06








「ウォルバさん…どうして」


ウォルバさんは足を組んでカタログを捲っている。



「まだ時期じゃないんだよ」


眼鏡を少しかけ直して目を細めると、素っ気なく言う。



…ノエルは勇気を振り絞って言ったんです!
自分の両親のこと、知りたいからって…!



私はノエルの何でもない。
血の繋がりがあるわけでも、友達でも。

私の記憶がなくなってしまったからって私をここへ置いてくれた。


…ただの「他人」だから。




私、結局ノエルのために何も出来ないのかな…。






「あの子の母親は、もうとっくに死んでるよ」


「…え」

思いがけない言葉を耳にして目を丸くするフィア。


「また悪くなっちまったかねぇ…」とかけていた眼鏡を外して、フィアに向き直る。



「すんごくノエルのこと、愛してたんだよ。この子は私の宝物なのってよく自慢されたもんだねぇ」

「……」


「でも」

やっと吐き出したその言葉の後を探る様にして、喋り出す。




「でも…つまらない理由で、死んだんだ」

「……つまらない、理由」


「あたしにゃ、あんな馬鹿らしい死に方できやしないさ」



「愛してれば、何でもできるってホントなのかねぇ」

フィアがどうしたらいいか、ウズウズしているのを見て短く笑うと伸びをして台所に立つ。



「ウォルバさん…」


私に背を向けているのに、こんなに寂しそうに見えるの…


何でだろう。




「あの子は港のテッドんちに居る筈だよ、行ってあげな」


「…はいっ!」


それを合図に家を飛び出す。







「……本当にどうかしてるよ。ジャック、ハセリ…」

















港って聞いたのはいいけど、どこの家だか分からないや…。




夏の船着き場は人で賑わっている。

悲しそうに見送る人達や出迎えて嬉しそうに抱き合っている人達、重そうな荷物をせっせと船に積む男の人。



新しい場所には、私が見たことのない「新しい光景」が広がっていた。


この暗い雲に覆われた空さえなければ、最高なのに。




カアァァッ!


突然聞こえたけたたましく鳴くカラスの鳴き声。



見ると二匹のカラスが何かをターゲットにつつき合っているのだ。


…あれは、小さな


…猫?





「だめっ!」

フィアはあろうことかカラスに突っ込み追い払おうとしたのだ。

小さな子猫は縮こまってされるがまま。



一匹のカラスが「ガァアッ!」と威嚇の声を上げて、フィアの周りを飛びまわる。

そしてもう一匹のカラスは猫の首を器用にくわえて持ち上げると、そのまま連れ去ろうとした。




慌てて追い掛け、猫をカラスからひったくる。


よしっ!と思ったのも束の間、足下には灰色の海が広がっていて、バランスを崩し…



ザッバーンッッ



そこが沖の方だったのが幸い、ギリギリ足の届く位置だった。



「ぷはっ」

顔面から海水を被ったフィアは髪をかき分ける。



すると一匹のカラスがこちらを見下しているではないか。

「…カッ」


……………………。



(今っ、笑われた!?絶対笑われたっ!!)


先ほどの子猫は心配そうに物陰から覗いている。





「おいッ!大丈夫か、あんた!?」

見上げると、クリーム色で綺麗な髪の男の人が立っている。





「…あ、あのっ…助けて、もらえますっ?」





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