※転生パロ
千年前の葉王さんと奥さんが、現世でもう一度出会うまでの話。
過度なものではありませんが、火傷の描写等多少残酷な表現が入ります。苦手な方はご注意ください。


特別、美人という訳ではなかった。

顔は中の中。目鼻立ちは比較的整っていた、かもしれない。記憶は曖昧だ。それ程、印象に残らない平凡な顔立ちだった。特出する所と言えば、巫力と霊力の高さ。それ以外にはなにもない。
ただ、ころころと笑う顔は不思議と愛嬌があって、それと同時に柔らかく細まる瞳は、質素な顔立ちとは裏腹に印象的だった。

『お前女みてぇだなぁ』

そう初対面であっけらかんと言い放ち、彼女はからからとわらった。
泥にまみれた頬。ぼさぼさの髪に、薄汚れて擦り切れた着物を纏っている。華奢なその手に握られたのは、彼女の昼食と思しき数匹の蝗だった。

『はじめまして、僕は麻倉葉王。陰陽師だ』
『―――ハオ』

ひとつひとつ、音を噛み締める様に声にする。そんな彼女は、葉王を亜麻色の瞳でじっと見詰めた後、からりと明るく笑った。

『オイラは  だ』

名は、記憶にない。
いつも、『君』や『僕の奥さん』と冗談の様に呼んでいたからだ。その時一度きり聞いた彼女の名前を、今はもう、忘れてしまった。

『食うか?』

そう急に蝗を差し出し、彼女は笑う。けれど、葉王は差し出されたそれを臆することなく口にした。途端、黒味勝ちな瞳をまんまるにしていたのをよく覚えている。確かに、一見して貴族とわかる狩衣姿の男が、そんなことをすれば驚くかもしれない。

『……おキゾク様でも、こういうの食うんだな。びっくりしたぞ』

言葉の通りに瞳を瞬かせながら、彼女はぽつりと口にした。子供の様に素直なその反応に、葉王の口元は僅かに緩む。
気が付くと、自然に彼女の言葉へと応えていた。

『生憎、僕は生粋の貴族じゃないからね。今はこんなだけれど、昔は君と同じか、それ以下の生活だったよ』
『見かけによらず苦労してんだなぁ』

うんうんと頷く彼女に、何となく調子が狂う。
今まで異性から向けられていたのは、羨望や好意、もしくは殺意の滲むような憎悪や侮蔑だけだった。

『で、そんなお前がオイラになんの用だ?』

確かに、彼女の疑問はもっともだろう。
片や貴族、片や賤民街の娘。その二人に共通項はない。けれど、葉王は躊躇することなく目的を告げた。

『うん、君をお嫁さんにしようと思って』
『…………は?』

にっこりと笑って告げれば、彼女はぽかんと口を開けて葉王をみやる。いっそ清々しいほどの間抜け面だ。
相手の驚きを現すように、貴重な食料の蝗がその手からぽろりと滑り落ちた。

『…………おかしいッ』
『まだ言ってる』
『いや、おかしいだろ』

数刻後。件の彼女は、葉王の屋敷の一室にいた。
葉王は唖然としたままの彼女をこれ幸いと家に連れ帰り、湯浴みと食事をさせ、方々から取り寄せた美しい着物を身に纏わせる。泥に塗れた顔を丁寧に洗い、ぼさぼさに絡まった髪をくしけずってみれば、案外様になった。

『なんでオイラなんだ?』
『一目惚れだよ』

小づくりな唇や白くて柔らかそうな頬は、年相応の少女らしく可愛いらしい。
その唇を不満げにとがらせて、彼女はじろりと葉王を睨む。それに飄々と答えた瞬間、亜麻色の瞳がすっと冷えた。

『違うだろ。お前の目はそんなんじゃねえ。もっと別の何かがある。……違うか』

違うかと問いながら、彼女の眼差しはその"何か"を確信している様だった。
その聡明さは、案外好ましい。

『バレたか。そう言われた方がいいかと思って、あえて言わなかったのに』
『嘘つけ。隠す気なんかなかった癖に』
『嘘じゃないさ。……今まで隠そうとしなくても、バレやしなかったからね』

そう酷薄に笑うと、彼女は一瞬だけ悲しそうな顔をした。
けれど葉王がそのことを指摘する前に、彼女は一度深く溜息をついてから顔を上げる。そこに、先ほどまでの冷たさはない。

『で?お前はオイラをどうする気なんだ。オイラみたいな日銭も怪しい奴を連れてきたあたり、金目当てじゃないだろ。囲うのや、上に取り入る為の献上品にしたって、こんな綺麗な着物着せられてもオイラの見た目じゃ難しい。つーか、無理だ。器量よしとか生まれてこの方言われたことねえからな。さっきみたいな変なまやかし?の為に殺すにしたって、ここまでする必要ねぇだろ』
『よくもまぁ、ぽんぽんと次から次にそんなこと思い付くねぇ…』
『みんなそうだったぞ』

呆れ半分、感心半分で告げた葉王に、彼女は淡々と続けた。
その言葉に、扇を持った葉王の手がぴたりと止まる。ゆっくりと彼女に視線を合わせれば、暗い穴の様な瞳がただそこにあった。
翳りのあるその眼差しに、葉王の中の何かがじくりと疼く。

『オイラが元々いた村は、お前が使ったようなまやかしを使う奴に、"ショクバイ"にされて無くなった。オイラは偶然山菜とりに行ってておらんかったから助かったけど、とうちゃんとかあちゃんはそん時死んだ。……死体も、残らんかった』

霊視で嫌でも流れ込んでくる風景。感情。
元は自分の故郷があった何もない土地で、彼女は喉が擦り切れるまで泣き叫んでいた。

『んで、死にかけてたところを人買いに見つかって、好色って噂のとある貴族の屋敷に売られたんだ。でも、オイラ器量もよくねぇから幸いお手付きにはならなんだけどな。……一月と経たずに、死んだ奴もいた』

死体のない村人たちの為に、泥まみれになりながら墓を作った後。
生きるためにその地を離れた彼女を待っていたのは、人を人とも扱わない人買いからの執拗な追っ手と、売り渡された屋敷での杜撰な扱いだったようだ。
言葉を交わし、互いに気を許した美しい娘たち。彼らは次々と家主に弄ばれ、無残な死体へとなり果てていく。まるで物のように捨てられていく死体を、ただ泣きながら見つめることしかできない自分自身。己と世界に対する深い絶望。きつく握られた手のひらからは、皮膚を食い破った爪によって血が滴り落ちていた。

『そこから逃げ出して、また死にかけて、山賊とか元侍のごろつきみたいなのに追っかけられてまた逃げて。次に拾われたとこは、年頃の娘や金を"上"に献上してどうにか取り入ろうとしてる奴のとこだった』

下卑た笑いを上げながら、獣でも狩る様に逃げる彼女へと弓を放つ男たち。
物取りの類でもなく、それがうっぷんを晴らすためのただの嬲り殺しだというのは明白だった。武器を持つ相手から傷を負いながらも懸命に逃げ、殺されるくらいならと崖から川に飛び込んだ。どうにか川辺に流れ着いた彼女を拾ったのは、年頃の娘たちに衣類や食事を与え、屋敷に住まわせる商人だった。表向きは、好々爺で善良な支援者。けれど実際は、貴族に取り入ろうと娘たちを道具の様に扱う、どうしようもない俗物だった。

『そんなんばっかだったぞ』

そう締め括り、彼女は困ったような顔で笑った。
件の屋敷から逃げ出し喰うに困った彼女の行き着いた先が、京の近辺にある賤民街である。葉王が彼女へと声を掛けたのは、河川敷の叢の中だった。
目の前の少女を、葉王は冷えた心持で静かに見つめる。力に踏みにじられ続けた、矮小な犠牲者。それが彼女だ。けれど、その人生は今後も変わらない。
葉王とて、そんな彼女を利用する数多の人間の内の一人だ。

『……そうだねぇ。ここがそこよりましかどうかは、あやしいかもしれない』
『……そこは嘘でも『違う』っていうところじゃないんか』
『まさか。むしろ、今までのところより酷いかもしれない』

そう告げた瞬間、彼女は小さく体を強張らせた。
亜麻色の意志の強い瞳が、射抜く様に葉王を見据える。『金玉蹴り潰してでも逃げてやる』と、大人しそうな外見に似合わない下品な思考に苦笑した。その貪欲な生への執着は、案外嫌いではない。
だからこそ、本当のことを口にする。

『嘘じゃないさ。何せ、君を妻に娶ろうとしている男は、巷で"化け物"と名高いこの僕だからね』
『……は?』
『言っただろう、君は僕の妻になり、麻倉の子を産むんだ』
『う、え?』

生々しい言い様に慣れていないのか、彼女の頬が葉王の言葉で朱色に染まる。その様は年相応で可愛らしい。

『いや、は?え?』
『今日からよろしく』
『いや、オイラとお前今日が初対面だからな!?』

あっさりと距離を詰めて腰を抱き寄せれば、亜麻色の瞳がぎょっと見開かれた。
咄嗟に胸を押し返してきたか細い腕の抵抗をそのまま押し切り、葉王はにっこりと喰えない笑みを浮かべる。

『とりあえず、日も暮れてきたし契っておく?』
『はあぁあぁあぁあ!?』

ぼっ、と耳まで赤くなる様が初心で可愛らしい。
過剰なその反応になんだか奇妙な悪戯心が沸いてきて、葉王はさっぱりその気が無かったにも関わらず、彼女の耳元へと唇を寄せ、囁いた。

『優しくするからね、僕の奥さん』
『ちょっ、まっ、ぎにゃあぁあぁあぁあぁあ』
『あはは、しっぽ踏まれた猫みたい』

ひっくり返った視界に本気で慌てる彼女と戯れながら、不思議と穏やかな心持でその日を終えた。
その後、なんやかんや合意の上で妻になったあとも、何一つ変わらなかった。

『なんだ、そいつ』

帰宅した葉王が腕に抱いた、茶虎の猫。
彼を見止めた彼女は、興味津々と言った様子で近寄ってきた。

『帰りにみつけたんだ。おいでって言ったら来たから、つれて帰ってきた』
『お前、また前鬼後鬼とか使って脅したんじゃないだろうな』

じとりと疑うように見詰めてくる彼女へと、葉王は呆れ交じりに応える。
巫力や霊力は高くとも、修行を積んでいない彼女にそれらを扱う能力はなく、よほど力の強い霊や式の類でなければ見えることもない。そして葉王も、あえて自分の式神を見せることはしなかった。それでも、彼女は彼らがそこにいることを恐れもしない。否定もしない。ありのままをまるごと受け入れる。

『たまに思うんだけど、君は僕を何だと思ってるのさ。第一、君はあいつらのこと見えないだろう』
『うるせえなぁ、葉王は葉王だろ。おまけにオイラのは実体験だ。実体験。で?こいつの名前は』
『マタムネ』
『また変な名前つけて』

葉王が動物や式神に名づける度に、彼女はそう口にした。前鬼後鬼の時もそうだ。「そんな安直な」と言った彼女が出した案も、大概だったのを覚えている。流石に「赤鬼青鬼」はない。彼女こそ安直だった。
けれどそういうところは、不思議と似ていたのかもしれない。

『変じゃないだろう。いいかい、マタムネの名の由来は…』
『あーもう、お前の話は一々長いんよ!とにかくよろしくな、マタムネさん』
『なんだい、その呼び方』
『お前の家族になるんだからな。ケイイは大事だろ』
『そんな君は僕の奥さんだろう』
『………』
『お願いだから、そんな苦虫かみつぶした様な顔しないでよ』

特出するところは、巫力と霊力の高さ。
けれどそれ以外は、誰にでも臆することなく接し、自然や生き物を愛す、ただの人間だった。

『葉王は、仕方のない奴だなぁ』

猫みたいだ。
日の当たる縁側に腰かけた彼女の膝へ頭をのせると、決まってそう言われた。

『君の方が、猫みたいだよ』
『あはは、お前いっつも猫に囲まれてるもんなぁ。さみしがりやだから』
『……勝手に寄ってくるんだよ』

僅かにむくれてぼそりと呟くと、亜麻色の瞳が柔らかく細まる。
そっと頭を撫でた掌は、木漏れ日と同じ温度がした。

『そうだなぁ。結局オイラも、なんだかんだで居着いちまったしなぁ。飯旨いし』
『……僕の魅力はごはんだけなの?』
『大事だろ、そこは』

農民出身故の粗野で気取らない喋り方も、無遠慮に踏み込んでくるその無防備さも、なんだかんだ好いていたのだと思う。
優秀な血と子を成す為に見繕った相手だったけれど、おそらく、それだけではなかった。
あの時、気づくことはなかったけれど。

『え…?』
『だから、こどもだよ』

彼女の言葉に瞳を瞬かせれば、相手は呆れた様な溜息をつく。
その言葉で、ハオは自分の妻となった少女の腹に視線を落とした。着物に隠れたそこからは、何の変化も感じられない。

『お前、それが目的でオイラを嫁にしたんだろ?』

何わすれてんだよ。
そう不満げに呟かれた言葉に、内心ひどく動揺した。そう、確かに自分は忘れていたのだ。彼女を傍に置く理由を。
硬直したままの葉王に、彼女は呆れた様な溜息をつく。けれど次の瞬間、ぐいっといささか乱暴に葉王の頭を自らの腹へと押し付けた。

『…………』
『何か聞こえるか?流石にまだ無理かな』
『…………『かあさま?』って、間違えられた』
『ぷ、あははッ!そうかそうか。お前の霊視いいなぁ。オイラも聴きてぇぞ。今のは、おまえのとうさまだぞー』

葉王の頭を腕に抱えたまま、彼女は愛おしそうに腹を撫でる。
人の心を読めると知っても尚、葉王に触れることを躊躇しない指先。その笑い声は、くすぐったいのに不思議と耳朶に心地好い。自分自身が母親に抱かれた胎児の様な気分で、葉王はそっと瞳を閉じた。

甘いようで甘くない、けれど、酷く穏やかな蜜月。

それも、決して長くは続かなかった。
夜空に流れた、始まりと終わりを告げる運命の凶星。
それが流れた時、ハオは傍らの妻子をおいたまま、そっと褥を抜け出した。圧倒的な光を放ちながら輝くその星に、ざわざわと皮膚が総毛立つ。万物を束ねる、星の王。それを決める戦いの合図が、今、放たれた。
―――終わりが来たのだと、静かに思った。

『葉王?』

肌寒さに目覚めたのか、彼女が不意に自分の名を呼ぶ。
その声音に振り返った葉王を見た瞬間。彼女は一瞬瞳を見開いてから、困ったように、小さく笑った。

『―――いくのか』

そう静かに問う聡明さは、確かに好いていた。

『ああ』
『………そうか』

何もかも解っている笑みを浮かべて、彼女はそっと目を伏せる。
数瞬後に瞼の下から現れた瞳は、どんな宝石よりも美しく輝いていた。力強い意志を宿したその眼差しが、出会ったばかりのころと変わらずに葉王を鋭く射抜く。

『じゃあ、オイラの役目はコイツを守ることだ』

凛とした声音で告げた彼女は、ふと優しく笑い、視線を落とした。
その腕の中では、この間生まれたばかりの赤子が眠っている。葉王が望み、彼女がそれを受け入れた結果として生まれた、ふたりの子供だった。

『傍にいさせてくれて、ありがとな』

そう空気に解けそうな声音で囁いて、その時、初めて彼女から口づけてきた。

『葉王』

………葉王の向ける睦言が、本心からのものではないと知りながら。
それでも、最後の瞬間まで笑って、傍にいた。 葉王に、たった一つの約束を残して。

『オイラを、焼け』

その柔らかな愛情が、ハオの全てを残酷に貫くとも知らずに。

特別、美人という訳ではなかった。

けれど聡明で、強く、どこまでも優しい女だった。
その後、彼女は彼女自身の定めた役割を、恐ろしいまでに狡猾に実行した。

『誰かッ…助けてくれッ…!!』

葉王が麻倉一門へと、本意を告げる少し前。
屋敷の奥から徐々に猛威を振るっていく火の手。使用人達に広がるざわめき。
彼女は術によって生まれた炎で自ら大怪我を負い、『葉王にやられた』と麻倉一門に告げたのだ。
半身が酷く焼けただれた無残な姿で。それでも、腕の赤子だけは無傷で守り切ってみせた。
夫に襲われたのは、いつか葉王が星の王になることを邪魔するだろう実子を殺そうとし、それを守ったからだと偽って。

けれど彼女の言葉は、恐ろしいまでの真実味を帯びて、麻倉一門に広まった。

麻倉の優秀な陰陽師達が、残された術式やその気配から、屋敷に放たれた術が葉王の物だと断定したのだ。調査にあたった陰陽師達の言葉は彼女の証言に信憑性を増し、その無残な姿がなによりの証拠だと判断された。
あの"化け物"ならば、自分の妻を殺すのも厭わないだろう、と。

……そのすべてが、彼女の策略であるとも知らずに。

陰陽術など何も知らなかった彼女は、それでも葉王の言葉だけはすべてを真摯に聞いていた。聞き落したものなど、何一つなかった。 あらゆる術の性質も、対処法も、どうしたら術者の目を欺けるかも。麻倉葉王という最高の陰陽師の傍らで、誰よりも陰陽術というものの性質を理解していた。
そんな彼女だからこそ、できたことだった。
葉王が失踪した後も、『転生する麻倉葉王を倒す』という名目で、彼女は着々と周囲の人間を手中に収め続けた。実子が殺されそうになった時も、『葉王が成長を恐れて殺そうとした子だ。奴を倒す為に役に立つ』とためらいなく言い放ち、麻倉一門が彼女も葉王に加担しているのではと邪推した時さえ、それを冷笑に伏して見せた。

『自分にこんな傷を負わせて殺そうとした男を、未だに愛しているとでも思うか?』

やけどを負ったことで、老婆の様にしゃがれた声音。引き攣り焼け爛れた唇から、狂気と憎悪の滲む言葉を吐き出して見せる。

『これは復讐だ。あの男に対するな』

そう殺意が滴る様な笑みで告げる彼女に、反発派の誰もが口を噤むしかなかった。
一門の主権を握ろうと暗躍する他の陰陽師達をありとあらゆる手を使って全て退け、彼女は目的の為にその手を血に汚し続ける。麻倉の誰もが彼女を認め、いつしかその力を恐れるほどに。
その生は、決して長いとは言えなかった。けれど葉王と己の子を後継とし、その後見役として、死ぬまで麻倉の裏の女主人として君臨し続けた。
いっそ見事なまでの、残酷で鮮やかな手腕。愛し子を"道具"とし、愛した夫を"敵"と言い放つ。虚飾で彩られた憎悪と殺意。
………葉王と我が子を守る為に、聡明で優しい彼女は鬼になった。

『オイラは、死んでもこいつと麻倉の血を守る。……お前がオイラに望んだのは、それだけだからな』

彼女の意図を理解したからこそ、葉王は術を放った。それが自分を愛した彼女の最期の望みだと分かったからこそ、容赦なく。
けれど、一瞬の躊躇いを孕んで。
そんな葉王のこともすべて理解した上で、彼女はただ、笑ってみせた。

『だから』

葉王に、たった一つの約束を残して。

『いつか……ちゃんと、"ここ"に帰ってこい』

身を焼かれる痛みにのたうち回り、地べたを這いずりながら。
無残に半身が焼けただれた亜麻色の瞳は、それでも優しい光を失うことなく。
今まで目にしたどんな美姫よりも美しく微笑んで、彼女は葉王を送り出した。

愛していた訳ではなかった。けれど、愛しくない訳でもなかった。

彼女が死んでも守り続けた、ふたりの約束の終着点。1000年目の転生の時。
その時ハオが帰ってきたのは、麻倉の家だった。



君を拾い集める旅に出よう



シャーマンファイト本戦会場、横茶基地。まるで示し合わせたかのような偶然。運命の瞬間。
ハオが麻倉の家へと再び生まれたとき、"彼女"もそこに還ってきた。
二つの宿命を背負った片割れ。繰り返し繋がる千年の連鎖。
驚きに見開かれた亜麻色の瞳。薄い唇が、その名を小さく紡ぐ。
……千年前の"あの日"と、同じ様に。


「―――ハオ」


長い旅は、まだ終わらない。

===

葉王さんと奥さんのお話。
見ようによってはあまり幸せな話ではないかもしれませんが、私の中では精一杯幸せにしたつもりです。

2013.01.17

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