※学パロ
単品で読めますが、一応「シーツ内戦争」の後日談です。
ハオ葉+友人'sで仲良し話。


「…………」

傍らにある体温。規則正しい寝息。
指先にぱさりと触れたのは、絹糸のように滑らかな黒髪だった。
仰向けで眠っていた葉の傍らに、いつの間にかハオがいる。
閉じられた瞳を飾る睫毛は、厭味な程に長かった。ほの明るい月明かりを助けにして、それは白磁の肌へと濃い影を落としている。けれど、その目元には色濃い疲労が滲んでいた。良く見れば、ハオは制服のまま眠っている。もちろん、掛布団なんて気の利いたものは掛けていない。
帰ってきて、そのまま眠ってしまったんだろうか。
頭の片隅でぼんやりと考えながら、葉はゆるりと上体を起こした。眠る片割れの上に、穏やかな影が落ちる。葉がハオの頬へと無意識に指先を伸ばせば、滑らかな肌の感触がした。心なしか、顔色も悪い気がする。完璧を目指している内に、この兄はまた無茶なことをやり通したのだろう。周囲からは何かと誤解されがちだが、ハオは決して万能ではない。足りない部分を努力で必死に補っている、ただの15歳の少年に過ぎなかった。

「……あんま無理すんなよ、ばぁか」

労るように、葉はそっとハオの頬を撫でる。
途端、片割れの指先が頬に触れていたその手を不意に捕らえた。驚いた葉が反射的に身を引こうとすれば、ハオから甘える様に頬を擦り寄せられる。さらさらと肌を掠める長髪がくすぐったい。

「………甘えたな奴」

葉の唇から零れたからかう様な台詞は、するりと空気に蕩けた。その口元は自然と笑みの形をとる。暫しの逡巡を挟んでから、葉はそろそろと上体を折り曲げた。ハオの体に覆いかぶさるようにして、互いの距離を縮めていく。

「お疲れさん、ハオ」

葉は褒める様にハオの髪を梳いてやり、閉じられた瞼に軽く口づけた。
随分と寝苦しそうな格好だから、着替えさせてやった方がいいだろう。ひょっとしたら明日の朝には、服が変わっていて慌てふためく珍しいハオを見られるかもしれない。
そんな自分の想像に小さく笑い、葉は片割れのネクタイの結び目へとそっと手をかけた。
それが、葉の記憶にある昨晩の全てのあらましである。

「葉、いい加減にしてくれないかな」
「……………」

けれど、翌日。
森羅学園の屋上には、うんざりした様に溜息をつくハオと、むすっとした顔でココアを啜る葉がいた。麗らかな昼下がりに相応しくない、ピリピリとした空気を二人は纏っている。ハオが差し出した葉の弁当箱を、本人が一向に受け取ろうとしないのだ。
葉と同じクラスのホロホロ曰く、いつも二人一緒に登校する彼等が今日はバラバラに登校してきたらしい。もし葉が弁当を忘れたのなら、後から来たハオがそれを届けるのは自然な流れだろう。けれど、葉にはハオと会話する気が一切ないらしい。
そんな彼等を、いつもの面子は遠巻きに見守っている。
否、「見守る」というよりは「傍観している」という表現の方が正しいだろう。理由はこれまた簡単で、痴話喧嘩はなんとやら、だからであった。

「……どうしたんだろうね、二人とも」
「これは事件の臭いがプンプンするぜ!」

やけに豪勢な重箱の弁当に手をつけつつ、まん太は困った様な笑みを浮かべる。
チョコラブはわくわくした様子で言い放ち、メモ帳を構えていた。その頬にはクリームパンの食べかすがくっついている。
文化研究クラスに所属する彼は、校内でも有名な"情報屋"である。将来はビッグな芸人になるという目標を公言し、常にメモ帳とネタ帳の2冊を持ち歩いていた。元々は自分のライバルになりそうな相手を一早く知るために情報収集を始めたのだが、今ではすっかりそれ以外の需要が高くなっている。
元々チョコラブは、生徒会長であるハオの情報を手に入れようと彼に纏わり付いていた。けれどなんやかんやと関わる内に、すっかりとハオや他の面子に馴染んでしまったのである。今は情報の有無関係なく時間を共有する仲だ。ちなみに彼曰く、「ダチの情報は売らない主義」らしい。

「葉君があんなに怒るのも珍しいよねー」

穏やかな口調でまん太の言葉に応えたのは、蓮と同じ特殊クラス所属のリゼルグだった。
女性的な外見とは裏腹に、彼はフェンシングジュニア部門第3位の最年少記録保持者でもある。優雅だが苛烈な剣技はその世界でもかなり有名だ。にこにこと柔らかな笑みを湛える普段の様子からは、試合中の苛烈さは伺えない。ダウンジングという少々変わった特技を活かし、彼は校内で探偵紛いの活動もしていた。その評判は上々で、情報ならばチョコラブ、捜し物ならばリゼルグと人気を二分する程だ。
そんな彼の視線の先には、不機嫌そうな葉と不満げなハオがいる。彼等を見つめる深緑の瞳は微笑ましげだ。

「あ、まん太くんの卵焼き美味しそう」

けれど、その興味も長くは続かなかったらしい。
まん太の弁当にあるつやつやとした出汁巻き卵に、今のリゼルグは釘付けの様だ。

「ああ。僕だけじゃ食べ切れないから、良かったらどうぞ」
「本当に?ありがとう!」

まん太の言葉に、リゼルグは満面の笑みを浮かべた。イギリス育ちの彼は、どういうわけだか日本食を酷く気に入っている。曰く、「日本ってなんでも美味しいよね」だそうだ。

「あ、ずりぃ!だったら俺もそのエビフライ欲しいぞ!」

リゼルグとまん太のやり取りをみたホロホロが、勢い良く身を乗り出してくる。彼が指差したのは大振りのエビフライだ。
どうやら、持参した手製の弁当では足りなかったらしい。確かに、野菜のみで構成されたそれでは成長期男子の腹には物足りないだろう。北海道から上京して一人暮らしをしている彼は、金銭的に厳しい生活を強いられている。園芸部とは名ばかりの部活は、彼が自分の食費を浮かせる為に部費で着々と野菜を育てていた。
そんな背景を知るまん太は、笑顔で弁当箱を差し出す。残念ながら、小柄の彼にとってこの弁当は量が多い。残さず食べて貰えるのならば願ってもなかった。

「いいよ。良かったら他のもどうぞ」
「うひょー!サンキューな、まん太!」
「相変わらず意地汚いな、貴様は」
「なんだと!」
「マスカット!」
「貴様は黙っていろ、チョコラブ!」

持参したタンブラーから茶を啜る蓮の厭味に、上機嫌だったホロホロが食ってかかる。空気を読まず自製のギャグと共に乱入したチョコラブも交えて、いつもの口喧嘩が始まった。それを適当に宥めるリゼルグを見ながら、まん太は小さく笑う。

「でも葉くん達もそろそろお弁当食べ始めなきゃね。昼休み終わっちゃうよ」
「フン、食いっぱぐれたとしても自業自得だな」
「どぉーせ、またいつもの痴話喧嘩だろ?」

小さな声で心配そうに呟いたまん太に、蓮とホロホロが口々に答えを返した。途端、背筋が凍る様な低音が響く。

「…『痴話喧嘩』だ?」

そう口にしたのは、ユルさを引っ込めた麻倉葉その人であった。
ぐしゃっ、と空になった紙パックを葉の掌が握り潰す。固く握られた拳は小刻みに震えていた。昼間の筈なのに、その顔には無駄な陰影がついている。

「うぉッ…!?な、なんだよ、葉!」
「………今のは、流石にオイラも怒るぞ。ホロホロ」

告げながら、葉はにっこりと笑った。
しかし、その目はちっとも笑っていない。それは、ハオが最高潮に不機嫌な時に浮かべる笑みと全く同じものだった。普段は大して似ていない癖に、何故かこういう時だけ彼等は似ている。

「だからそれはちが」
「黙れ、アホ」
「…………」

すかさず口を挟みかけたハオを、葉は容赦なく切り捨てた。既にこの遣り取りを散々繰り返した後なのだろう。ハオは諦めた様に手の平で顔を覆い、溜息をつく。

「ねぇ、葉くん。せめて、どうしてそう思うのか教えてくれない?」

凄まじく良い笑顔でブチ切れる葉に怯む事なく、リゼルグは完璧な笑顔で切り替えした。まん太やホロホロ、チョコラブの3人は、葉の様子にすっかり青ざめて震えている。普段怒らない奴を怒らせると怖い。まさにそれだった。

「そんなん決まっとるだろ!あのバカハオが夜這いなんてマネするからだ!」

やっぱり痴話喧嘩じゃないか。
ビシッとハオを指差しながら叫んだ葉の台詞に、全く同じ思いがまん太達の胸を駆け抜けた。これは誰がどう聞いても、ただの痴話喧嘩である。

「だから!そんなんじゃないっていってるだろ!」
「じゃあなんで起きたらオイラの上に浴衣脱げかけのお前が乗っかってるんよ!このエロ魔人!」
「普通の男は皆エロいんだよ!じゃなくて!だからそれは葉が脚で僕の腰羽交い締めにして離してくれなかったから!仕方なくだって言ってるじゃないか!」
「嘘つけ!オイラはただお前のこと着替えさせただけだ!」
「葉が中途半端に僕のこと着替えさせたから、こんな紛らわしいことになってるんだろ!?」

まん太達にまで誤解されては堪らないと口を開いたハオに、葉がすかさず言い返す。ぎゃーぎゃーと口論を繰り広げる二人に、すっかり置いてけぼりを食らった面々の反応は様々だ。各々、顔を赤くしたり不機嫌になったり、呆れて溜息をついたりしている。率直な感想としては、友人の生々しい恋愛事情は余り聞きたくない。

「と、とりあえず二人とも落ち着いて…」
「「まん太!」」
「え」
「「お前は僕(オイラ)の味方だよな!」」

唐突に自分へと振り向いた二人に同時に詰め寄られ、まん太は背中にどっと冷汗が流れるのを感じた。
ハオと葉は、言葉を発するのも同時ならば息継ぎの瞬間も全く同じだった。ついでにずいっと顔を近づけるタイミングまで、鏡で反転した様にぴたりと合っている。

「「何言ってんだ!まん太は僕(オイラ)の味方に決まってるだろう!」」

喧嘩をしている癖に、何処までも綺麗なユニゾンが続く。それを尻目に、まん太はちらりと他の面子を見遣った。
すっかり我関せず状態の蓮は、マイペースにデザートの桃まんを齧っている。その隣で苦笑を浮かべたホロホロが「アイツ等のことはもう放っておけ」とばかりにひらひらと片手を左右に振っていた。チョコラブはチョコラブで何事かをせかせかとメモ帳に書き込み、リゼルグはその隣で腹を抱ながらふるふると体を震わせている。どうやら、必死で笑いを噛み殺しているらしい。

「…ッ、あはは…よ、葉くん、ハオくん」
「「なんだ!リゼルグ!」」

リゼルグが笑い混じりに二人へと声を掛ければ、ぴたりと揃った答えが返ってくる。それに小さく吹き出し、リゼルグは目尻に浮かんだ涙を拭いながら告げた。

「続きは、また放課後にやりなよ」

その言葉尻へと重なるように、予鈴が鳴り響く。
本鈴が鳴るまであと5分もない。と、誰もが考えた瞬間、ハオはすかさず葉へと弁当箱を投げつけた。喧嘩をしてはいても、葉が昼食を食べ損ねるのは嫌らしい。流石自他共に認めるブラコンである。
不意を突かれた筈の葉も素晴らしい反射神経を発揮し、それをきっちりと受け止めた。ちらりと双子の視線が絡む。が、ハオはそのまままん太へ、葉はホロホロへと近づいていく。

「まん太、行こう」
「あ、うん」
「ホロホロ、戻るぞ」
「ん」

ハオと葉其々に声をかけられた二人は、そそくさと弁当箱を片付け始めた。タンブラーの茶を飲みきった蓮も立ち上がる。チョコラブはゴミを纏め、片付けを終えていたリゼルグは楽しげに笑っていた。
ハオと葉は、既に屋上の出入口へと向かっている。流石双子というべきか、その歩みはぴたりと息のあったものだった。怒らせた肩の高さや腕の振り方まで瓜二つである。
本人達はそれが非常に不本意らしく、競い合う様にドアへと進んでいった。開かれた扉を同時に通り抜けた瞬間、二人の視線が再び交差する。

「「……フン!」」

全く同時に視線を逸らし、ハオと葉は互いにそっぽを向いた。

「「……早く来いよ!」」

語尾に続いたまん太とホロホロの名前以外、二人は全く同じ台詞を叫んだ。それがまたお互いに不愉快で堪らないらしい。その唇はすっかりとへの字に曲がっている。けれどそんな表情すら、ハオと葉はそっくりだった。
睨み合う二人の背を追うように、他の面々も次々と屋上を後にする。
第1ラウンドは、どうやらこれで終了らしい。



夜と明日は繋がっていた



けれど、明日にはすっかりいつもの二人へと戻っているのだろう。
本人達以外の全員が、それを知っているのだ。

===

仲良し小話凄く楽しかったです。今度は是非女の子達も出したい。

2011.09.15

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