まどろむ意識の中、一閃の光が瞬いた気がした。
夕べが遅かったため、まだ瞼が重い…

「ふふっ…可愛い」

キミの嬉しそうな声が聞こえる。
――…あぁ、目が覚める前からキミの声が聞けるなんて……
今すぐキミを抱きしめたい衝動に駆られたが、眠気には勝てず瞼が開かない。そのまま俺は再び意識を手放した。




夢を見た――…ちょうどキミと出逢った時のことを……


俺とキミが初めて逢ったのは病院。―…キミが高三の秋に転入してくる一年前。
俺たちは互いに互いの親友のお見舞いに来ていて、その帰りに前方不注意で運良くか悪くか派手にぶつかった。
そこからだった。年の差は数えて10あったが、意気投合して休日に二人で出掛けるようになった。

知り合って半年程経った時に、琥太郎センセに「直獅も恋をするようになったか。」と言われた時は、驚いた。何より自分自身に。
俺は親友の苦しくて、切ない恋を誰より傍で見てきていたので、恋愛に対して抵抗があった。今思うと臆病になっていただけなんだろうな。

琥太郎センセに言われた後は逆に開き直れた。知り合って十ヵ月で俺たちは付き合い始めた。
それからは今まで以上に頻繁に連絡を取り合うようになり、それなりに充実した日々を送れていた。その、まぁ…キス、はするようになった。―…いまだに照れるが。

―…そんな時だった。爆弾が投下されたのは……

「琥太郎センセー、入るぞー?」

その日は琥太郎センセに理事長室に呼び出されていた俺は、気持ちばかりのノックをして理事長室に入った。
――…………明日は槍が降るのか…?
珍しく綺麗に片付いている理事長室に驚きながら入ると、それ以上に驚く人物が立っていて…固まった。

「どうして、お前が…」

どうにかして紡ぎ出した言葉は文章にはならなかった。
部屋の中にいたのは理事長室の主である琥太郎センセ。それから―…

「ふふっ。直獅さんすごい顔。やっぱり何も言わずに来て正解だったな」

子どもがいたずらに成功したような顔で俺を見つめるキミは、この学園の制服を着ている。琥太郎センセに説明を求めるように視線をやる。俺と彼女が付き合っているのは知っているはずだ。
琥太郎センセは短くため息をつくと、少しだけ説明をくれた。

「家庭の事情、ってやつらしい。今日から天文科3年…つまり、お前のクラスに転入することになったから、残り半年面倒見てやってくれ。」
「そういうことです!」

眩暈がした…別に彼女の笑顔が可愛いからとかではなく、唐突過ぎて。


「ただし…」

琥太郎センセの凛とした声が響く。

「今日からお前らは教師と生徒だ。今までは何の気兼ねなく付き合えていただろうが、そうもいかなくなる。そこは肝に銘じておけよ。」

ゴクリ、と生唾を飲んだ。
―そうだ。教師と生徒になってしまえば世間の目が嫌でもついてくる。今までのようには一緒にいられない。今までのようには…

「…まぁ、あとは二人で話し合うんだな。」

琥太郎センセは俺とすれ違う間際に「10分だけ席外してやるから、それまでにどうにかしてけじめつけろよ。」と耳打ちして理事長室から出て行った。


「直獅さん?」

俺は迷っていた。琥太郎センセは「けじめをつけろ」と。ということは別れろ、ということなのか…?……いや、“どうにかして”…ということは別れなくても…

「直獅さんっ!」
「っ!?」

思考をフル回転させていた俺は彼女の呼びかけに気づいておらず、意識を引き戻されて見てみれば彼女は俺の顔の目の前にいた。――キスができるほどの距離に。

「…っ」

ここは学園。それも理事長室…思わず顔を背けた俺を見て傷ついた顔をした。―あぁ、違う。そんな顔はしてほしくない。
これくらいなら…
そう思って彼女の頭に手を乗せて撫でてやると、最初はふてくされていたが堪えきれずに俺の手に猫のように頭をすり寄せてくる。
――うぅっ…可愛い……

頭を振ってその考えを打ち消す。


「んで、なんで俺に何も言わずにこの学園に転入してきたんだ?」
「それは直獅さんの驚く顔が見たかったから!」
「はぁ……家庭の事情ってのは今度ゆっくり聞くとして、だ」

そこで一回話を区切ると、首をかしげて俺を見上げてくる。
――やっぱり可愛い…はっ!いかんいかん…

「さっき琥太郎センセ…星月理事長が言った通り、この学園の生徒になるなら今まで見たいに付き合うわけにはいかない。それはわかってるのか?」
「うん、わかってる。先生と生徒だもん。それが世間的にまずいのはさすがのあたしでもわかるよ。」
「……」

何となく、言葉に詰まった。「だったら何でわざわざこの学園に転入してきた?」とは聞けない雰囲気だった。

「だから、あたしが卒業するまでの半年、ずっと一緒にいられる代わりに直獅さんと恋人らしいことは何もしないよ。」
「そうか。でもわかったんなら、先生、だろ?」
「む…はーい。直獅先生」
「よし。」

だが、ずっと傍にいられるのに恋人らしいことを何もできない、というのは生殺しに近い。というかぶっちゃけ生殺しだ。
俺はこれが初恋だし、その…もちろん、まだえっちもしたことないわけで。このことは彼女も知っている。付き合い始める前に話していたから。
そんなことを考えていて内心納得できていないことが顔に出たのか彼女が少し――痛い顔をした。
こういうときは自分の単純さを呪いたくなる。良くも悪くもすぐ顔に出てしまう。

「すまん、変な顔した。」
「ううん、直獅先生に迷惑かけてるのはあたしだもん。直獅先生は悪くない、むしろ当たり前だと思う。」

――自分より10も年下の彼女の方がずっと大人だ。なのに自分は…

「ねぇ、直獅さん」

彼女の優しい声が響いた。顔を見れば、優しく微笑んでいた。少し顔が赤い。


「直獅さんはさ、あたしと恋人らしいことできないの寂しい?」

ここで偽っても仕方ないので頷く。コクン

「つらい?」
頷く。コクン
「あたしとエッチしたい?」
頷く。コク………は???

流されて頷きかけて――止まった。この少女は何と言った?
「えっちしたい?」と確かに言った。えーと、その意味は…


「……っ!?」

頭で理解できた瞬間、一気に顔が熱くなった。鏡で確かめるまでもなく、自分の顔が真っ赤なのがわかる。

「な、な、な…!!」

慌てふためく俺に比べ、俺にとって本日二発目となる爆弾を投下した張本人は少し顔を赤くしたまま俺を見つめている。これ以上何も言うつもりはないらしく、黙って俺のことを見つめている。笑顔で。

「お前、その意味わかって言ってるんだよな?」

さっきとは逆で、彼女が黙って頷く。コクン

「俺がYesって言ったら…どうするんだ?」
「答えはYes?」

満面の笑みで俺を見上げてくる。
――ええぃ、ここまで来たらもう知ったことか。腹を括れ、俺。
俺は黙って頷いた。

「だったら、あたしが言うことは1つだけなの。直獅さん…」


「直獅さんの初めて、あたしに下さい。」


―――この子は…自分よりよっぽど大人だ。こんなことを彼女に言わせてしまうなんて…
堪らなくなって小さな彼女の体を抱きしめた。

「な、おしさん…?」
「ごめんな、お前にこんなこと言わせるなんて。俺にも言わせてくれ。お前が卒業する日にお前をもらってもいいか?」
「…っはい!!」

大きな瞳から零れる透明な真珠を唇で受け止めてから彼女に深く口付けた。

「…っん…」

深く、深く―…誓うように。







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