※学パロ


どうしたらいいのかわからなくて、途方にくれる。
一人で迷子になった子供の様な気分を、二人なのに味わっていた。

「ハオ」

一面の鮮やかな黄金色。遠慮なく肌を焼いていく陽射し。自分達よりも背の高い向日葵の間を縫う様に走る細い畦道を、ハオと葉は互いに僅かばかりの距離を空けて歩いていた。
正確には、葉の少し先を歩くハオが、二人の距離を引き離していた。
少なくとも、葉はそう感じている。強い陽射しの中にいる身体は熱くて溶けそうな程なのに、その内側は酷く冷え切っていた。
夏休みに入ったばかりの8月。島根の祖父母の元に両親とやってきたのが、一週間前のことだ。

『……すきだよ、よう』

兄弟としてじゃなくて、葉が好きだ。
そう震えた声音でハオから告げられたのが、一昨日の夜のことだった。
昼間の熱を引きずった宵闇の中。仄淡い月明かりに照らされた二人きりの縁側で、ぽつりとハオが口にした。
抱きしめられた身体は、酷く温かかった。
けれどそれとは裏腹に、ハオの身体が小さく震えていたのも葉は知っている。葉を抱きしめてくるハオの腕の強さは、片割れの不安をそのまま顕している様だった。このまま手を離してしまったら、葉がいなくなってしまう。そう頑なに信じている様に、ハオが葉を抱く腕は強張っていた。葉を逃がさない様に必死で縋り付いていながら、抱き潰してしまわないように細心の注意を払っている。そんな腕だった。
けれど、そんなハオだからこそ、葉は好いていた。
だからどうにかハオを安心させたくて、小さく身じろいだ。ハオと自分の身体の間で板挟みにされた、自由にならない両腕がもどかしくて堪らなかった。
しかし、どうもハオは葉の行動を勘違いしたらしい。
びくりと身体を震わせたかと思うと、尚更強く葉の身体を抱きしめてくる。行かないでと、母親にすがる子供の様だった。
二人なのに、一人で迷子になった子供の様な気分をお互いに味わっていた。

『……ハオ』

葉は、困った様にハオの名前を呼んだ。
それに、ハオの肩が小さく跳ねる。それでも離すのはいやだと示す様に、ハオは尚更強く葉を抱きしめた。その腕の力はやっぱり強くて、少しだけ苦しい。
そんなに強く抱きしめなくても逃げないのになぁ、と思う。
けれど、そこで葉はふと気がついた。自分は、まだ何もハオに伝えていない。それなのに抱きしめてくる腕を振り解こうとすれば、確かにハオは嫌がるだろう。今も、不安で不安で堪らないはずだった。

『……ハオ』

だからこそ、葉はもう一度、宥める様にその名前を呼んだ。
ハオの中のささくれた不安を柔らかく解して馴染ませる様に、そっとその音を舌先で転がす。腕を緩めてくれとは、言いたくなかった。苦しかったのは事実だ。けれど、ハオが自分へと向けてくれたものなら受け止めたかった。そして、できることなら自分もハオに返したかった。何をどうすればいいのかなんてわからなかったけれど、とにかく投げ出すのだけはいやだった。

『ハオ、ハオ』

ハオが抱きしめることで狭めようとした距離を、葉は自分から詰めた。どうにか腕をずらし、頭をハオの首筋へと擦り寄せる。そこで漸く、ハオも葉の腕を抱き潰していたことに気がついたらしい。暫しの逡巡を挟んでから、ハオは怖ず怖ずと、葉を抱く腕の力を僅かばかり緩めた。その隙間を縫って、葉はすかさずハオを抱き返す。自分の行動に戸惑うハオを尻目に、葉はそっと唇を開いた。胸の奥がじわりと淡く滲む。

『オイラも、ハオがすきだ』

告げた瞬間、葉の身体が一気に熱くなる。まるで、何か熱い塊を一息に飲み込んだ様だった。恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。
けれど、それ以上にハオから離れるのはいやだった。
だからこそ、恥ずかしさも身体の熱さもすべて飲み込んで、葉はただ無心にハオを抱き返した。
けれどふと、ハオが葉の肩に手を置き、引き離そうとする。それに葉は小さく抵抗した。

『はお、はお』

ぎゅっと強く抱き着けば、困った様にハオの手から力が抜ける。肩を掴んでいた筈の掌はそのまま背中へと滑り、結局葉の腰に落ち着いた。触れ合った胸から、とくん、とくん、と響く鼓動だけが、二人の間に満ちていた。

――どれ程そうしていただろう。

互いの体温に包まれて、強張っていた筈の身体は知らず知らずの内に弛緩していた。とろりと身体の芯が蕩けて、頭がぼんやりとしてくる。ふにゃりとした気分のまま、葉はゆるりと瞳を閉じた。視界が遮断されると、ハオの気配が一層濃くなる。夏の夜の空気と虫の音に混ざる様に、ハオの体温とその身体から香る石鹸の匂いが、葉の内側を甘く刺激した。いつの間にか回されていたハオの掌に頭を撫でられると、尚更身体から力が抜ける。くてんとハオに寄り掛かりながら、葉はうっとりと自分の髪を撫でてくる指先を受け止めた。ハオの指先は葉の頭の丸みを確かめる様に撫で、時折戯れの様に髪を指先に絡めては梳いていく。
けれど、ふと葉はハオの掌が自分の頬へと触れていることに気がついた。余りに優しい感触に、いつその指先が移動したのかわからなかった。淡い温度がそっと、繰り返し葉の輪郭を辿る。ハオの指先がそのまま唇へと滑っても、葉は抵抗しなかった。何かを確かめる様に、ハオの指先が唇を撫でてくる。指の腹で繰り返しなぞられてもされるがままでいると、不意にその指が離れた。
もう、触れてくれないんだろうか。
そんなことをぼんやりと考えて、葉は恥ずかしくなる。ハオに触れられるのが心地好いのだという本音を、その感情は葉に見せ付けてくるからだ。それを自覚した瞬間後から後から込み上げてくる羞恥心をごまかす様に、葉はのろりと頭を擡げた。恥ずかしくて、ハオの顔をみることなんてできない。
けれど、俯いたままの葉の頬に、ふとハオの掌が触れた。その温度に誘われる様に視線を上げると、甘い熱を滲ませた赤茶の瞳に射抜かれる。距離を狭めてくるハオを拒むことなんて、出来なかった。

あの時触れたあった唇の熱を、葉は今でも鮮明に覚えている。

それから、二人は恋人同士になった。
しかし、そうなってからまだ3日目。お互いにぎくしゃくした空気は拭えない。おまけにあの告白以来、葉とハオは一言も言葉を交わしていなかった。
今までは平気だった触れ合いも、まったくない。
祖父母に頼まれた買い物を熟す為に二人で出かけている今も、それは変わらなかった。

「……ハオ、歩くの早いんよ」

熱い陽射しの中をずんずんと進んでいくハオに、葉はぽつりと告げた。
けれど、ハオは振り返らない。あのキス以来、ハオはずっと葉から視線をそらしていたし、名前を呼んでも振り向いてはくれなかった。
それが、酷く寂しい。
いつも傍らにあった体温。それが今は、葉を避ける様にひたすら前へと進んでいく。
どうしたらいいのかわからなくて、途方にくれる。
一人で迷子になった子供の様な気分を、二人なのに味わっていた。

「……ハオ」

頭上で高く括られたハオの黒髪が、陽射しの中で淡く揺れる。
綺麗だなと思う半面、それを離れた場所から見ている自分が、堪らなく寂しかった。
いつもは、手の届く場所にいるのに。
そう思うと、尚更じくじくと胸が痛む。

「……はお」

こっち向けよ。
名前を呼びながらそう心の中で唱えて、葉は俯いた。
もう、限界だった。
名前を呼んでも振り向いてくれないのも、触れてくれないのも、言葉を交わせないのも。
『葉』と、いつもの様にハオが自分を呼んでくれないのも、もういやだった。
せっかく恋人になれた筈なのに、以前よりも開いてしまった距離が寂しかった。
じわじわと視界が滲んで、何も見えない。
ぼやけた視界でかろうじて解るのは、辺りを覆う向日葵の黄金色と畦道の土の色だけだった。
掌で乱暴に涙を拭っても、次から次へと溢れてきて意味がない。早く行かなければハオに置いて行かれてしまう。
そう思うのに、足は一歩も動かなかった。

「……よう?」

だからこそ、急に名前を呼ばれて驚いた。
反射的に顔をあげると、目の前にハオの顔がある。滲んだ視界でもそれだけはわかって、葉は顔をくしゃくしゃにした。
名前を呼んでくれたことが、嬉しくて堪らなかった。
その感情のままハオに抱き着くと、しっかりと抱き返される。拒まれなかった事実に安堵した瞬間、尚更泣けてきた。
それなら、どうしてこんなになるまで自分を放って置いたのか。そうハオを詰る気持ちと、ただ受け入れられて嬉しい気持ちが、葉の中をぐちゃぐちゃに掻き回していく。

「よう、よう」
「はお、はお」
「……ごめんね」

恥ずかしくて、葉の顔見れなかったんだ。
額を合わせながら、そう困った様に続けたハオに、葉の視界はまたじわじわと滲んでいく。
頬へと伸ばされたハオの指が葉の涙を拭うのと同時に、唇に柔らかな体温が触れた。



恋はひまわりの隣で咲く



視界を埋める一面の黄金色と、触れ合った唇の温度。
それが、今の自分に与えられたすべてだった。

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初心忘るるべからず、ということで、一周年記念に付き合いはじめな双葉ssでお送りしました。
皆さんに支えられての一周年です。ありがとうございます。

2012.08.04

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