※学パロ


目が覚めると、双子の弟に襲われていた。

「……………」

カチ、カチ、と針が時を刻む音が微かに響く。それを耳にしながら、ハオは覚醒仕切らない頭で自分に乗っかる葉をぼんやりと見つめた。
薄暗い自室。布団の上。暗闇に慣れた視界の端には、朧に光る月が窓から覗いている。どうやら今は、朝とも夜とも言えない中途半端な時間らしい。
目覚めたきっかけは、寝苦しさだったと思う。
浮上し始めた意識。胸を圧迫される様な感覚と、息苦しさ。ハオがそれをどうにか回避しようと無意識に身じろげば、掌に固く骨張った肩が触れた。細いながらも確かな質量のある身体が、自分のそれに乗っかっている。
そう唐突に理解した瞬間、ハオは勢いよく上体を起した。

「ッ、うわッ!?」

正確には、起こそうとした。ハオの片割れが足まで使ってがっちりと自分を抱きしめていたせいで、実行に移すことは叶わなかったのである。

「………は?ってか、え?なにこれどういうことッ」

ハオが反射的に上げた声は、酷く上擦っていた。
混乱と疑問を色濃く滲ませたそれは、彼の心境をまざまざと物語っている。しかし葉が不意に呻いたせいで、ハオはぴたりと口をつぐんだ。暫く不満げにもぞもぞと動いていた葉は、ある瞬間にふと動きを止める。沈黙。次いで漏れたのは、弟の健やかな寝息に混じる兄の溜息だった。ハオの頭を疑問符でぎゅうぎゅう詰めにした弟は、すよすよと気持ち良さそうに眠っている。その表情は酷くあどけない。
けれど、現状はのほほんとしたそれにそぐわないものだった。
後頭部で結い上げていたハオの髪は解け掛け、剥き出しの肩へ緩く落ちている。普段パジャマ代わりにしている浴衣は帯が解けたせいでざっくりと開けていた。葉の浴衣も似たような状態である。剥き出しの肩が少し寒そうだった。そんな弟が何故か、ハオの上に乗っかってすよすよと眠っている。
身内の誰かに万が一この状況を見られたら、即座に家族会議を開かれかねない。裁判だったら問答無用で有罪判決を下されそうだ。
一体全体、これはどういうことなのか。まさか、ハオが葉に夜這いをかけられたとでもいうのか。あの葉に限ってそんなことが果たして有るのだろうか。

「え、ちょ、なにこれ、え?い、いやいやいやいや、ちょっと待って僕!落ち着こう!」

盛大に混乱する思考をなんとか宥め、ハオはひとつひとつ記憶を辿ることにした。
昨日、ハオは生徒会関連の書類を提出する為に、遅くまで学校に残っていた。帰宅したのは、22時近かったと思う。母の茎子から食事をするか否かを問われ、ハオは申し訳なく思いながらもその申し出を断った。連日気を張っていたお陰で疲労がピークに達していた身体は、食事よりも休息を欲していた。少しでも早く、眠りたかった。
葉と共同で使っている部屋の襖を開けると、薄暗い部屋の中から片割れの寝息が聞こえてくる。無防備なそれに、ハオは酷く安堵した。動物が自分の住む安全な区域に戻ってきたら、こんな感じかも知れない。そう考えて小さく笑う。
部屋に足を踏み入れ、ハオは葉を起こさないよう鞄を慎重に机の上へと置いた。ついでに脱いだブレザーの上着を椅子に掛ける。強張った肩を回して解しながら、ハオはふと葉に視線を向けた。眠る弟の傍らには、ハオが普段使っている布団が敷かれている。掛布の上には、綺麗に畳まれた浴衣が置かれていた。
帰りの遅い自分に気をきかせて、葉が用意しておいてくれたのだろう。
それに気づき、ハオはそっと瞳を細めた。そんな小さな心遣いが酷く愛しい。
ハオはそろそろと眠っている葉に近づき、寝顔を覗き込んだ。ぱかっと豪快に開かれた唇から規則正しい寝息が聞こえる。ついでに、口端には涎も垂れていた。幸せそうな間抜け面に、ハオは思わず吹き出しかける。必死に笑いを噛み殺しながらも悪戯心が湧き、葉の鼻を指先で摘んだ。ふごふごとくぐもった声が聞こえてきた瞬間、もうダメだった。口元を抑える事で上がりかけた笑い声を押殺し、ハオは腹を抱えて身悶える。耐え切れなかった腹筋がひくひくと痙攣していた。けれど気分が浮上したせいか、重かった肩が少しだけ軽くなった様な気がする。
笑いが収まった所で唇から手を離し、ハオは葉へと視線を向けた。鼻を解放された葉は、例のマヌケ面で眠りこけている。浴衣から覗く薄い胸が僅かに上下していた。それを何の気なしに見ていた筈が、段々変な気分になってくる。いやいや、そんなまさか、とハオは自分自身に突っ込みを入れた。
どう考えたって"これ"に欲情する要素はない。いっそ清々しい程に皆無だ。我ながら、流石にそれはケダモノ過ぎるだろう。そう自分を律してみるものの、如何せん身体は正直だった。疲労しきった頭では理性の働きも散漫である。悶々とした気分は、素直に動物的な欲求へと直結した。衝動と葛藤。どうやら、自分はすっかりその気らしい。胸に込み上げたその感情に、ハオは従うべきか否か逡巡した。それはもう考えた。今考えている行動を実際に起こした時、明日葉がどんな行動に出るかも、自分の仕事にどんな支障がでるかも出来得る限りシュミレーションしてみた。
その結果、ハオは両方の意味で妥協することにしたのである。
我慢は良くないしね、とハオは胸の内で必死に言い訳を繰り返した。それは、こんな間抜け面の弟に欲情した自分を認めたくないのが9割、意識のない相手に自分のする行為が狡いと理解しているのが1割程あったからだろう。そう思っても結局止められずに、ハオは葉の薄い瞼へと口づけた。夜這いはまた今度、と寝ぼけ半分な頭で考えながら、自分の俗物加減に苦笑を漏らして。
……そこまでは、覚えている。
問題は、その後だった。

「…………ダメだ、その先が全然思い出せない」

あの後、一体何をどうすればこうなるのだろう。
まさか、寝ぼけた自分が葉を襲ったのか。それは有り得なくもない。襲ってはみたものの、結局睡魔に負けて寝てしまったというのなら話が通る。けれど仮にそうだとしたら、何故葉が自分の上に乗っかっているのか。ハオの頭の中では、ぐるぐると様々な憶測が飛び交っていた。けれど疲労と混乱でこんがらがった脳は、結局結論を導き出すことができない。
あと、いい加減自分の上に乗っかっている葉が重い。

「………葉、起きて」
「………」
「よーう、ようってば」

無駄だろうなとは思いつつ、ハオは葉へと声を掛けた。自分の胸に乗っている小さな頭もぺちぺちと叩いてみる。が、案の定答えはない。一度眠ったら中々起きないのは相変わらずの様だ。ハオの唇からは自然と溜息が零れる。短時間でも眠ったからか、意識はかなりはっきりしていた。けれど疲労した身体はまだまだ休息を欲しがっていて、触れ合った素肌から伝わる片割れの体温にとろとろと瞼が落ちてくる。くあ、とハオの唇から自然に欠伸が零れた。

「…起きないと襲っちゃうよー?」

冗談混じりで口にした台詞に応えはない。
それは発した自分でも、酷く間抜けなものに聞こえた。否定でも肯定でも突っ込みでも良いから反応が欲しいなぁと、ハオはぼんやり思う。ぴょこぴょこと跳ねている葉の後髪を摘み、ちょいちょいと引っ張ってみた。むずがった葉の掌が煩そうにハオの手を払い、避けるように首元へと額を擦り寄せてくる。いやいやと小さな子供が駄々をこねる様な葉の仕種に、ハオは思わず笑った。ぱさぱさと頬に触れる髪の毛がくすぐったい。
重たいと感じる以上に、その体温は酷く心地好かった。眠気も疲労もとうに限界だ。もうなんでもいいやと、ハオは何処か投げやりに思う。そんな気分のまま葉の身体を腕に抱え、ぺいっと横に転がした。多少乱暴に扱った所で、どうせこの弟は起きやしない。
身体を横きにして向き合う姿勢になる。胸の息苦しさは無くなったけれど、今度はハオの腰に絡んだ葉の足が邪魔だ。

「よーう、ようくーん?おにいちゃんの腰から足外してくれませんかー?僕苦しくてしんじゃうよー」
「………んー…」
「おい。外せって言ってるのに何で余計に力強めるんだよ、ばか」

ぎゅうぎゅうと足まで使って抱き着いてくる葉に、ハオは思わずドスの利いた声で突っ込みを入れた。そんな兄に対して、呑気な弟は幸せそうな寝顔を曝している。それ見ている内に、何だか怒る気も失せてしまった。
仕方がない。どうやら今日は、この態勢で眠るしかない様だ。
そう腹を括り、ハオはごそごそと手探りで掛布を探す。季節の変わり目は気候が不安定で肌寒い。いくら書類提出が一段落したとはいえ、今後も生徒会でやることは山ほどある。風邪を引いて体調を崩すのは死活問題だ。この際掛布が自分のものだろうが葉のものだろうが構ってはいられない。

「…あーくそっ、髪の毛邪魔くさいな。ってこら、葉。髪掴むなよ」

ハオはぱらぱらと落ちてくる自分の前髪を乱暴に掻き上げた。途端、葉がむずがる様に小さく呻き、自分の頬へ触れるハオの髪を掴む。ハオはそれを何とか外そうとするが、一向に葉が手を離す気配はない。にっちもさっちも行かなくなり、ハオは小さく呻いた。葉は眠っていたとしても自分を振り回すらしい。

「………よーう、お願いだから離して。痛いんだけど、僕」
「………ん…」

すり、とハオに額を擦り付ける葉は、相変わらず深い眠りの中だった。もちろん、髪を握りしめたままの掌は開かれる気配がない。ハオの唇からは何度目か解らない溜息が零れる。葉のことは一旦放置して、ハオは解けかけた髪を完全に解いた。役目を終えた朱色の結紐は布団の脇にそっと置く。

「…って、なんだ。葉の後ろに掛け布団あるじゃん」

ふと視線を向けた先に、ハオは目的のものを発見した。葉の背中の方で、掛布団がこんもりと丸まっている。だが、こちらへ持ってくるには少し距離が遠い。ハオは仕方なく葉を右手で抱え直し、掛け布団へと無理矢理左手を伸ばした。指先に感じた感触を頼りに、何とか手繰り寄せる。

「え?」

しかし、手元に来たのは布団だけではない。
パサリと落ちてきたのは、ハオ自身が身につけていた制服だった。ワイシャツやズボン、ご丁寧にネクタイや靴下まである。予想外の場所から出てきたそれに、ハオは思わず疑問の声を上げた。何故自分の制服がこんな所から出てくるのだろう。唯一脱いだ覚えのあるブレザーの上着は、記憶と違うことなく机の椅子に掛けてあった。

「………あ」

そこで漸く、ハオはある可能性に思い至った。
確かに、ハオは上着以外の制服を脱いだ記憶もなければ、片付けた記憶もない。寝ぼけ眼の状態で脱ぎ散らかしたとしても不思議はないだろう。けれど、それ以外にもひとつだけ可能性がある。

「………それでか」

ぽつりと呟き、ハオは寝息を立てる弟へと視線を向けた。思い至ったのは、葉がハオを着替えさせたのでは、という可能性である。
ハオも葉も寝付きは非常に良い。両親や祖父母も似たような傾向があるから、これは遺伝なのだろう。皆一度眠ったら朝まで起きないのが普通だ。
けれど、今日の葉は違ったのだ。
恐らく、ハオが帰宅した気配に気がついて葉は一旦目覚めたのだろう。制服のままで眠ってしまった片割れを自分の隣に見つけた葉は、寝ぼけながらも何とかハオを寝間着の浴衣に着替えさせようと試みたに違いない。中途半端な戦果を見るに、どうやら葉も睡魔には勝てなかったらしいが。

「………あーあ、慌てて損した」

すよすよと気楽に眠る葉の頬を軽く引っ張り、ハオは甘く苦笑した。
冷静になって考えてみれば大した事でもない。おろおろと慌てふためいた自分を思い返せば、格好悪いし酷く情けなかった。それでも、胸の内側にある温度は決して不愉快なものではない。だからこそ、囁いたハオの声音は自然と柔らかいものになる。

「…おやすみ、ばかよう」

愛しさが零れた様な笑みを浮かべて、ハオはそっと葉の額に口づけた。



シーツ内戦争



翌朝。
昨晩のハオ以上に混乱した葉の絶叫を皮切りに、兄弟喧嘩が勃発したのはまた別の話である。

===

ハオさまには是非葉くんの事でおろおろして欲しいなと思います。

2011.09.11

prev : main : next
top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -