※学パロ

「あ、おかえり」

居間へと顔を出したハオに、葉はヘッドフォンを外しながら声をかけた。そうする理由は簡単だ。話している時にヘッドフォンを付けたままだと、ハオの機嫌が一気に悪くなる。基本的に根に持つタイプのハオが拗ねると宥めるのも一苦労だ。正直に言って面倒臭い。そのことで些細な喧嘩をしたとき、大音量で聞いていなければそのままでも平気だという葉の言葉を、ハオは尽く突っぱねた。頑として譲らないハオに、それ程こだわる理由のなかった葉が折れて今に至る。

「……ハオ?」

葉は反応のない兄の名前を再び訝しげに呼んだ。当の本人はと言えば、眉間にキツくシワを寄せた不機嫌極まりない顔でじっと葉を見つめてくる。否、もっと正確に言うなら「凝視している」の方が正しいだろう。一体何なんだ。

「ハオ?おーい、ハオー?」

居心地の悪い視線に曝された葉は、その空気を少しでも払拭する為にハオの眼前でひらひらと手を振った。が、その手はあっさりとハオに払いのけられてしまう。

「痛いんよ」
「そんなに強く叩いてないだろ」
「何、怒ってるんか?」

ぶっきらぼうな受け答えに葉は眦を下げた。
ハオが自分に対して奴当たりのような真似をするのは珍しい。

「……………」

結局葉の言葉に答えることなく、ハオは畳へと乱暴に鞄を放り投げた。
そのままどかりと葉の隣へ腰を下ろし、胡座をかく。ガシガシと荒く髪を掻き混ぜたハオは、テーブルに頬杖をついて動かなくなった。らしくないその行動に、葉は何度も瞬きを繰り返す他ない。沈黙。皮膚の表面がちりちりとするような空気から、葉はハオの機嫌がそれ程芳しくないことを悟った。
生徒会長でもあるハオは、常日頃から葉よりも帰宅時間が遅い。体育祭や文化祭など、行事の前はそれが特に顕著だ。けれど、今日の帰宅は普段に比べてやけに遅かった。ひょっとしたら、役員と何か揉めたのかもしれない。確かにハオは我が儘だし俺様だし王様だ。弟の葉から見ても他人は自分に従って当然と思っている節がある。個人の能力水準が高い分、ワンマンになりがちな感は否めない。
葉のヘッドフォンについて喧嘩した時もそうだった。まぁ、あの場合はなんだかんだで寂しがり屋の彼なりに譲れない理由が有ったのだろう。別に外さなくてもちゃんと聞こえているのになと思う半面、譲れる部分は譲ってもいいかと葉は思う。その辺はお互い様だ。見栄っ張りのハオは、中々本音を口にしない。それは他人に対しても葉に対しても同じだ。件の喧嘩でも葉の主張を突っぱねる割に、ハオは嫌がる理由を最後の最後まで言わなかった。好きだの愛してるだのという歯の浮く様な台詞は平気で口にする癖に、自分の脆さを露見するような事をハオは決して言わない。
それはハオの強さであり、弱さだ。

「……あ、そだ。ケーキ買って来たんだが食うか?」
「いらない」
「じゃあ茶でも」
「だからいらないってば」

場を和ませようとした葉の気遣いは、次々に切り捨てられてしまった。
相変わらずのつっけんどんなハオの答えに、葉は小さく溜息をつく。駄目だ。今のハオは完全に自分の殻へ閉じこもっている。けれどそれが分かったところで、一体どうしろというのか。暫しの間ハオの望む事をあれこれ考えてみるが、結局何も思い浮かばない。困まり果てた葉はぽりぽりと頬を掻いた。二人の間を沈黙だけが埋める。
それでも、ハオは居間から出ていかなかった。
ならば、ハオが葉に求めたものはこれなのだろう。葉から視線を背けるぶっきらぼうな態度の癖に、それは酷く解りやすいサインだった。相変わらずこの片割れは素直なのかそうじゃないのか分からない。

「………そういう態度なら、オイラも勝手にするかんな」
「ッ、うわッ!?」

ぐん、と急に葉の方へと引っ張られたハオは、思わず悲鳴を上げた。流石に予想外だったらしい。けれどそれに構わず、葉は足まで使ってハオの身体をきつく抱きしめた。逃げられないように羽交い締めにした、という方が的確かもしれない。態勢だけ見れば、まるでハオが葉を押し倒している様にも映る。突然の事に目を白黒させるハオを尻目に、葉は両手をつかって手触りの良い長髪をわしゃわしゃと掻き回した。

「………ちょっと、何するのさ」
「宣言通り、好きにしてるんよ」
「僕は許可してないだろ」
「知らん」

ハオが発した苛立ち混じりの低音にも、葉はザックリと切り替えした。ぼさぼさになった片割れの頭を見て小さく笑う。普段のハオが纏う、凛とした印象はそこにない。生徒会を仕切る隙のない立ち姿からは、ちょっと考えられない程のマヌケ面だ。

「ハオ、いい匂いがする」
「変態くさいよ、葉」
「はは、そっくりそのまま普段のお前に返すぞ」

自分の胸元にハオの頭を抱き込んだ葉は、柔らかい髪に鼻先を突っ込んだ。ふんふんと匂いを嗅ぐ葉に、ハオが嫌そうな顔をする。けれど、葉の肌に触れたハオの頬はいつもに比べてほんのりと温かい。そんな片割れの体温に小さく笑って、葉はぐしゃぐしゃにこんがらがったハオの髪を柔らかく梳いた。きつく絡まっていた筈のそれは、指先を通すだけでほろほろと解けていく。

「くすぐったいよ。何してるの」
「ぐちゃぐちゃなの、なおしてるんよ」
「自分でやったくせに」
「はは、好きにするって言っただろ」

葉がくすくすと笑いながら告げると、ハオは小さく鼻を鳴らした。
けれど抵抗はせずに葉の好きにさせる。やっぱり素直じゃないなぁと思った途端、抱きしめていた身体がゆるりと弛緩した。肌越しにそれを感じた葉は、吐息だけで小さく笑う。否、やっぱり素直だ。徐々に身体へと掛かる重みが増し、ハオの身体から力が抜けていく。それに合わせて、葉も少しずつ力を抜いていった。ハオの腰を拘束していた足も解いてやる。
確かに、ハオは我が儘で俺様だ。
けれど、いくら好いているからといって葉から交友関係を奪う程傲慢ではない。独占欲も強いけれど、葉が本気で嫌だと言えば渋々とだが引いてくれる。それは葉に対してだけでは決してない。その辺の分別はきちんと有るのだ。楽でいたい葉としては、勝手に抱え込んで悩まれるよりも、頼ってくれた方が解りやすくて良い。本音を話すのを嫌い、弱みを見せるのを嫌う彼が葉には踏み込むことを許している。それは、ハオにとって精一杯の譲歩で愛情なのだろう。何でもそつなくこなすくせに、変な所で不器用なのは相変わらずだ。自分ばかりが我慢させられていたら流石に不服だが、ハオなりに譲歩してくれているのを葉もきちんと理解している。だからこそ、その内側に踏み込む事をハオが許してくれるなら、むやみに踏み荒らさないのが葉の誠意だ。ハオが譲ってくれた分だけ、自分もハオに返してやればいい。

「…今日の夕飯、カレーだってさ」
「…そう」
「ああ。今母ちゃんが買い物に行ってる」
「…葉、そういえば宿題はやったの」
「宿題なんてないぞ」
「嘘つけ。今日も授業中に寝てたから、罰としてお前だけ出されたんだろ。ホロホロに聞いたよ」
「うえー…良く知ってんなぁ」
「葉のことだもん」

軽口を叩きつつ、ハオは自分からも葉を抱きしめ返してきた。それに応えるように、葉も抱きしめる腕に力を込める。ぽんぽんと軽く叩く様に背中を撫でてやると、ハオは小さく吐息をついた。顔を埋められた胸元がくすぐったい。

「………ケーキ」
「うん?」
「ケーキ、やっぱりたべる」

ぽつりと呟いたハオに、葉は思わず破顔した。ハオの額と自分のそれをこつりと合わせ、微笑む。
真っ直ぐに自分を見つめてくる赤茶の瞳がくすぐったくて、葉はもう一度声を上げて笑った。

「なんよ、さっきはいらんって言った癖に」
「煩いな、甘いもの食べたくなったんだよ。今日は……少し、だけ……つかれた、から」
「そっか」

つっかえながらぼそぼそと口にしたハオに、葉はそれ以上何も口にしなかった。訊いたって話さないのは分かっている。これが二人の境界線だ。

「ハオ、チョコとショートどっちだ?」
「何、選ばせてくれるの?」
「おう、頑張ったご褒美だからな。タルトは母ちゃんのだからダメだぞ」

悪戯っぽく笑った葉に、ハオが甘く苦笑する。
片割れが指の背で不意に頬を撫でてきても、葉は何も反応しなかった。正確には、その意図に気づいても抵抗しなかった。そのままハオの指先に顎を掬われ、頬へと唇を押し付けられる。柔らかく触れるだけの、酷く幼いキスだった。そして唇にされなかった分、尚更その感触が無垢に響いてこそばゆい。尻の据わりが悪くなったような、手の届かない部分が痒くて堪らない時のような、そわそわと落ち着かないもどかしさを感じる。しかも、それが心地好いから余計に困るのだ。葉がじんわりと熱くなった頬を持て余しつつハオを見やると、細められた赤茶の瞳が悪戯っぽく笑っている。長い睫毛がふわりと嬉しげに揺れた。
それを目にした瞬間、葉の心臓はばくばくと常にはない勢いで血液を体内に廻らせ始める。自分自身の反応に困った葉は、結局ごまかす様に口を開くしかない。

「…何するんよ、急に」
「うん?………ケーキのお礼、かな」
「まだ食ってないだろ」

ふふ、と擽ったそうに笑うハオへと、葉はぶっきらぼうにケーキの箱を突き出した。それを見たハオが、箱を受け取りながら声を上げてもっと楽しそうに笑う。葉の態度は、余計につっけんどんになる一方だ。
ああ、なんてことだろう。他の部分は大して似ていない癖に、こんなところばかり自分達は似ている。

「………すきだよ、葉」

ケーキにトッピングされたクリームよりも甘ったるい声で囁いたハオに、葉は小さく鼻を鳴らした。
あっという間にいつものペースを取り戻したらしい片割れは、葉の応えを待つように微笑んでいる。さっきまであんなにへろへろだったくせに。そう思わないでもなかったけれど、ハオが楽になったならいいかと思い直し、葉ははにかむ様に微笑んだ。
きっと、ハオは同じ答えが返ってくると確信しているのだろう。
けれど自分くらい、我が儘で王様で案外甘えたな、人を従わせる事に長けた兄の思い通りにならない存在であっても良いと思う。世界の吊り合いは、きっとそれくらいで取れているのだ。
だからこそ、葉はあえて違う言葉を口にした。

「知ってる」

素っ気ない言葉を、愛しげな笑い声が優しく裏切る。
それはハオの鼓膜を柔らかく震わせ、そっと空気に解けていった。



触れて溶けて



熱くて堪らない頬には、どうか気づかないフリをして。

===

葉くんとハオさまの距離感って近くもないけど遠くもなさそうだから不思議ですよね。
あと二人ともへんなとこ素直でへんなとこ意地っ張りだとかわいいと思います。

2011.08.04

prev : main : next
top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -