Hands


「Hello, My name is James. Nice to meet you!」
 そう言って差し出された手を、澪子は柔かに握り返した。人種の違いなのだろうか、相手の男性の手は、彼女のそれをすっぽり包み込んで隠してしまう程に大きい。同じ高校生なのに、海の向こうでは一体どんな食生活をしているのやら。
 学校の英語教育の一環として毎年催される国際交流。澪子の参加は2度目だ。去年は隣に真澄もいた。船で遠い世界へ旅立つのが夢であるという彼が、海の向こうからの来訪者を、目を輝かせて見つめていたのを澪子は覚えている。
「Your hand is beautiful」
 いつまでたっても握った手を離そうとしないアメリカ人が澪子に囁いた。青い目の中に、外向きの笑みを浮かべた自分がいる。小さくお礼を告げて手を引っ込めようとするが、青年はまだ緩めようとしない。澪子は困った顔をしてみせた。
 青年の手は、真澄と同じ様に大きかった。その手に触れられていると、嘗ての真澄のそれを思い出してしまう。脳裏に浮かんだ真澄の笑顔を慌てて消し去ると、澪子は青年を睨みつけた。彼の手は真澄のそれとは明らかに違う。青年の手はスラリとしていて美しい。だが、真澄のは職人の様にゴツゴツとしていた。それに真澄が澪子の手に触れる時、それはもっと暖かく、壊れ物を慈しむ様に優しかった。少しも強引なところなどなかった。澪子は、そんな真澄を思い出して鼻がツンとするのを感じた。そしてそうなると、無理矢理己の内に引き入れようとするそのアメリカ人の手が、嫌で仕方がないと思えてくる。
 こんな時、真澄が傍に居てくれたら。不意に心の中にそんな想いが湧いてきた。こうしてどうしようもない状況に置かれると、必ず彼に縋りたくなる。いや、そうでない時もだ。澪子は常に、真澄の面影を探している。良くないことであることは分かっているのだ。彼は、いつでもどんな時でも澪子を守ろうとしてくれていた。もう傍に居ない人を想うと、触れることが出来ていた頃よりもずっと愛しさが増してしまう。彼がいなくなって初めて、自分がどんなに真澄に甘えていたのか自覚出来る様になった。
「Leave my hand」
 小さく、然しそれでいて芯の通った声で青年に告げた。澪子を意思の弱いか少女だと決め付けていたのだろうか、アメリカ人は驚いた様に目を見開いた。そして、苦笑してその手を離す。澪子は再び微笑んでお礼を言った。
 真澄がいなくても、大丈夫。
 ふと心の中で呟いた。本当はそうあるべきなのだ。だけれど、自分がそうなってしまうのが怖かった。彼を必要としない自分は、果たして自分であると呼べるのだろうか。
然し、少なくとも今はそうでなくてはならない。彼はここにいない。その事実が変わることはないのだから。
 澪子はそっとまつ毛についた雫を拭った。

お題:即興小説トレーニング 様より『彼の愛した手』



表紙

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