※学パロ

「潤先生ー!」

半泣きの葉の声に、森羅学園の保健医である道潤は目を見開いた。

***

「うっ…うっ…ハオ?ハオ?大丈夫か?痛いか?痛いよなぁ…うっ…ハオ〜!」
「…あーもう!大丈夫だからそんなめそめそすんな!」
「ひ、ひでぇぞ!お、オイラ本当に心配でッ…!」

うわーんッとハオの首に縋り付いて泣き出した葉に、潤は淡い笑みを浮かべた。彼女にも弟がいる分、兄弟のこういったやり取りは微笑ましい。

「葉くん、大丈夫よ。軽く捻っただけみたいだから。暫く安静にしてればすぐに良くなるわ」
「ほっ本当かッ!?潤先生!」
「ええ」

潤が宥めるように告げると、葉はぱっと顔を上げる。幼さの残る反応に微笑み返せば、安心したようにその肩から力が抜けた。
次いで、椅子へと腰かけた兄へと亜麻色の視線が向けられる。ぱち、と互いの眼差しが絡んだ瞬間、葉は綻ぶような笑みを浮かべた。

「ハオー!良かったんよー!」
「…だから大丈夫だって言っただろ、ばか」

ひしっと抱き着いてきた葉を抱き留めたハオは、よしよしと小さな子供にするようにその頭を撫でてやる。表情は憮然としたままだが、不機嫌な中にも甘やかす様な空気が滲んでいた。何だかんだで、やはり心配して貰えるのは嬉しいのだろう。
仲睦まじい二人を眺めながら、潤は数十分前のやり取りを思い出して苦笑を浮かべた。

『潤先生ー!』

スパーンッと壊れそうな程の勢いで開かれた保健室のドアの前。そこには、片割れの兄を姫抱きした葉が立っていたのである。
いったいどういう状況なのだろう。流石に度肝を抜かれて事態を把握しきれなかった潤は、混乱する思考を持て余していた。のだが、葉の腕に抱かれたハオが蚊の鳴く様な声で現状を告げたのである。普段から堂々とした彼には珍しく、片手で顔を覆って。耳の先を赤くしながら、だ。

『………体育の授業中に足首を捻ったみたいなんですが、診て頂けませんか』

的確かつ非常に解りやすいハオの説明に、漸く状況を飲み込めた潤は何とか了承の返事をしたのだった。

「一番軽度の捻挫だから、湿布を張って10日から2週間もすれば治ると思うわ。万が一痛みが引かなかったり、症状が悪化するようなことがあれば病院に行きましょう」
「はい、わかりました」
「了解なんよ」
「それでは、お忙しいところ失礼しました」
「また明日な、潤先生」
「ええ、気を付けて帰ってね」

簡単に説明した潤へと軽く会釈し、ハオは爪先をドアへと向ける。潤に笑顔を浮かべた葉がそれを追いかけた。二人を見送りながら、潤も柔らかく微笑んで手を振る。が、そこでふとある疑問に行き当たった。

「……そういえば、あの二人はクラスが違ったはずだけど…?」

ハオは特進クラス、葉は普通クラスの生徒だ。
学んでいる校舎も違うその2クラスが、合同で授業を行うことはまずない。第一、ハオはジャージ姿だったが、葉が身に着けているのはいつものブレザーだった。
いったい何がどうなって、葉がハオを保健室に運ぶ様な展開になったのだろう。
そんな潤の疑問は、翌日生徒から漏れ聞こえる噂話で解決することになる。

「ハオ?ハオ?本当に平気か?」
「だから大丈夫だって。手当てして貰ったしもう痛くないよ」

一方、保健室を後にしたハオと葉は、帰宅の為に渡廊下を歩いていた。
葉からされる再三の確認に、ハオは飽きれたような溜息をつく。心配してくれているのは痛い程にわかるのだが、そろそろこの問答にも飽きてきた。実際、足の痛みはそれ程酷くない。
けれどどうにも納得できないらしい葉は、じっとハオの足元を見つめながら言い募った。

「でもよぉ…やっぱりオイラがさっきみたいに抱っこした方が」
「葉、またアレしたらいくら葉でも沈めるよ?」

途端、ビシっとハオの空気が硬直する。
ひんやりとした視線に曝された葉は、きょとんと瞳を瞬かせた。なんだかわからないが、ハオの機嫌があまり芳しくないことだけはわかる。
普通の人間ならば、ハオがそんな空気を醸し出した時点で口を噤むだろう。けれど、葉はどこまでも葉だった。

「え、どこに」
「何、詳しく聞きたいの?」

無謀にも問いかけた葉に、ハオは表情筋を駆使した満面の笑みを浮かべる。けれど、赤茶の瞳は全く笑っていない。そこで漸く、葉は自分が地雷に触れたことを悟った。
反射的に否の答えを返したのは、防衛本能でしかない。

「え、遠慮しておきます」
「宜しい」

ふん、と鼻を鳴らしたハオに葉は困った様に眉尻を下げた。
ハオの放つ空気は、もう放っておけと言外に語っている。けれど、心配なものは心配なのだ。平気な風を装っているが、先程からハオは捻挫した足を庇う様に歩いていた。その所為か、身体がいつもより少しだけ大きく左右に揺れている。けれど手を貸そうとしてもきっぱりと拒まれ、葉は結局何もできないままうろちょろとハオに纏わり付いていた。
そんな葉の態度に、ハオは小さく溜息を着く。

「……葉、ホロホロから自転車借りてきてよ」
「え」
「歩くの嫌なの。だから、葉が家まで自転車こいで。僕後ろに乗るから」

ハオの意図を理解した瞬間、葉はぱぁっと表情を明るくした。
二人は徒歩通学だが、一人暮らしのホロホロは家から学校まで距離がある為に自転車を利用している。それを借りてきて自分を乗せてくれと、ハオは言っているのだ。
自分にもできることがある。
そう示唆するハオの言葉に、葉は尻尾があればぶんぶんと振り回しそうな程喜んだ。ハオは一目瞭然な葉の変化に、必死で笑いを噛み殺す。こういう反応をするから、ついつい甘やかしたくなってしまうのだ。
握ったこぶしでとんっと胸を叩き、葉はハオに向かって笑みを浮かべた。

「おう、任せるんよ」
「ん。それじゃあ、僕校門のとこで待ってるから」
「おう。ついでにカバンも取ってくるからな。待ってろよ、ハオ」

ホロホロー!と友人の名前を叫びながら、葉はぱたぱたと廊下を駆けていく。その後ろ姿を見送りながら、ハオは愛おしげに瞳を細めた。



純粋的培養



翌日。

「…って、…の…ハオさま……」

登校した瞬間からさやさやと囁き交わす女生徒達の声に、ハオはイライラとしながらコーヒー牛乳を啜っていた。
その理由は至極単純である。彼女たちの話している内容が、自分と葉に纏わるものだったからだ。

『昨日ハオさまが葉さまにお姫様だっこでさらわれたって聞いたんだけど、どういうこと?』
『なんか、体育の授業中にハオさまが捻挫?したらしくて』
『そうそう!私見てたんだけど、葉さまが急に窓から出てきて!』
『『ハオッ大丈夫かっ!?』って言ってさ、ハオさま抱っこして保健室に走って行っちゃったんだよね!』

「びっくりしたー」だの「でも格好良かったー」だの口々に感想を述べる彼女達の小さな声は、不思議とハオの耳へと届いてくる。
そう、葉は昨日特進クラスの体育の授業に乱入してきたのだ。
原因はこれまた単純である。夕飯の献立を考えていたハオが、うっかり味方からパスされたサッカーボールを受け止め損ねて転倒したのだ。教室移動中だった葉が、その現場を偶然目撃したのである。
いつもにはないハオの失態に、弟の葉でも度肝を抜かれたらしい。これは帰宅した後で知ったことだった。ついでに葉が一階の廊下を移動中だったことも幸い(災い?)し、葉はハオの元へ到達する為の最短ルートを迷わず選んだ。開いていた窓から颯爽とグラウンドへと飛び降り、ハオへと全速力で駆け寄ったのである。

『ハオッ大丈夫かっ!?』

女生徒達が噂している下りはここの部分だ。
葉は基本的にやる気がない。やれば一定値以上に物事を熟せるのだが、如何せん何かを切っ掛けにしてスイッチが切り替わらないとユルいままなのである。
普段は唯一得意な体育の授業でもゆるゆるな葉が、兄のハオに負けず劣らずの俊足でグラウンドへと駆け付けた。その事実に、周囲は度肝を抜かれたらしい。
けれどぽかんと自分を見つめる教師や生徒も眼中になかった葉は、抵抗するハオを問答無用で抱き上げたのである。そこでどうにかしようと思えば出来ないこともなかった。しかし心配そうな顔をした葉にむぎゅっと抱きしめられてしまい、うっかりきゅんとしたハオはされるがままに保健室へと姫抱き状態で運ばれてしまったのである。
けれど今程、自分のブラコン根性を呪ったことはない。

「……………」

いい加減噂を聞くのも飽きてきたハオは、些か乱暴に席を立った。途端、あれだけざわついていた教室がしんと静まりかえる。周囲には気づかれないようにぐしゃりと空になった紙パックを握り潰し、ごみ箱へと投げ捨てた。イライラとした気分のまま、ハオは爪先を普通クラスのある一般棟へと向ける。
どうせ葉も自分と同じことになっているのだろう。
それなら噂がもう少し収まるまで二人でサボる方がまだマシだ。
いつもならばハオが移動する度にぞろぞろとついて来る親衛隊や野次馬連中も今日はいない。ハオの機嫌の悪さを察しているのか否かは謎だが、今は好都合だった。

「葉」
「ハッハオッ」

がらりと普通クラスの引き戸を開ければ、半泣きの片割れと目が合った。どうやら昨日の話を聞きたいクラスメイトに取り囲まれたらしい。こういうときは大概アンナかホロホロが葉のフォローに回る。けれど、今回は余りの面倒臭さと馬鹿らしさに傍観を決め込んだ様だ。確かに葉が精神的に参る以外に実害はない。その為放って置いても問題はないと判断したのだろう。

「ハオー!」

けれど、葉にとっては違った様だ。
ヒシッと抱き着いてきた葉を咄嗟に受け止めながら、ハオは瞳を瞬かせる。いつもなら絶対に人前でこんなことをしないのに、今はよっぽど余裕がないらしい。

「どうしたのさ、葉」
「おっお前が目立つお陰でオイラまでとばっちり食ってんだぞ!ばかー!」

半泣きで言い放った葉に、ハオの額にはビシッと青筋が浮かんだ。
そう、この片割れは常々自分が悪目立ちするのは兄のせいだと決め付けている節がある。
確かにハオ自身、自分の一挙一動が目立つのは認めよう。派手な事が好きなのもあるが、それ以上に規格に囚われるのが嫌いな性格も合間って、何かする度にやたらと注目を浴びているのは自覚がある。一年の時から二年、三年の生徒を押しのけて生徒会長になったのが良い例だ。
けれどこの弟に関してだけは、ハオに巻き込まれてうっかり注目を浴びてしまったとは言い難い。生徒会長を務めているからこそ、ハオがそう判断する材料は山のようにあった。
まず、葉は他学年でも噂になる程のサボり魔だった。
授業中は良くて睡眠時間。更に悪いとふらふらと何処かへ行方を眩ませてしまう。校内のあちこちに忽然と出没する葉はそれだけで噂になるのだ。おまけに、サボり先で会った人間と先輩後輩問わず仲良くなってくる。不良で有名な木刀の竜といつの間にか交流を持っていた時は、流石のハオも頭を抱えた。葉が校内を歩けば次々に竜の仲間から声をかけられ、「葉のダンナ」と呼ばれて慕われている。一体何をどうしてそんなことになったのかは知らないが、お陰で葉は学年問わず有名人だった。
ついでに、葉が普段ツルんでいる面子にも原因がある。
ハオと同じ特別棟に教室がある特殊クラス。そこに所属する道蓮とも葉は仲がいい。葉と同じクラスのホロホロを仲介して仲良くなった様だ。中国からの留学生でもある蓮は、世界大会で優勝したこともある森羅学園器械体操部のエースである。傲岸不遜で自信家の性格とずば抜けた技術でもって、彼はいい意味でも悪い意味でも注目を集めていた。
そしてホロホロも、葉や蓮とタイプは違えど目立つ人種だった。
彼はハオが生徒会長になった1年時の冬に、何故か校舎裏で焼き芋をしたのである。葉や蓮、まん太等ハオのよく知る面子もそれに一枚噛んでいた。焼き芋の焚火を火事と誤認した学園近隣の住人が消防署へと連絡したお陰で、件の焼き芋事件は予想以上に大きな騒ぎへと発展したのである。
消防署から学校へと連絡が回り、彼らの行動は明るみに出た。その主犯としてホロホロは生活指導のカリムにこってりと絞られ、一躍有名人となったのである。もちろん、それに参加した葉達も同様だった。
今上げたのは、ほんの一例に過ぎない。
ハオが生徒会長になって一年と経たない内に、葉やその周囲の面々はこれ以外にも次々と問題を起こしていたのである。まん太だけは唯一の例外といえなくもないが、葉に関してはどう考えても自業自得だった。断じてハオの所為だけではない。

「濡れ衣をきせるのはやめてくれないか、葉。いくら穏和な僕でも流石に怒るよ」
「い、いひゃいんよー!」

そんな兄の苦悩をとんと知らない葉は、ギリギリと両頬を摘まんでくるハオの腕をべしべしと叩いて抵抗してきた。
満面の笑みを浮かべていたハオは呆れ混じりに溜息を洩らし、葉の頬から手を離す。葉は葉でハオの態度に納得がいかないのか、唇を尖らせて睨みつけて来た。潤んだ目で睨まれたってちっとも怖くなんかない。

「はぁ……まったく。まぁいいか。それじゃあ、葉」
「あ?」
「昨日は僕が姫だったから、今日は葉の番ね」
「……は?」

これくらいの仕返しは許されるだろう。
普段から散々葉達の起こすトラブルの尻拭いに奔走させられているハオは、意趣返しの意味も込めて双子の片割れをひょいと抱き上げた。
急にハオの手で抱き上げられた葉はぎょっと目を見開く。慌てて葉が見つめたのは、昨日ハオが捻った右足だった。

「って、ちょッおまッ足ー!!」
「うーん、そこですかさず僕の足の心配してくれる辺りが葉だなぁ」
「そ、そうじゃなくてだな!?ってうぉお!皆めちゃくちゃこっち見てんぞ!!」
「そりゃあ、僕が誰か姫抱きしてたら目立つんじゃないの」
「だだだだだったら離すんよー!」
「やだ。昨日の僕はこれ以上の辱めにあったんだからね」
「は、辱めって!しょうがないだろ!緊急事態だったんだから!」
「知ったこっちゃないね、そんなの」
「バカハオー!」

うわぁんと泣き叫ぶ葉の悲鳴が、森羅学園一般棟の廊下に虚しく響く。
まったく、被害者はいったいどちらなんだか。
そんな答えのない思考を弄り回しながら、ハオはぎゃーぎゃーと喚く葉を無視して廊下を歩いていった。

===

べたな展開その2でした。
私個人としては精一杯健気な葉くんを書いたつもりです。

2011.08.15

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