※学パロ
双子とアンナとまん太。

「あぢ〜」

じりじりと皮膚が焼け焦げるような日差しに、葉はぐったりと縁側へ寝転んだ。

「なんだ、これくらいで情けない」

頭上から届いたからかいを含んだ声音に、葉は声がした方へと視線を向ける。赤みがかった茶色の瞳を見止めた瞬間、小さく眉を顰た。思わず「うへぇ」とうんざりしたような声が唇から零れる。

「むしろ、なんでお前はそんなに涼しそうなんよ」
「馬鹿言うな、暑いに決まってるだろ」
「嘘つけ」

呆れたように溜息をつくハオの言葉を、葉はばっさりと切り捨てた。ハオは縁側に寝転んだ葉を立ったまま見下ろしている。けれど汗もかいていなければ、ばてている様子もない。そんなハオが暑いだなんて絶対に嘘だ。

「あー…ハオにくっついたら涼しかったりせんかなぁ」
「あはは、試してみればいいんじゃない?」

じわじわと頭を沸騰させる様な暑さに、葉はぼんやりと呟いた。
それを聞いたハオは、楽しげに声を上げて笑う。兄の言葉に、暫く沈黙していた葉はむくりと起き上がった。座ったままずりずりと尻を引きずってハオの方へと近づいていく。その意図に気づいたハオは、もう一度擽ったそうに笑った。呆れと愛しさと許諾を混ぜて溶かした様な笑みだった。甘やかすように自分の隣に腰掛けた兄の肩へ、葉はこてんと頭を乗せる。

「どうだい?」
「………暑い」
「あはは、だろうねぇ」

数秒後、葉はいそいそと床に逆戻りした。ハオはけらけらと声を上げて笑っている。何だか今日は随分と機嫌が良いらしい。もうそれ以上移動するのも嫌で、葉はハオの傍らにごろりと寝転んだ。ハオの掌がぽんぽんと宥める様に頭を撫でてくる。汗ばんだ葉の髪を掻き回すハオの指先は冷たそうなのに、頭に触れたそれは彼の身体と同じでいつもより熱かった。元からきめ細かい肌が、今は汗のせいで余計にしっとりとしている。頬に触れる掌は熱いはずなのに不思議と心地好くて、葉はゆるりと瞼を閉じた。

「ほら、葉。いいものあげるから起きな」
「うぉわッ!?」

ゆるゆると葉がハオを見上げると、急に冷たい何かが頬へと触れた。ひやりとした感触に驚いて飛び起きると、ハオがくすくすと楽しげに笑っている。その手に摘まれたのは、棒に刺さった2本のアイスだった。頬に押し付けられたのはこれだろう。普段は大人びている癖に、ハオは時折こういうしょうもない事をして葉を驚かせる。当の本人はといえば、悪戯が成功したのを喜ぶ子供の様に上機嫌な笑みを浮かべていた。

「ほら、溶けないうちに食べちゃいなよ」

葉はのそりと緩慢な仕種で起き上がり、差し出されたアイスを渋々受け取る。手にしたそれはひんやりとして心地好い。悪戯されたのは釈然としないが、アイスに免じて許してやろうとぼんやり思った。

「ハオは食わんのか?」
「僕は花に水やりしながら食べる。母さんに頼まれちゃったからね」

ゴミ一緒に捨てておいて。そう言って要らなくなったアイスの袋を葉へと渡し、ハオは強い陽射しの照り付ける庭へ出ていった。からん、と木製のサンダルが踏み石とぶつかる硬い音が遅れて響く。

「あー…向日葵か」
「そう」

呟いた葉に、ハオは短く肯定した。徐々に暑さが増していく中、麻倉家の庭には大振りの向日葵が咲き誇っている。母の茎子が種から育てた物だ。普段は茎子自身が世話をしているのだが、今は買い物で出掛けている。恐らく外出をする前に、ハオへと水やりを頼んだのだろう。世話が良かったのか環境が良かったのかは定かではないが、その向日葵は軽く二人の身長を越える程に成長していた。

「やっぱり外は暑いな」
「別に変わらんだろ。何処にいても暑いもんは暑いかんな」
「だったら葉も水遣り手伝ってよ」
「暑いからやだ」
「さっきと言ってることが違うじゃないか」

葉へと軽口を叩きながら、ハオは着々と水やりの準備を進めていく。
「葉、水出して」と声をかけられ、葉は縁側の端までのろのろと移動した。蛇口を捻ると、水道に繋げられたホースの先端からシャワーのように水が吹き出す。ふわりと空気が動いて、葉はふと吐息を着いた。水気が増したせいか、少しだけ涼しくなったような気がする。ハオはホースを摘む事で適当に水量を調節し、機嫌良さそうに向日葵へと水をやっていた。実は案外植物好きのハオは、その世話をするのも苦ではないのだろう。派手好きな性格と隙のない出で立ちのせいか、周囲には余り知られていない。その光景を目にする度に、いつも葉はもったいないなぁと思う。あんなに柔らかい笑みを浮かべたハオは、四六時中一緒にいる葉でも中々お目にかかれない。ハオが移動する度に、赤みがかった長髪が霧散した水滴と日の光の中で淡く揺れる。葉と同じ様にアイスをかじる横顔は、やはり暑さなど感じていない様に見えた。毛先が光の加減で綺麗な琥珀色に染まっている。

「なんか、やっぱりハオは暑くなさそうだな」
「いつまで言ってるのさ、それ」

ふはっ、と葉の言葉にハオが小さく吹き出した。
そう、それからハオは案外笑い上戸だ。やっぱり知られていないけれど、面白い事がある度に彼はわざわざ葉の所へ報告しにくる。意外とそういう可愛らしい部分を持っているのだ。甘えたいというよりは、話題を共有している時の空気が好きなのだろう。真っ先に自分へと寄ってくる姿は、葉にとっても愛しい。

「だって、涼しそうに見えるんよ」
「あはは、まぁ今は結構涼しいよ。水やりしてるからかな」

言葉を交わしながら、葉はハオの楽しげな横顔を見つめた。
葉の友人達とは、ハオも何だかんだで仲がいい。なんでも理解し合える友人というよりは、喧嘩友達の方が近いだろう。けれど、ハオの交友関係は酷く狭かった。葉自身もあまり広い方とはいえないが、ハオの場合それよりも更に狭い。個人の能力水準が高い故に嫉まれたり、逆に盲信的な尊敬を向けられたりと彼を取り巻く人種は非常に両極端だ。根も葉も無い噂を流され、葉が悪意に塗れたハオのそれを耳にする事もしょっちゅうある。小さな子供の様にささやかな悪戯をするのが好きだったり、面白い話があるから聞いてくれとせがむ彼を知る人間は殆どいないのだ。ハオ自身もそれで構わないと思っているのだろう。大胆不敵な発想と奇抜なまでの行動力にごまかされがちだが、ハオは余りに小さくささやかなものしか望まない。それは怠惰な安堵でもあり、自分の内面を他人に曝したくないという臆病な感情の現れでもあるのだ。
葉は時折、ハオのそんな部分が酷く歯痒くなる。
大丈夫だから行ってこいと、背中を押したくなってしまう。例え他人が理想と違うハオを受け入れてくれなくて傷ついても、自分だけは必ず味方でいるのにと傲慢にも思ってしまうのだ。
もっと色んな人に、ハオのことを知って欲しい。
けれどその反面、葉の中には僅かな優越感も存在している。
そんな兄を知っているのは自分だけだという、小さな子供の様な独占欲があるのだ。お気に入りの大切な宝物を誰かに見せびらかしたいのだが、逆に誰にも教えず自分だけの秘密にしておきたいとも思う。我ながら複雑だなぁと、葉はアイスをかじりながら苦笑した。

「あ」
「あ?」

急に声を上げたハオに、葉は顔を上げた。途端、その顔面に勢いよく水がかかる。

「あぶない…って、遅かったか。ごめん、葉」
「……………」

やっちゃったという顔で謝罪したハオの手には、今だにホースが握られていた。どうやら、ハオは花への水やりを終え、葉に蛇口を閉める様声をかけようとしたらしい。葉と話すとき、ハオは顔だけでなく必ず身体ごと向き直る。いつもの癖でついついやってしまったのだろうが、今回は失敗だった。二人の距離も対して離れていなかったせいで、葉はもろに頭から水を被ってしまったのである。

「……………」
「え、よ、葉?」

ぽたぽたと髪から滴り落ちる雫を掌で乱暴に払い、葉はすくっと立ち上がった。ハオが自分を呼ぶ声も無視して、蛇口へと近づいていく。無言で水を止めた葉の様子に、ハオは尚更うろたえた。完全に怒らせてしまったらしい。

「よ…」

本当にごめん。
そうハオが再び謝罪しようと口を開いた瞬間、ざばっと大量の水が顔面に降ってきた。

「……………え?」

あっという間に頭からずぶ濡れになったハオは、ぱちぱちと瞳を瞬かせる。いったいどういうことだ。
状況が理解できずにハオが目を白黒させていると、バケツを抱えた葉がけらけらと笑っている。

「おかえしなんよ」

涼しくていいだろ、と笑う葉に、ハオは漸く事態を飲み込んだ。
葉に間違って水をかけてしまったことの報復に、ハオも頭から水をぶっかけられたらしい。

「……ってか、葉が僕にかけた水の方が量多くない?」
「気のせいだろ」
「気のせいじゃないだろ」

しれっと悪びれずに言い返してきた葉に、釈然としないハオは噛み付いた。
頭や肩しか濡れていない葉に対して、ハオは頭からズボンまでずぶ濡れになっている。どう考えてもこれは理不尽だ。そう結論を出したハオは、すたすたと葉に・・・正確には、葉の傍の蛇口に近づいていく。

「じゃあ、僕もおかえしだ」

言葉と同時に、ハオは閉められていた蛇口を捻った。途端、葉に向けられたホースからは大量の水が放たれる。

「ぶぼッ!?」

それを顔面に食らった葉は、変な悲鳴を上げて仰け反った。してやったり、とハオが意地悪く唇の端を吊り上げる。

「あはははッ葉ってば凄いマヌケ…ッ!」

マヌケ面、というハオの台詞は、勢いよく降ってきた大量の水に遮られた。

「……………」
「誰が、何だって?」

ハオの長髪からぽたぽたと雫が落ちていく。鼻を赤くして涙目になった葉が、ふんっと意地の悪い笑みを浮かべて言い放った。ついでにハオへと舌を出して見せる。所謂「あっかんべー」をしてきた葉はハオからしても大変可愛らしい。が、やはりそれとこれとは話が別だ。

「……なにするんだよバカ葉!!僕パンツまでずぶ濡れじゃないか!」
「ああ!?オイラなんか鼻に水入ったんだぞ!?めちゃくちゃいてーんだからな!?」
「知るかよそんなの!」
「オイラだって知らん!」

衝撃から立ち直った途端に叫んだハオへ、葉も負けじと言い返す。ぎゃーぎゃーと喚きながら二人はお互いに水をかけまくった。ホースを持っているハオの方が多少有利だが、葉のバケツは一度の攻撃で与えるダメージが大きい。

「秘技・バケツ防御!」
「あ、なんだそれ!ずるい!」
「お前のホースのがずるいんよ!」

ハオからの攻撃をバケツで受け流した葉は、汲み上げた水をハオに向かって放った。が、しかし。

「「あ」」

それはハオではなく、不意に庭へと現れた別の人物を急襲する。それをみた葉は青ざめ、ハオは嫌そうな顔をした。

「……何ガキみたいなことやってんのよ、アンタ達」

ぽたぽたと髪から雫を滴らせ、アンナは苛立ちも露に言い放った。ビシッと凍りつきそうな程の冷気が周囲を埋める。真夏の筈なのに悪寒を感じて硬直する葉とは裏腹に、状況を把握したハオは即座に応戦した。

「おや、随分とご挨拶だね。他人の家に無断で上がり込むようなことするからだろ?」
「アンタ達だってうちに勝手に上がり込むんだからお互い様でしょ。くだらないこといってんじゃないわよ」
「相変わらず揚げ足取りだけは上手いなぁ。尊敬するよ」
「それはどうも。あんたの底意地の悪さには負けるけどね」

バチバチと見えない火花を散らす二人に、葉は盛大に頬を引き攣らせた。会う度に交わされる口喧嘩の応酬が、二人にとって挨拶代わりだということも知っている。けれど決して慣れられる物でもないし、できれば自分のいないところでやって欲しいというのが正直な所だ。

「…なにしてるのさ、みんな」

苦笑混じりの呆れたような声に、ずぶ濡れの3人はそちらへと一斉に視線を向けた。裏門の向こうに小さな人影がある。参考書を小脇に抱えたまん太が、中の様子を伺うように立っていた。それを見止めた葉は、久しぶりに見る姿に思わず口元を緩める。確か、会うのは終業式ぶりだ。今日は随分と来客が多い日らしい。

「おう、まん太。いらっしゃい」

困ったように苦笑する友人に向かって、葉はいつも通りの緩い笑みを浮かべた。



例えばこんな初夏の日に



こんな出来事もまた、いつかは優しい想い出になるのだろう。

===

双子とアンナさんは幼なじみで、まん太は中学からの友人設定。
幼なじみな3人の力関係はハオ=アンナ>葉>ハオ=アンナのエンドレス(笑)
アンナさんとハオさんはお互いに腐れ縁だと思っててしこたま小競り合いしそうですが、気に食わないと言いつつなんだかんだで悪友みたいな関係かなと思います。
そこは葉くんが潤滑剤として上手くまとめてくれそうですね。

2011.08.10


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