど、ヨシタケくんの耳が赤く染まっていたことから、照れただけだと理解して、私はまた笑った。
「わ、笑うなよ!」
「ねえ、ヨシタケくん。」
「なんだ?」
「あの時の気持ちは、まだある?」
「ああ。俺の気持ちはあの時からずっと変わってねえ。」
「そっか‥じゃあ、責任取って?」
「!‥いい、のか?」
「うっ‥いっ、あの時の傷が‥」
私は殴られた箇所を押さえて顔を歪める。するとヨシタケくんは顔色を変えて私のもとに来る。
「だ‥大丈夫かっ!?」
「うん。痛くもなんともないよ」
「は!?」
「つかまえた!」
「うおおっ!」
私は私を支えるヨシタケくんに抱き着いた。ヨシタケくんはバランスを崩して私もろとも床に崩れ落ちる。
「あ、ぶねえだろ!怪我したら‥」
「大丈夫だよ。」
「は?」
「これからはヨシタケくんがずっと私を守ってくれるから。」
私がそういって笑うと、ヨシタケくんは一つ、溜息を零して‥それから昔と変わらぬ表情で笑った。
「当たり前だろ。これからは俺が、ずーっと愛を守ってやるからな!」
それが、色々と遠回りをした私とヨシタケくんの七年越しの恋が実った瞬間だった。
君との未来が欲しくて あの時の過ちを清算して叶えたかった未来を実現しよう。
な、ながっ! 前編後編にわけるか迷いましたが 結局は一話に纏めました‥
アンケの幼馴染じゃないヨシタケ切甘夢ですが如何でしょう?切甘ってむずかしい!
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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