※小話まとめその3
学パロハオ葉で双葉の日話1本、リップクリーム話1本、冬至話(初出)1本、年越し話1本の計4本です。



ハオと葉の間には、『重なる日』というのがある。

「「肉まん食べたいなぁ」」

そう、例えばこんな日だ。
すっかりと冬らしくなった寒空の下、ぽつりと同じセリフを呟いた2人は顔を見合わせた。コートだけでなくマフラーや手袋を引っ張り出してきても、寒いものは寒い。
冷え切った空気の所為で、お互いに鼻先が赤くなっている。
吐き出す息は白い。

「……なんだ、ハオもか?」
「……うん。葉も?」
「おう」
「珍しいね。いつもはあんまん食べたいっていうのに」
「……いいだろべつに、好きなんだから。お前こそ、いつもはコーヒー飲みたいとか言うだろ」
「……だって、この時間になるとお腹空くじゃないか」

少しむっとしながら言うハオに、葉は小さく噴出した。そのままプラプラと揺れていた片割れの手を握り、悪戯っぽく笑う。

「なぁ、にいちゃん。コンビニ寄らんか?」
「…………………いいけど、奢ったりしないよ」
「ケチー」
「……うるさい、とっとと手離せよ」
「嬉しい癖に」
「……ッ…!」

告げた瞬間、寒さのせいだけではなくハオの頬が赤くなる。手袋越しでも触れ合った掌は温かい。
ハオはむすっとしながら、マフラーに顔の下半分を埋めた。それでも、葉の手を離そうとはしない。素直なくせに素直じゃない片割れに、葉は甘やかす様に告げた。

「いいだろ、オイラも手ぇ繋ぎたかったんだから」

そう葉が告げた瞬間、ハオが葉の掌を握る力が強くなる。
無言ながらもしっかりと絡め直された指先に、葉はもう一度、零れるように笑った。

===

「い、ッ…!」

不意に唇へと走った痛みに、葉は小さく顔を顰た。
恐る恐る唇を舐めてみると、チリチリとした痛みと鉄の味舌先を掠める。どうやら乾燥したせいで切れてしまったらしい。

「葉?どうしたの」

前を歩いていたハオが、急に立ち止まった葉を不思議そうに振り返った。口元を掌で覆ったまま、葉はくぐもった声で告げる。

「………口んとこ、切れた」
「………あーあ」

葉の答えを聞いた瞬間、ハオが痛そうに顔を顰る。「別にお前が痛い訳じゃないだろう」と思ったけれど、葉は敢えて何も言わなかった。それよりも、唇の痛みの方が重要だ。呆れ混じりの溜息をついたハオは、踵を返して数歩後ろの葉へと近づいてくる。

「みせて」
「は?」

葉の目の前に立ったハオは、手袋を外しながら簡潔に告げた。
唐突なその台詞に、事態を飲み込めなかった葉は瞳を瞬かせる。いつまで経っても動かない葉に、ハオはもう一度唇を開いた。
言葉を発するのと同時に、ハオの指先が葉の頬をするりと撫でる。

「唇。切れたところみてやるから、手退かしな」

ああ、そういうことか。
ハオの言葉の意味を漸く合点した葉は、素直に口元から手を離した。その途端、まるでタイミングを見計らっていた様にハオの左手が葉の顎を掬い上げる。不意を突かれた葉の肩が、ぎくんと僅かに跳ねた。けれどハオはそれに頓着しないまま、右手の親指で葉の下唇に軽く触れてくる。伏せられた睫毛の下にある赤茶の瞳が自分の唇を見ているのかと思うと、何だか妙な気分だった。ハオの仕種が、キスをするときと同じだったから尚更である。
一瞬でもそんなことを考えてしまったせいで、葉はどこと無く居心地が悪い。"そういう意味"ではないとわかっているのに、葉はそわそわとしながらハオが手を離すのを待った。落ち着かない葉を知ってか知らずか、傷の具合を確認し終えたらしいハオがぽつりと呟く。

「……ちょっと切れてるくらいでぱっくり割れてはいないから、大丈夫かな。葉、リップは?」
「……持ってねぇ」
「……僕この間あげただろ。また無くしたの」
「……たぶん、がっこーの机の中にある」
「オイ。持ち歩けっつーの」

ドスの効いた声で言いながらむにっと頬を引っ張ってくるハオに、葉は俯いてもごもごと口ごもった。視線はすっかりと泳いでいる。そんな弟に溜息をつき、ハオは自分のコートのポケットからリップクリームを取り出した。片手だけで器用にキャップを外し、葉の唇へと押し付ける。

「ん、ッ」
「動くなよ、上手く塗れないだろ」

反射的に身体を跳ねさせた葉に、ハオはぶっきらぼうな声で告げた。心なしか、その頬が赤くなっている気がする。けれど日の落ちた薄暗い夜道では、それが事実なのか判然としない。
頬に触れる吐息と指先の熱だけが、葉の感じる事のできるハオの体温だった。

「……すーすーする」
「薬用リップだからね。ご不満なら僕が熱いディープキスでもして潤い提供してやるけど?」
「遠慮しておきマス」
「じゃあ大人しくしてろ」
「…あい」

照れ隠しに葉が呟くと、冗談なのか本気なのか解らないハオの答えが返ってくる。それに尚更羞恥を駆り立てられて、葉は大人しく口をつぐんだ。

「…ん、出来た」

暫く経って、漸く満足したらしいハオが終了の合図を口にした。何となく息を詰めていた葉も、その言葉に肩から力を抜く。変に緊張していたせいか、肩が凝ってしまった様な気がした。

「唇は乾燥しやすいんだから、ちゃんとケアしないとダメだよ」
「…うぃー」
「なに、その気のない返事」

リップクリームを仕舞い終えたハオが、緩い返事をする葉の頬を両手でむにむにとこね回してくる。唇を尖らせて拗ねた様な顔をしている癖に、ハオの仕種自体は甘やかすようなものだった。それが、葉にとっては酷く気恥ずかしい。ただの兄弟だったころでさえ、ハオは葉に対して心底甘かった。そこに恋人という関係性が追加されてからは、尚一層べたべたに甘やかされている気がしてならない。ハオ自身は無自覚なのかも知れないが、葉にとってそれは悩みの種だった。何が困るって、ハオのそんな言動をあまり嫌だと思わない自分が一番困る。

「あ、そうだ」
「あん?」

こんな思いをするくらいなら、横着せずにリップクリームくらい持ち歩いておくんだった。
そんな後悔に苛まれていた葉の顎を、ハオがもう一度掬い上げた。葉が何か反応する間も挟まずに、ハオの唇が葉の口端に軽く触れる。
鼻先を掠めたのは、今の自分のものと同じメンソールだ。一層強く香ったその匂いに、葉の頭はくらくらする。

「――早く治るように、おまじない」

唇を離したハオが、至近距離から悪戯っぽく笑った。
唇ではなく口端に口づけられたのは、恐らく葉の傷を気遣ってだろう。ぶっきらぼうな癖に、ハオは変なところで甘い。それを嬉しいと思ってしまう自分に気づいてしまうと、葉は何とも言えない気分になる。
余裕を滲ませた赤茶の瞳が何となく悔しくて、葉はハオの唇に噛み付く様なキスをした。

===

「おお、おかえり」

玄関を開けた瞬間。
ほこほこと温かそうな湯気の上がる葉に出迎えられて、ハオは思わず面食らった。

「…ただい、ま」
「おう」
「葉、もうお風呂入ったの?」
「ん」

こっくりと頷いて見せた葉に、ハオは思わず腕時計の時間を確認した。時刻は丁度16時半。入浴するには幾分早い時間だろう。

「なんか、外暗いともう遅い時間な気がするよなー」

寒かっただろ。
のんびりと間延びした声で呟きながら、葉はハオの頬を両手で包み込んだ。冷えた素肌に、じわりと熱い体温が染み込んでくる。

「うへぇ、冷てぇなぁ…お前も早く温まって来い、ハオ」
「…うん」

そう応えながらも、ハオはゆるりと瞳を閉ざした。頬から伝わる体温が心地い。遮断された瞼越しに、葉が吐息だけで笑う気配がする。
温かな掌からは、ふわりと淡い柚子の香りがした。

「…あ、もしかして今日柚子湯?」
「お、アタリだ。冬至だからなー」

くすくすと笑いながら、葉は秘密を打ち明ける様にハオの耳元で囁いた。一度意識すると、葉から香る柚子の香りが一層強くなる。

「いい匂い」

ハオが片割れの温かい身体を抱き寄せて首筋に顔を埋めると、「くすぐってぇぞ、はお」と葉が楽しそうに笑った。

===

「なんで蕎麦なんだろうなぁ」

ぼそりと呟いた葉に、ハオは小さく首を傾げた。
年越し蕎麦ならぬ年越しうどんを啜る手を止め、葉も小さく首を傾げる。蕎麦がうどんになった理由は非常に単純で、葉が「蕎麦よりうどんが食いてぇ」と言ったからだ。最後の最後まで弟に甘い自分に呆れながらも、ハオは葉の言葉に是の返事をした。案外、そんな風に葉を甘やかす自分も嫌いではない。

「何だい、急に」
「いや、ただなんとなく…なんで年末に蕎麦食うんかなって」
「『細く長く年を過ごせますように』とかじゃないの。お節料理とかそうじゃないか」
「お節は年始に食うからわかるけど、大晦日に細く長くってなんか不思議だろ。もう年終わっちまうんだぞ」

葉の言葉に、ハオはふむと頷いた。
確かに、言われてみればそうかもしれない。あと数時間を細く長く過ごせる様にというのも不思議な話だ。

「じゃあ、もっと単純かもね」
「ん?」
「『来年もおそばにいられますように』、とかさ」

さらりと口にしたハオに、葉はぴたりと箸を止めた。うろん気にハオを見つめるその頬が、ほんのりと赤くなっている。

「…言ってて恥ずかしくないんか、それ」
「別に」
「……そうか」
「うん」
「でも、オイラ達が食ってんのうどんだぞ」
「関係ないだろ。僕は来年も葉の傍から離れるつもりないし」
「……なんつーか、お前たまに心底気障だよな」
「葉への愛だよ」
「……言ってろ」

ぶっきらぼうに呟いた葉は、再びズルズルとうどんを啜り始める。俯いた葉の耳が赤くなっているのを見止めて、ハオは甘く笑った。さらさらと零れてきた葉の髪を指先で軽く掬い、耳へと掛けてやる。

「来年も、一緒にうどん食べようね」

くすくすと笑いながら告げたハオに、葉は短く「おう」と答えた。



かき集めた花びらはぼくに優しい



これからもきっと、ずっと。

===

2012.07.31 memoから格納+初出

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