買ったばかりの圧力鍋でじっくり作った黒毛和牛の赤ワイン煮、うんと甘く煮たにんじんグラッセ、無農薬にこだわった団爵芋と玉ねぎのポテトサラダ、ブラックペッパーを利かせた新鮮ホタテと彩りパプリカのマリネ、フレッシュレタスとミニ家庭菜園で収穫したばかりのルッコラ添えサラダ、丁寧に裏ごしした鮮やかグリンピーススープ…極め付きのデザートには、濃厚純正生クリームをふんだんに閉じ込めたふわっふわっ卵ロールケーキ、お手製三種ベリーのジャムソースを添えて。

俺はテーブルの上に並んでいる、たくさんのご馳走を前にして、はぁ…と大きなため息を吐いて、頭を抱えた。

作ったのは誰でもない、俺自身なんだけれど、流石にやり過ぎたなと思った。


でもそれを、美味しそうに満面の笑みで食べる無子の姿を見て、俺はつい頬が綻ぶ。

「おい、そんなに急いで食べるなよ?まだたくさんあ…」

両手にフォークとスプーンという器用な手つきで、いっぺんに全てを食べようとするから、喉に詰まらせたらしくて、彼女は「…んっ!んーっ!!」と苦しそうに涙目になった。言わんこっちゃ無い。

俺はグラスに水を注いでやると、彼女は急いでそれを飲み干した。


「ぷはああっ!!死んじゃうかと思った!!」
「無子は大げさだな?」

グラスから顔を離した彼女は盛大に息を吸い込んで、どんなに辛かったかと苦言を呈す。

俺はその様子が可笑しくって、クスクスと笑っていると、彼女は「そんなことないですよ?」っておどけて言う。

「喉に詰まって…の意味もありますけど、錫也先輩の料理が美味し過ぎて!昇天しかけました!!」

昇天って…言い表すなら、もっと他に良い言葉はないのか…と、ちょっと苦笑としつつも、「お前が喜んでくれて、嬉しいよ。作ったかいがあった。」と、俺はニッコリと笑う。


にしても、俺の料理を食べて死ぬってことが、今後ありえるのだろうか。

…勿論、毒なんて入れるわけないだろ?


「だけど、これで昇天されちゃ困るな。これからも俺は、もっともっと美味しい料理を作っていくから、覚悟しとけよ?」

俺がそう言うと、彼女はフォークからにんじんグラッセをポロリッと落として、ドキッと驚いた表情をした。

それが皿の上に落ちたのに遅れて気がつくと、またフォークで刺して、口に含むと「美味しい!」と、一声。

「これからも…なんて、幸せ過ぎて、どうにかなっちゃいますよっ!」
「俺は、無子がどうにかなってくれても構わないんだけど?」

彼女が遠くの皿に手を伸ばしかけたので、俺はそれを彼女に引き寄せてそう言うと、少し意地悪く笑ってみせる。

彼女は「むう…。」と呟いて、ルッコラをちびりちびりと齧っている。赤くなった顔も、また可愛い。

「デザートもあるんだから、あんまり食べ過ぎるなよ?残しても良いから。」

俺がそう言いながら、ロールケーキをナイフで切り分けていると、彼女はピタリとスープを飲む手を止めて、皿にスプーンを置くカチャリという音がした。

俺はちょっと不安になって、「どうした…、スープ口に合わなかったか?」と、彼女の俯いた表情を伺うように声をかける。

彼女は言葉にしないまま、フルフルと首を振った。

「美味しい…んですけれど…、錫也先輩は食べないみたいなので、ちょっと寂しいです。」

無子のその言葉に、俺はちょっと動揺して身動いた。 

実は、まったく食べ物が口を通らないんだ…俺は「いやあ、お前が来る前に味見し過ぎちゃってさ、お腹いっぱいなんだ。」って適当に誤魔化すと、彼女は「そうなんですね!」とパァと顔を明るくして、食事を再開した。

彼女は俺を疑うことを知らないから…ちょっと、良心が痛む。


目の前に居る女の子、俺の彼女である名無夜無子とは、通っている大学も違うし、年齢も彼女が2つ年下だ。

出会いは本当に偶然なものだった。

星月学園OBの講師として料理教室を開いてくれと、当時良くしてもらっていた食堂のおばちゃん達に頼まれ、押され負けたのもあってやったことがあったときの事だ。

参加者の大半が、俺の母さんと同年代の人ばかりで、ちょっと申し訳ない気持ちと緊張もあったけれど、唯一その中に、俺と年齢の近い無子がいて、酷く安心したのを覚えている。


彼女は料理を作るのも食べるのも大好きな子で、どこからともなく料理教室の噂を聞きつけて参加してくれたらしい。

とても研究熱心で、ノートいっぱいに俺の言うことをメモしたりと、第一印象はちょっと怖いぐらいだった。

おばちゃん達はどこか、俺とのお喋りを楽しんでいる節があるから、熱心に調理に打ち込んで、ものも言わぬ彼女は、俺から見て少し不思議に感じられて…

俺と視線が重なると、ちょっと困ったように笑ったんだ。


その時俺は、彼女のことを、とても可愛いと感じた。

いままで身近に月子という幼馴染がいたけれど、女の子を異性と認識したのは、俺にとって…初めてのことだったように思う。


それからという物、ちょくちょく彼女はメールで質問を送ってきてくれたこともあり、俺も悪い気はしなかったから、毎回丁寧に返事をしていた。

それから程なくして、一緒に美味しいものを食べに行ったり、食材の買出しに行ったりと、個人的に献立や調理の手解きをするようになり、…今では自然と、俺の彼女になっていた。









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