※学パロ 『生徒会長は甘いもの好き』。 そんな話が、森羅学園女生徒の間には蔓延している。けれど、それは根も葉も無い噂という訳ではない。何故かというと、生徒会長である麻倉ハオからは常に甘い匂いがするからだ。極間近に近づいて分かるほどのささやかなものだが、それは確かに砂糖菓子特有のものだった。実際、彼が何処からともなくこんぺいとうを取り出して双子の弟へと与えているところを、多数の生徒が目撃している。だからこそ、そんな噂が広まったのだろう。女生徒からハオへと贈られるプレゼントの類は、ハンカチ等の日用雑貨を筆頭に、カップケーキやクッキー等の菓子類が大部分を占めていた。 しかし、実際のハオは特別甘いもの好きという訳ではない。 「………葉、あげる」 「またか」 帰宅のあいさつをするよりも先に、ハオが渋面を作りながら差し出した包み。 それを目にした瞬間、葉は苦笑を浮かべた。ぶすくれた片割れの頭をぽんぽんと軽く叩く様に撫で、隣に座らせる。可愛らしくラッピングされた包装を開くと、中からは様々な菓子が出てきた。クッキーやマドレーヌ、カップケーキなどの洋菓子に始まり、中には抹茶巾着や芋羊羹などの和菓子まである。妙に豊富なラインナップから女生徒達の意気込みが伺えて、葉は若干申し訳ない気分になった。それでもハオを振り返り、ちょいと適当に摘んだクッキーを一つ差し出す。 「ほい、ひとくち」 「……やっぱり食べなきゃダメ?」 「貰っといて一口も食わんのはダメだろ。あとはオイラが食うから、せめて一口は食ってやれ」 「………」 かぷ、とやけに幼い仕種で、ハオはクッキーに噛み付いた。一口大のクッキーを半分程食べただけで、辛そうにコーヒーを口に含む。それでも一口で済むならと思うのか、次々に菓子を口へと放り込んでいった。 「お、うまい」 「葉が作ったやつの方が美味しい」 「……惚気か」 「惚気だよ。悪い?」 「……いや、まぁ……うん」 「なに」 「……なんでもねえよ」 葉は、曖昧に答えた自分へと不満げに詰め寄ってくるハオを適当にあしらいつつ、片割れが口を着けたものから順に菓子へと手を伸ばしていった。 その間にも、ハオは葉を睨みつけてくる。けれど、そんな兄の態度にも慣れっこな葉は、黙々と甘い塊を咀嚼し続けた。 校内で流れている噂は葉も知っている。そして、その原因の一旦は自分にもあるのだ。ハオが持ち歩いている菓子の類は、すべて葉の為に用意されたものなのである。恋人兼弟の葉に、この兄はどこまでも甘かった。葉が課題を終えたりする度に、ハオは蕩けそうな程甘い笑みを浮かべながら菓子の類を与えてくる。言わば、ご褒美替わりだ。ハオ自身は殆ど口にしない。 だからこそ、ハオは菓子類をプレゼントされる度に「甘いものは好きではない」と再三主張してきた。しかし如何せん、それは甘いものが好きだとばれたくないハオの照れ隠しだと誤解されているらしい。 いくら弁解しても絶えない菓子類のプレゼントに、ハオは正直辟易としていた。そこで自分にも責任があると判断した葉が、ハオも菓子を一口食べることを条件に残りを片付けることで話を付けたのである。 「…葉はさぁ、こういうの何とも思わない訳」 「あん?」 しかし、ハオがふと呟いた台詞に、葉は菓子を摘む手をぴたりと止めた。 「恋人の僕が、見ず知らずの女子からプレゼントやお菓子貰ってくるの。嫌じゃないの」 ぶすっとしながら告げたハオの眼差しは、「嫌だって言え」とはっきり告げていた。 目は口ほどにモノを言う。まさにその通りだろう。 おまけに質問の形を取っているものの、ハオの纏う雰囲気から察するに、「否」という返事は葉に許されていない。 口にくわえたクッキーをポリポリとかみ砕きながら、葉はじっとハオを見つめ返した。沈黙。暫くの間、ただお互いに見つめ合う時間が続く。はっきりしない葉に、ハオは少しずつ苛立っているらしかった。それも当たり前かもしれない。ふたりの立場が逆だったなら、ハオはこの質問に「嫌だ」と即答してみせただろう。ついでに葉が貰ったプレゼントの類も全て処分し、以後誰からも受け取ることのないよう葉に言い聞かせるくらいはするはずだ。 「僕は……ようが嫌だって言うなら、もう絶対に貰わないよ」 拗ねた様に告げてくるハオに、葉は思わず破顔した。不機嫌な顔をしているハオの眉間に寄った深いシワすら、愛しくて堪らない。 確かに、葉が嫌だと言えばハオはその言葉通りの行動をするのだろう。ハオの優先順位の不動の位置にいるのは自分だと、それは葉自身も理解している。他者と葉を明確に区分するハオの態度は、ハオと恋仲にある葉にとっても安心できるものだ。そんな片割れが愛おしくもある。 けれど、それとこれとは話が別なのだ。 「……んー…なんつーか…もやっとはするけど、嫌ではないんよ」 「……何、それ」 葉の曖昧な答えに、ハオは訝しそうに顔を顰た。 苛立ちと不服を隠そうともしないハオに、葉は淡く苦笑する。予想通りの反応だ。葉を絶対の優先枠として固定しているハオには、恐らく理解し難いだろうとは思う。そして、この言葉はハオの行動を迷わせてしまうものだ。葉が「嫌だ」とはっきり告げたならば、ハオはきっぱりとプレゼントを受け取らなくなっただろう。逆に「良い」と言ったら、葉に対して本気で怒ったに違いない。けれどそのどちらでもなく、葉は曖昧な答えを返してしまった。これでは葉の言動を絶対の指針とするハオは、どちらの行動も起こせない。 しかし、葉も葉で複雑なのだ。この感情を言葉にするのは難しい。 「オイラが、お前のことすげえ好きだってことだろ」 だから、明確な部分だけをすっぱりと切り取ってハオに告げた。 予想外の答えだったのか、ハオが小さく目を見開く。次いで、その顔にじわじわと苛立ち以外の感情が滲み始めた。緩みそうになる唇を無理矢理引き結んだハオが、それでも嬉しさを隠しきれないくしゃくしゃの顔で呟く。 「……意味、わかんない」 「そのまんまだろ」 口元を掌で覆ったハオの肩に寄り掛かりながら、葉はあっさりと告げた。 そんな葉を、ハオが横目に睨みつけてくる。目元を朱色に染めた顔で睨まれても、色っぽいだけだ。怖くもなんともない。 「はお、あーん」 ぶすくれるハオに、葉はまだ手をつけていなかった菓子の一つを摘んで差し出した。 葉の行動に、ハオが不審げな顔をする。それでも大人しく唇を開き、ハオは葉に差し出された菓子をかみ砕いた。 解せない顔で甘い塊を咀嚼するハオの横顔を見ながら、葉は心の中でそっと謝罪する。 ハオを好きな彼女達には申し訳ないが、こいつは自分のものだ。 誰にもやらないし、この位置を他人に渡す気も毛頭ない。 …けれど、その気持ちはわかるから。 だから、ほんの少し。ハオに贈られた菓子の一口分だけ、葉もその気持ちを汲もうと思う。 「……性格悪いなぁ、オイラ」 「うん?」 ぽつりと呟いた葉に、ハオが首を傾げる。それに「何でもない」と答えながら、葉は曖昧に笑った。 逆を言えば、それはたった一口分しか譲歩する気がないということだ。もちろん、それは彼女達の想いが叶うことはないと理解しているからできることでもある。ハオが自分に向けてくる愛情を、葉は疑いはしない。この行為がただの自己満足だというのも解っている。おまけに、ハオが渋面を作りながらも自分の言葉を受け入れる度に、葉はどうしようもない気分になるのだ。けれどこれが葉の最大限の譲歩であり、ハオヘ想いを向ける彼女達への誠意だった。 ……ほの暗い優越感がないとは、言い切れないけれど。 「あー…オイラ、やっぱお前じゃないと、なんか、ダメだ」 「……何だよ、急に」 葉がハオの腰へと腕を絡め、その肩に自分の額をぐりぐりと擦り付けると、訝しそうな声が頭上から降ってくる。ぶっきらぼうな言葉に滲むのは、甘い喜色だ。ハオの吐息からは、ふわりと甘い匂いがする。誘われる様にハオのそれへと自分の唇を重ねて、葉は甘く笑った。 「オイラが、お前のことすげえ好きだって話」 幸福の咎 葉の言葉に、ハオは「意味わかんない」と言いながら、嬉しそうに笑った。 === こっそりやきもちやく葉くんと、それに気づいていないハオ様でした。 2012.02.24 top |