西の空に積乱雲が浮かんでいる。ひまわり垣根の向こうに見えるそれを認めると、洗濯物を取り込むために俺は立ち上がった。 「澪、手伝ってくれるか」 縁側に座る俺の隣でかき氷を食べていた末の妹に声をかける。澪子は頷くと、グラスを置いて物干し竿の所へ駆けた。可憐にはためく白いワンピースは涼しげだ。今日は異様に暑い日で、アブラゼミの鳴き声が更にそれを助長させている気がする。奴らの鳴き声を聞いていると、まるで自分がフライパンの上で炒められてる気分になってくるのだ。そもそもアブラゼミという暑苦しい名称はそこから来ているのだと、以前何かで読んだ気がする。 澪子は背伸びをして洗濯物に手を伸ばした。物干し竿の高さは丁度俺の俺の目線の辺りだ。チビの澪子には辛かったかもしれない。足が震えている。高校生にして小学生に間違われる程の身長だ、無理もない。 「澪、いいよ。俺が下ろすからお前は洗濯物を家の中に」 見かねた俺が声をかけると、澪子はフルフルと首振って作業を続けた。儚げな顔をして頑固な奴なのだ、こいつは。溜息を吐いて、俺は出来るだけ高い位置にある物から外していった。天気がいいから洗濯日和だったのだろう。今日の洗濯物は相当な量だ。おふくろめ、取り込む人の気持ちも考えて欲しいものだ。 俺が洗濯物の山を手に仕事を終えた時、澪子はまだ頑張っていた。ふと空を見上げると、巨大なな積乱雲はもう頭上に迫っている。竜の巣ではないかと疑いたくなる程ダイナミックでどす黒い雲。今にも雷が鳴って雨が降り出してくるだろう。気づけばいつの間にか煩かった蝉の合唱は止んでいた。最近では真夜中でさえ鳴く奴らだ。こんなに静かなのはいつぶりだったろうか。さっきまで鬱陶しかった筈なのに、消えてなくなるとどこか不安な気持ちにさせられた。 澪子が最後の洗濯物を外し終えたその時、俺の頬に冷たい雫が触れた。 「澪、急げ。雨が降るぞ」 俺が急かすと、澪子は急いで家へと駆けた。白い洗濯物の山で、視界が半分埋められている。転ばなければいいが。澪子が四苦八苦している間に俺の分の洗濯物を家に置いてくればよかった。フラフラとよろめく妹と出来るだけ歩幅を合わせて小走りしてやる。そのくらいしかできなかった。白いの山の頂点に、シミが出来た。二つ、三つ、四つ。これはまずい。俺は何とか上半身でそれを守りながら縁側に駆け込んだ。澪子は家の中に山を放り投げる。 間一髪、何とか二人が家の中に駆け込んだ次の瞬間、背後で雨脚が強くなるのがわかった。本降りだ。澪子の顔を見ると、何とも言えず楽しそうな表情だ。制限時間付きのゲームでもした気分なのだろう。こっちの気も知らないで。 「楽しかったね」 にっこり笑って言われると、笑い返すしかないじゃないか。まぁ、実際楽しかった。 俺はもう一度空を見上げた。あのダイナミックな雲が、バケツをひっくり返したような――――いや寧ろ、海をひっくり返した様な雨を降らせている。洗濯物に関しては迷惑極まりないが、これで気温が下がるなら良しとしよう。こんなことも、夏休みならではなのだから。 お題:即興小説トレーニング 様 表紙 その他の小説も読んでくださる方は、是非本家HPにもお立ち寄りください→+Ange+ 小説ランキング参加中です。応援よろしくお願いします→Alphapolis |