姉さんが死んで、今日で一年になる。 「姉さん、そっちはどう?」 俺は姉さんの眠る真新しい墓石に、彼女の大好きだったガーベラを備えて手を合わせた。真っ赤な花弁が夏の日差しを反射させ、目に眩しい。生きていた頃、彼女はこの色のこの花が本当に大好きだった。彼女の部屋のベランダは一生懸命に育てたガーベラでいっぱいだった。今はもう、使われていないプランターが積み重ねられているだけだけど。 「姉さん、俺、すごく悔しいんだ」 バシャリ、と墓石に水をかける。水滴が少し俺の脚に跳ね、火照った体から体温を奪い去っていた。完全に気化したあとも、スースーと涼しさが残る。姉さんもきっと暑がっているだろう。彼女のいるところはここよりもっと太陽に近い場所だ。俺はバケツの水がなくなるまで、無言で水をかけ続けた。 「姉さんは優しくて、誰よりも正しい人だった。あんなふうに死ななきゃならないようなこと、何もしてない」 一年前のあの日、山間の国道を車で走っていた姉さんは、大雨による土砂崩れで死んだ。記録史上最も雨量が多く、激しい雨だったそうだ。国道の整備は確実に行われていたし、絶対安全のはずだった。だが、国が想定していた最悪の状況の数倍を上回る猛豪雨は、人間の作ったバリケードをいとも容易く破壊して、姉さんを飲み込んだ。 姉さんが誰からも嫌われる悪人だったら、まだ我慢ができるかもしれない。誰かに殺されたのだとしたら、犯人を責めて詰って恨んで憎んでいられたから、まだ楽だったかもしれない。道路の不備が原因であったなら、国を相手取って喧嘩ができたかもしれない。でも、姉さんの死は誰のせいでもなかった。誰のせいにもできない。こんなに悲しくて、こんなに悔しいのに、誰を憎んだらいいのかもわからない。ただただ、大好きだった姉さんを失った悲しみだけが胸の中に渦巻いて残っている。やるせなさだけが永遠に残り、恨みは為すすべもなく消えてゆく。 「俺、どうしたらいいんだろ」 この気持ちを、どうしたらいいんだろう。 「こんな時いつも助けてくれたのは姉さんだったじゃないか」 突然いなくなってしまった。俺を助けてくれる人が、いなくなってしまった。 「姉さん……助けて」 お題:即興小説トレーニング 様より『消えた恨み』 表紙 その他の小説も読んでくださる方は、是非本家HPにもお立ち寄りください→+Ange+ 小説ランキング参加中です。応援よろしくお願いします→Alphapolis |