※学パロ。


「オイコラ。自分からしといてなんなんよ、その顔は」

感じわりぃぞ、と葉はハオの髪を一房遠慮なく引っ張り、不満げに唇を尖らせた。
至近距離にある拗ねたような顔は、ハオのものと殆ど変わらない。違いといえば外見ではなく、纏う雰囲気や性格等内面のものばかりだ。その筈なのに、何故か可愛らしく見える。不思議だ。まぁ、兄兼恋人の欲目だろうと言われれば否定はしない。盲目的に弟を可愛がっている自覚は、残念ながら痛いほどにある。自分自身でも流石にまずいんじゃなかろうかと思うくらいだ。他人から見た葉に対する自分の態度を思うとハオは頭が痛い。関わりのない人間にどう思われようと構わないが、それで葉がとばっちりを食うのは御免だ。それは則ち、ハオ自身のダメージへと直結している。
以前、あんなに仲がいいのだからと葉がハオ宛の手紙やプレゼントを両手一杯に押し付けられたことがあった。それを知ったハオが内心青ざめたのは言うまでもない。帰宅した途端、自分の勉強机の上でこんもりと山になったプレゼントや手紙を見てしまえば尚更だった。決して必要以上の愛想を振り撒いたりはしていないが、さすがに恋人宛のプレゼントを付き合っている本人が託されればいい気はしないだろう。ハオが葉の立場なら完全に不機嫌になり、苛立った気分のまま品物の抹消に全力を注いでしまうところだ。いくら普段のほほんとしている葉でも、こんなにあからさまなハオへの好意を見せられたら怒るかもしれない。あまり怒らない葉の怒りは苛烈だ。取り付く島もなくなる程にどかどかとバリケードを積み上げ、話を聞いてもらうだけでも骨が折れる。その怒りを想像したハオは、どうやってフォローをいれるか光速で頭を回転させた。が、葉はたいして気にした風もなく、ハオに笑顔を向けたのである。

『相変わらずすげぇなぁ、お前』

嫉妬のしの字もなく、あっけらかんと告げる葉の態度には流石のハオも酷く落ち込んだ。
「少しくらい嫉妬してくれよ」と思うのは、決して贅沢な感情だと思わない。
激しく話が逸れたが、とにかくハオは双子の弟である葉を溺愛していた。
どんなに振り回されてもどんなに無理難題をふっかけられても、持ち前の要領の良さと海よりも深くて山よりも高い至高の愛でフルカバーできる自信があった。
あったの、だが。
それでもハオは口元を押さえたまま、不満そうな片割れへと嫌そうに告げる。

「葉こそ、何飲んでたのさ」
「何って」

焙じ茶。
さくっと答えた葉に、ハオはがくぅっと大袈裟に肩を落とした。一気に脱力したハオに、葉が言い訳するように続ける。何となく焦ったらしい。

「いっ、いいだろ別に!好き何だから!」
「いや、いいよ?良いんだよ、別にさ?僕だって好きなもの好きなように飲んだり食べたりするしね?構わないけどね?」

でもさ、とハオは顔を掌で覆ったまま続けた。

「この間はカレーうどんだったし、その前はハンバーグだったし、その更に前は牛丼だったし、それで今は焙じ茶だし?なんなの、葉ってば僕の愛を試してるの?」
「そっ、そんなんお前がちゅ、ちゅーするタイミングがわるいんよ!」

件の焙じ茶が入ったグラスを握りながら、葉は上擦った声で反論した。二人が俗に言われる恋人同士の関係になってから大分時間が経つ。けれど、改めてそういった行為の名称を口にするのは、どうやら葉にとって照れ臭いらしい。そういう初な反応は純粋に可愛らしいのだが、如何せん状況が状況だけにハオはさっぱりとそんな気分にならなかった。

「いや、だって。流石の僕でも夕飯直後にキスしようとはしないからね?いくら僕が葉のこと大好きでも、カレー臭ぷんぷんのお前を押し倒して事に及ぼうとか思わないよ?それに何度タイミングずらしてもなんか毎回毎回不思議な味がするんだからね?」
「カレーうどんもハンバーグも牛丼もほうじ茶も不思議じゃねぇだろ。美味いじゃねぇか」
「普通はキスした瞬間青汁の味なんかしないだろ」
「あれはじいちゃんに美味いから飲んでみろっつって無理矢理飲まされたって何度も言っただろ」
「あのね、恋人にキスして青汁の味がした瞬間の僕の絶望を理解してくれないかな?なんかもうあの日は朝っぱらどころか一日中物凄い憂鬱だったんだからね?お陰で色んな奴に『ハオさま、大丈夫?』とか聞かれまくったんだよ?先生方にまで『具合が悪いなら保健室にいってらっしゃい』とか言われてさ」
「ふ、ふつうの兄弟は朝からちゅーなんてせんよッ」
「僕と葉は兄弟だけど恋人でも有るんだから良いじゃないか、キスしたって」
「う、煩いんよッじゃあ歯磨きしたあとにでもすればいいだろッ」
「嫌だよ、歯磨き粉の味しそうだもん」
「我が儘!」
「どこがだよ。むしろ正当な権利だろ」

ぎゃーぎゃーと子猫の喧嘩の様な言い合いが続く。けれど、それは葉の行動であっさりと終了を迎えた。
葉が急にハオの胸倉を掴み、引き寄せたのである。身構えていなかったハオは、引っ張られるままに葉の方へと倒れ込んだ。途端、がちっと鈍い音がする。走った痛みに、ハオと葉は二人同時に口元を掌で覆ってうずくまった。
最近はすっかりなくなったが、キスをしなれていないころは二人ともよく失敗して歯をぶつけている。
懐かしいその痛みに、ハオははたと動きを止めた。ふるふると痛みに震えていた葉も、唇を押さえたまま涙目でハオを見つめる。耳まで真っ赤になった片割れの表情で、漸く事態を悟った。先程のあれは、葉からのキスだったのだろう。その事実に、ハオはぽかんと片割れを見つめる。初めて、葉からキスをされた。唐突な行動への驚きで、唇の痛みなんか何処かに吹っ飛んでしまう。何も言わないハオに耐えられなくなったのか、葉は怒った様に告げた。

「…ッ、オイラからもしてやるから、文句いうな!」

告げられた瞬間、やられたとハオは思った。
じわじわと自分の頬に熱が篭っていくのがわかる。葉の言葉がなんの解決策にもなっていないことは、ハオにもきちんと分かっていた。自分からしようが葉からしようが、カレーはカレー味だし焙じ茶は焙じ茶だ。そこになんの変化もありはしない。
けれど。

「……へたくそ」

ハオは口元を覆いながらぶっきらぼうに告げた。途端、涙目になった葉が尚更顔を赤くしてぎゃいぎゃいと噛み付いてくる。「バカハオッ」だの「人で無しッ」だの「エロガッパー!」だのと叫ぶ葉の相手を適当にしながら、ハオは小さくため息をついた。情けないことに、葉からのキスが恥ずかしくて堪らない。口元を覆う掌は、動揺で小刻みに震えている。まさか、こんな行動に出られるとは思わなかった。

「………だから、とっととやり直せよ。できるだろ?」

けれど、いくら照れ隠しで悪口を並べ立てたって、嬉しいことには変わらない。
ハオの言葉に、散々わめき立てていた葉はぴたりと動きを止めた。沈黙。暫く経ってから、葉は怖ず怖ずとハオに近づいてくる。にじり寄ってくるその顔は真っ赤で、林檎みたいだった。かじったら甘いかもしれない。そんな自分の想像にハオは小さく笑う。
けれど今は、甘くもなくて色気もない、不器用で下手くそな葉からのキスが欲しかった。

「………ばかはお」

可愛くない台詞を、甘ったるい声音があっさりと裏切る。次いで自分のものへと触れた葉の唇に、ハオは内心苦笑した。相変わらず味は焙じ茶だ。
けれどそこは、やはり海よりも深くて山よりも高い至高の愛でフルカバーなのである。葉からの二度目のキスを受け止めながら、ハオはぼんやりと思った。



しあわせすぎてくだらない



こんな馬鹿馬鹿しいやり取りだって、心底愛しくて堪らないのだ。

===

ハオさまに「なんなの僕の愛を試してるの?」って言わせられたので満足です。

2011.08.10

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