05
「…悪ィな、何か」
「いいえ、頼ってもらえるなんて嬉しいです」
じめじめした暗い通路。
おそらく隠し通路だろう。
彼女ならセオも治せるんじゃないかと思ったんだ。
ぎこちない会話をしながら出口を目指す。
そして所々から微かに光が漏れている煉瓦の壁。
二人で協力して肩で押すと、焦れったいが少しずつ開いていく。
くるりと裏表が逆になって外に出れる。
久し振りの外だ…。
霧なんかない、巨大雌ゴブリンも追いかけてこない。
「平和だなぁ…」
安心しきって体全体の力が抜けて、一瞬ふらっとなる。
―迷いの森…
その名の通りだ。
でも、そこから生きて戻れたのも何かの奇跡かもしれない、と未だ信じられない。
夢じゃないかと腕をつねっているのを少女に不思議そうに見られる。
マチルダはもう目の前だ。
―ポワワワワン…
暖かな光を放つ少女の掌がセオの胸を覆う。
ウォルバおばさんは目をこれでもかってくらいに真ん丸くして眺めている。
セオは荒かった息に落ち着きを戻す。
やがて疲れたのか、すうすうと静かな寝息をたてる。
それを見てノエルもウォルバおばさんも肩を落とし目を瞑る。
「ありがとねぇ、お嬢さん。本当に助かったよ」
「いいえ、そんな」
「俺、結局何もできなかったなぁ…。ありがとうな!」
「そういえばお前さん、どこから来たんだい?ここらじゃ見ない顔だけど」
「そもそもどうしてあんな場所にいたんだ?」
二人そろって質問攻めである。
「え…あ、あの」
彼女は困り果てて苦笑すると「…私、記憶がないんです」と俯いた。
「じゃあさ、暫くウチにいろよ、記憶戻るまでさ!」
「…え」
俯いた彼女は顔を上げて、ぱぁっと瞳を輝かせる。
「そうさ、女の子なら大歓迎だよ」
こんなのが来られると困るけどね、とノエルを小突くウォルバおばさん。
ははは、と棒読みのノエル。
「…でも、迷惑じゃないですか?それに、今会ったばかりの知らない人間なんて…」
「なぁに言ってんだい、お前さんはこの子の命の恩人じゃないか」
「そういえばさ、名前何ていうの?」
「フィアといいます」
「宜しくな!フィア」
「宜しくお願いします、ノエル」
「…んでこっちのばぁさんが、ウォルバおばさん。頑固で自己中だから気をつけ…痛てっ!?」
ゴンッと凄い音をたててノエルの頭を小突く。
「ピチピチの22歳、ウォルバ"お姉さん"です、宜しくね☆」
「歳、偽ってる…」
「聞こえたよ?」
「いいえ何でもありませんすいませんっ」
フィアは俯いて微かに震えている。
「…?フィア??」
「……うふふ…あはは」
耐えきれなくなったフィアは目頭に涙を溜めて笑いだす。
最初は唖然としていた二人も一緒になって笑い始める。
今日は色々あった一日だった。
巨大雌ゴブリンに追いかけられたり、治癒術の使える記憶喪失少女に出会ったり、こうして三人で馬鹿みたいに笑ったり…。
「…と・い・う・か!なんで俺が下で寝なきゃいけねぇんだよ〜!!」
「あんたねぇ、レディを床で眠らせるだなんて万引きをするより重罪なんだよ」
そうぶつくさ喋りながらも着々とベッドの隣に布団を敷きはじめる。
「いや、意味わかんねぇし」
「ごめんなさい?ノエル」
可愛い瞳で見つめられて、俺はノックアウト!
カンカンカ〜ン!!
…っていうのは嘘……。
「…別にいいけど、さ」
ウォルバおばさんは満足そうに目を細めて、ニッといたずらっぽく笑う。
電気が消され真っ暗になる。月の光がランプ代わりになって部屋に射し込む。
「ノエル、月が綺麗ですね」
「…うん」
「いつもここで眠ってるんですか?」
「……うん」
「とても素敵な方ですね、ウォルバさんは」
「…………うん」
「ノエル……あなたもですよ」
「……………」
すぴ〜、と寝息が響き渡る。
フィアはくすりと笑う。
ホーホー…
フクロウが静かに鳴いた。
「ついに目覚めた…!悪しき神の守護者を見つけるまで相当の時間が掛かったが、神子を目覚めさせるのにここまですんなり行くとは…」
屋根裏まで伸びた長い梯子の上。
静寂な夜に銀髪を光らせる男性が一人、暗くなった部屋の中を覗いている。
彼の手の中からは、あの石が握られているが、以前ノエルに反応したときの倍は輝きを放っている。
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