※学パロ

「葉」

廊下から聞こえてくる黄色い悲鳴。
徐々に移動しながらこちらへと接近してくるそれに、葉は今後の展開をある程度予想はしていた。
してはいた、けれど。

「……ハオ。お前、普通クラスに平然と来るなよ」
「なんだよ、折角特進クラスの別校舎からわざわざ来てやったってのに」

ご挨拶だな、とハオは若干不満そうに唇を尖らせた。
途端、甲高い黄色の悲鳴が一層大きくなる。それは葉達――基、ハオを起点に構成されていた。彼らの周囲半径3メートル以内に人影はない。ハオが葉の席へと到達するまでに、普通クラスの生徒達は彼へと当然の様に道を空けた。まるでモーゼの十戒の海の如く、綺麗に左右へと分かれていったのである。しかも、彼等は距離をとりながらもこちらへの関心を隠そうとしない。じくじくと肌に突き刺さる痛い程の視線に動きを鈍らせながら、葉は溜息混じりに告げた。

「お前がくるとめんどいんよ。主に周りが」
「それは僕が要因ではあっても僕のせいではないだろ」
「お前なぁ、少しは質問責めされるこっちの身にもなれっての!」

飄々とした笑顔で答えるハオに、葉の後ろの席で焼きそばパンをかじっていたホロホロが援護射撃を入れた。そこではじめてホロホロの存在に気づいたらしいハオは、花の顔ににっこりと笑みを浮かべる。

「汚いなぁ。食べながら喋るなよ。ボロボロ」

笑顔とは裏腹に、台詞は大変辛辣なものだった。
しかしハオの毒舌にも最早慣れっこのホロホロは、ひらひらと軽く掌を振ることでそれ流す。「黙ってりゃいいんだろ」と呆れ混じりに告げるホロホロの仕種に、ハオは小さく鼻を鳴らした。そんな二人のやり取りに苦笑を浮かべた葉は、立ったままのハオへと視線を向ける。

「で?用事はなんなんよ」
「わかってるくせに」

思わせぶりに囁いたハオは、ひょいと気安い仕種で髪結紐を取り出した。鮮やかな朱色の結紐は、葉が以前ハオへと贈ったものでもある。誕生日に何となく選んで渡したのだが、ハオはそれをやけに気に入って愛用していた。自分の席に腰掛けた葉の目の前へとそれを差し出し、ハオは可愛らしく首を傾げて見せる。口元に浮かべているのは、蕩ける様な甘い笑みだ。

「髪の毛、結んで」

ハオが甘えるように告げると、周囲から再び黄色い悲鳴が上がる。どうやら女生徒を中心に聞き耳を立てられていたらしい。鼓膜を突き破りそうな程の音量に辟易しながら、葉は嫌そうに呟いた。

「………ここでか?」
「え、嫌?」
「うん、まぁ………嫌だな」

葉は両手で耳を塞いだまま、きっぱりと答えた。
別に、ハオの髪の毛を結うのが嫌なわけではない。普段からちょくちょくお願いされている内容だったし、それは別段構わないのだ。問題は他の部分にある。
そう暗に告げる葉の言葉へ、ハオはふむと小さく頷いた。沈黙。曲げた人差し指を唇に押し当て、ハオは思考を巡らせる。ちくちくと突き刺さる周囲からの視線にげんなりしながら、葉はその結論を待った。
うん、ともう一度小さく頷いたハオは、葉に笑顔を向けてあっけらかんと告げる。

「葉が嫌って言うなら場所を変えてもいいんだけど・・・たぶんどこに行っても皆ついて来るよ?」

あれ、とばかりにハオが指差したのは、わらわらと葉達のクラスを覗き込もうとする他クラスの生徒達だった。狭い空間にぎっちりと、これでもかとばかりに複数の生徒が密集している。けれど他クラスに入ってまで観察する勇気はないのか、ドアの部分を境界にして教室には誰も踏み入ってこない。
うっかりハオの動作を視線で追ってしまった葉は、目先の光景に頭を抱えた。なんなんだ、この衆人監視は。
おまけに普通クラスの生徒だけではなく、何故かハオと同じ特進クラスの生徒までいる。その中には当然の様に「星組」の生徒、別名「ハオさま親衛隊」の面子がチラホラと混ざっていた。

「……………うわぁ」
「あはは、凄い嫌そうな顔」

一層げんなりとした葉を見て、ハオはけらけらと楽しそうに笑う。
注目されることに慣れているハオにとって、こんな状況はある種当たり前なのかもしれなかった。けれどとんとそんな視線に慣れていない葉からすれば、いい迷惑でしかない。悪目立ちもいいところだ。

「嫌に決まってるだろ。お前のファンに睨まれるのはオイラなんだぞ」
「大丈夫、そんなことさせないよ」

葉は僕が守るさ。
ハオのさらっとした発言に、葉とホロホロはヒクリと頬を引き攣らせた。途端、今までの比ではない程の絶叫がクラス中から響き渡る。きゃーきゃーと響く悲鳴に混じって「あぁあ葉さま凄く羨ましい・・・!」だの「私もハオさまにあんなこと言われたいー!」だの「でも二人で並ぶともっと素敵ー!」だのという乙女達の絶叫が聞こえてきた。

「おッまッえッはーッ!やっぱりわざとやってんだろ!」
「あはははははッ皆面白いなーっていててて痛い痛い痛いよ葉!もっと優しく掴んでッ」
「痛くなかったら意味がないだろ!馬鹿ハオ!」

思わず立ち上がた葉は、ギリギリとハオの前髪を引っ張って抗議する。
そう、葉からすれば「ハオさま」と一緒に自分までもが「葉さま」と並び称されるのが非常にいたたまれないのだった。それは生徒会長になる前から目立ちに目立っていたハオが、既に出来ていた親衛隊相手に「麻倉葉への手出し厳禁」と言い放ったのが一端でもある。元は純粋に葉へと危害が及ぶのを案じての事だった。けれど何をどう勘違いされたのか、ごくごく普通の生徒である葉までさま付けで呼ばれるはめになってしまったのである。ついでに、ハオは自分と葉のやり取りで周囲が過剰に反応するのを楽しんでいる節があった。ハオからすればファンサービスやリップサービスの類かもしれないが、やられている側の葉としては堪ったものではない。

「わかったから、いい加減離せって。痛い」

けれど、流石のハオも今回の葉の攻撃には懲りたらしい。
ぱんっと柔らかく葉の手を払い、次いで腰と肩を掴む。咄嗟のことに反応出来ない葉を尻目に、ハオはくるりと二人の場所を入れ替えた。ダンスでターンでも決めるように、やけに優雅な仕種で。そのままハオはすとんと葉の席へ腰掛ける。
唖然とする葉に満面の笑みを浮かべ、ハオはちょいちょいと髪結紐と自分の髪を指差した。

「ほら、葉。僕次体育で移動しなきゃいけないから、早く結んで」
「………お前髪ゴム使えば自分で結べるだろ」
「やぁだ、ゴムって髪の毛突っ張って痛いんだもん」

やけに甘えたな口調で告げるハオに、葉は本日何度目かわからない溜息をつく。
けれど不満たらたらながら、葉はハオから髪結紐を受け取った。こうなったらやるしかない。葉には幾分甘いものの、ハオの本質は我が儘で俺様で王様だ。恐らく自分の望む結果が出るまでハオは粘るのだろう。それはつまり、葉が厭うこの衆人監視に長時間曝される事を意味していた。休み時間が終わるのが先か、葉が自分に向けられる数多の視線に堪えられなくなるのが先か。そのどちらが早いか、それだけの話である。
因みにそうなったとき、耐え切れなくなった葉が先に折れるのも恐らく兄の計画に織り込み済みなのだ。無駄に良く回るその頭をもっと別の部分に活かせばいいのにと常に思う。
けれどハオの一挙一動を逐一騒ぎ立てるギラリーに、いつまで経っても馴れられないのが葉の敗因だった。否、決して慣れたいものではないのだが。

「おい、櫛は?」
「はい」
「ん」

当然の様に差し出された櫛を受け取り、すっかり諦めた葉は馴れた手つきでハオの髪を櫛削っていく。さらさらとした指通りの良い髪は触れると心地好い。が、やっぱり周囲から凝視する勢いで視線を注がれるのは居た堪れなかった。むしろ何故そんなにこっちを見るのか一人一人問いただしたい勢いである。面倒だから実際にやりはしないが。

「……お前、邪魔なら髪の毛切れよ」
「えー僕が髪切ったら葉寂しいでしょう?僕の髪触るの大好きだもんね」
「・・・今日帰ったら即行で切ってやるぞ」
「あはは、僕が髪切ったら大変だと思うよ?次の日から僕に間違えられて、葉が『ハオさま〜』って追っかけ回されるだろうね。しかも違うって言っても見分ける手段がないから信じてもらえないだろうし」
「すまん、やっぱ切らんでいい」
「素直じゃないなぁ」
「いや、素直だろ。めちゃくちゃ」

からからと楽しそうに笑うハオに、葉は許容と諦めの入り混じった溜息をついた。



吐息と束縛



実はハオが他の生徒への牽制の為に葉のクラスを訪れていたのを、当の本人だけが知らないのだった。

===

一回べったべたな展開をやってみたくてやりました(笑)
ハオさまの髪の毛葉くんがちまちま結んであげてたら可愛いと思います。

2011.08.15

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