今日は休みだけれど、課題がいくつか出ていたので、犬飼の部屋で2人、机に向かっていた。資料を見ながら簡単に纏めていく。神話は好きだけどレポートは嫌いだ。ふう、と息をついて向かいにいる犬飼に目を向けると、課題を眺めてはいるものの、目もペンも全く動いていない。 「……犬飼?」 「ん、ああ?なんだ?」 離れていた意識を戻して、私に目を向ける犬飼。 「…全然進んでないけどなんかわかんないの?」 「あー…いや、大丈夫だ。」 そう言ってペンを持ち直してから、分厚い本に目を走らす。なんだか違和感を感じながらも、同じく資料に目を移してから、レポートを進める。問題になら答えは出るけど、レポートに答えは無いから写しあうことは出来ない。それでも資料を見せ合うという名目での勉強会。たまに開催されるそれは、友達から恋人へと発展した私達には居心地が良いものだった。そう、私は思っているのだけど。 「……。」 「………。」 会話が無くても平気な間柄。でも、うわのそらなのは頂けない。 「……課題。進んでないけど。」 「、ああ…」 「…なんか考え事?」 課題をやる手は止めずに、向かいにいる犬飼に問い掛ける。んー…、だの、いや…だのと唸ってから、ぽつりと話し始めた。 「……お前ってさー、誰にでもこんなんなわけ?」 「は?」 聞かれた意味がわからなくて、顔を上げたのと同時に気の抜けた返事を返す。目が合うと、なんだか気まずそうに目を伏せられた。 「あー…いや、なんでもないわ。課題やろうぜ」 ペンを走らせ始めた犬飼を眺めながら、先程の言葉を反芻させて、意味を考える。誰にでも? 「……誰にでもって、誰に?」 「いやだから…忘れろって、」 「やだ。こんなんって、課題やるってこと?…犬飼以外教えてくれないし……え、」 課題そっちのけで頭を働かす。疲れた頭は上手く回らなくて。でも、一つだけ可能性を見付けた。犬飼の照れ隠しもわかるようになってきたから、今の犬飼がそうだってこともわかる。 「……部屋に、入る、とか…?」 そう問い掛けると、顔を背けるようにする、その反応で正解だとわかってしまった。だって、耳、赤い。 「……」 「……」 顔を赤くして黙り込む犬飼に、なんだか私まで恥ずかしくなってしまう。 「……別に、犬飼以外の人の部屋なんて入らないし…犬飼、は、彼氏だから、別に……」 「……おお」 なんだか変な空気が流れる。こういうのは慣れてないし、恥ずかしくて駄目だ。二人して沈黙を守っていると、犬飼が少し、ほんの少しほっとしたように口を開いた。 「…そうだよな…いや、俺ら、付き合う前と変わんないだろ?だから…なんだかな。」 「……」 「いや、良いんだ。…課題やんぞ、ほら」 ぺしっ、と軽く額を叩かれる。課題を片付ける犬飼をそのまま見つめていたけど、全く進んでないペンを見て、向かいから犬飼の隣へと移動する。 「え、おい…?」 寄り添う形で座り込んだ私に、犬飼は戸惑った声を上げる。顔を少し下から見上げて言う。 「……キス、してよ」 「な…、」 少し目を泳がせてから、恐る恐る近付いてくる顔に瞼を閉じる。微かに触れてから、すぐに離れて行こうとする唇に、今度は自分から口付ける。驚いたのか身じろぎする体を追いかけて、そのまま口付けを深くしていく。眼鏡が少し当たったけれど、気になんてしない。 「っん、」 「…はっ、」 呼吸が苦しいのか、段々と支える力を失っていく犬飼に少しずつ体重をかけ、身体に乗っかる形になったところで唇を離す。 「なっ…はぁっ、なに、してっ」 顔を真っ赤にさせて、私を見上げている犬飼。その姿に、身体の奥から熱いものが込み上げて来るような気がした。 「付き合ってる実感、ないんでしょ?だったら、実感させてあげるよ」 目を合わせてニッコリと笑ってから、シャツから伸びる細い首筋に舌を這わせると、肩がびくり、と跳ねるのがわかった。にやける頬をそのままに、犬飼と目線を合わせて、言う。 「ねえ、犬飼、」 あなたの初めて、私に下さい。 (…いや、おかしくね?)(気のせい気のせい) - 13 - < prev * back * next > |