02




―ザァァァァァ…


それは雷雨の激しく降る夜のこと。


…コンコン

小さく鳴る、玄関の扉。
こんな夜に誰なんだ、と不審に思いながら穴から外を覗いてみる。

が、誰もいない。




…コンコン


誰かしょうもない奴の嫌がらせか…。
よくもまぁ、こんな雨の日に…。

一回怒鳴りつけてやろうと、扉を放つ。



「ふざけんなっ!こんな夜中に…」

視線を少し落として見やると、そこには小さな少女が立っていた。

「……」

髪はびしょびしょに乱れて、目も虚ろ。
一瞬、ノエルを見上げたと思うとバタン、と倒れた。








「ねぇっ、ねえってば!君、大丈夫!?」

幼女は目を覚ます。
ノエルはほっとして胸を撫で下ろす。


「君、お母さんは?帰らなきゃだめじゃないか。お母さん心配しちゃうぜ?」

まだ幼かった俺は何も知らずに聞いた。
ウォルバおばさんが「…ノエル」と呼んだ意味もわからずに。


幼女は飛び起きてきょろきょろと辺りを見渡す。

「おかあさんは?おかあさん、セーに公園でまっててって、忘れものを取りにいったの」

「お母さん、君を待たせてたの忘れてたんじゃないか?もう少ししたら迎えに来てくれるよ。…じゃあ、それまでウチにいなよ」


「…おちびちゃん、お腹空いたろ?シチユーがあるよ、食べるかい」

ウォルバおばさんは少し気まずそうに言った。

「うん」




それから何年も経って、セオはやっと自分が母親に捨てられたってことに気づいた。
あの頃の幼すぎた彼女には何一つわからなった。






「…セオちゃん」


「流れる滝は花を映すカーテンで…太陽がそのカーテンに飾り付けをすると、とっても綺麗なお部屋になるの。私とお母さんだけの秘密のお部屋」

セオは目を瞑って天を仰ぐ。




「光だ、出口があるぞっ」

ゼファーの指差す先。
やっと出口にたどり着く。

いつの間にか小さかった滝の音も、すぐ近くに聞こえる位になっている。


セオは走り出す。光が導く方へ。






「わぁっ…!!綺麗」


「……す、すっげぇ」


ノエルは瞬きを忘れて目の前の光景に歓声を上げる。
フィアもうっとり眺めて、口をぽかんと開いたままだ。



滝のカーテンが太陽の光でキラキラ輝いて、足下で広がった見る者全てを魅了する花畑が写し出される。
目の前に広がるその絶景は正にセオが言った通りのものだった。


「芸術だ…」

ゼファーは遠くの方を見やるとぽつんと呟く。




「ねぇねぇ、フィアお姉ちゃん。お花、摘もう?」

「はいっ」


あっちの方がいっぱい咲いてるよ、と二人でかけて行ってしまう。





「…昔から、ああだったのだろう?」


「……ああ」


弱音なんて吐かないで、いつでも明るく無邪気な性格だった。

決して自分の母親について聞こうとも話そうともしなかったんだ。



「…だから、こんなに心配しちゃうんだろうな、俺」

「…それが普通だ」

ゼファーは苦笑する。


「自分の母親のこと、気にならない子供がいるもんか」









「できました〜っ」

摘んだ花で花輪を作ったフィア。
それをセオの頭に乗っけてやる。


「可愛い…!すっごく似合ってますっ」


「……」


一滴の涙がセオの頬を伝う。



「…セオちゃん?」


「どうして、だろ。どうしてお母さんはセーを捨てたんだろう…ね?」


思い出の…お気に入りの場所へ来て、あの頃のことを思い出したのだろう。

大好きな母親と、この場所で過ごした時間。
もう、取り戻せはしない…あの時間を。


「セーのこと、嫌になったのかな?わがままだから嫌いになっちゃったのかな?」

フィアは慰めることさえ出来ずに、ただ悲しそうな顔をしているだけだ。

今の彼女への慰めなんて、ただの同情でしかないのだから。


「でもね、セーは今すっごーく幸せだよ…?…この場所、覚えてる?セーとお母さんだけの秘密のお部屋だよ」


首にかかったペンダントを、きゅっと握りしめる。

星のシルエットが鍵になっている。
銀色のペンダント。
どう見ても、大人が身に付けるものだ。


「…素敵なペンダントですね」

「お母さんがくれたの。セオの方が似合ってるねって」




「…セオ」


俺がセオの所へ行こうとすると、ゼファーが肩を掴んで、黙って首を横へ振る。


「ずっと、我慢していたのだろうな」

ノエルも黙って頷く。

「あいつ、俺の前で泣いたことがないんだ」

「心配かけたくないのだろう?そんなものだ、妹というのは」

「…妹、いるのか?」

「"いた"さ」


「…そうか」




夏のそよ風が花々を優しく揺らす。

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