無子と付き合い始めて、どれぐらいが経っただろう。

今日は久しぶりの部屋デートで、ちょっと緊張している。


抱きしめたり、キスしたり…たくさんしているけれど、実はエッチはまだしたことがない。

今までに俺は経験があるわけでもないし、誘い方もわからないから、どうしたものかと、俺は悶々と悩んでいた。

恥ずかしい話、俺も一人の男だから…したいわけで。

無子のことを考えて、妄想したり…なんてことが、何度もあったけれど、彼女のことを大切に思うとどうしても踏み切れずに、今までモヤモヤとした気持ちを抱えたままでいた。


下心を打ち消そうと思った時、俺がすることと言えば、それが料理だった。

今までは幼馴染達が喜ぶから…そんな理由で料理の腕を磨き上げてきた俺だけれど、彼女と付き合い始めてというものの、料理を作るという矛先が、理性を保つためにと変わってきていた。

それが、より料理の腕が磨かれる要因になろうとは、付き合い始めの頃は到底思わず、自分が作りだす料理に、自分自身が面食らうこともしばしばだった。

俺のこんな邪な感情を知らぬ彼女は、俺の作った手料理を喜んで食べてくれる…「美味しい!」って。

だから俺は、調子に乗ってどんどん作ってしまう。今回は特に本格的で、一昨日から仕込みをしていた…それが今、目の前のテーブルに並んでいる結果だ。


もはや、彼女が俺の料理を口に運び、そして喜んでくれて、笑顔になってくれる姿を見ているだけで、実はイッてしまいそうになる…無子の口は小さくて、可愛いから…俺、変な性癖持ってんのかな。

理性を保とうと、黙々と作った自分の料理が、さらに自身の首を絞める結果を引き起こそうとしている事態に、俺はもう限界に達してしまいそうになっていた。


きっと、今日は、大丈夫、今日、こそ…俺は、出来る…。

ポケットに仕舞ってある、真四角の袋を布越しから確認して、焦れる心をなんとか落ち着かせようと、俺は深呼吸をした。


月子は今日、出かけてしまって居ないから、隣の部屋には誰も居ないし、ちょっと声が響いてしまっても…大丈夫だ、問題ない。

それに昨日、月子にロールケーキの端っこをあげたら、えらく喜んで上機嫌だった。

きっと、今頃は宮地君と合流した頃だと思う…

この間、宮地君に「一番良い、甘味所を頼む。」と、お願いされた時はちょっと驚いたけれど、俺も最良の選択をして彼に教えてあげた。そいつはうまい堂、上手く使いこなせよ、宮地君。

デートか……、いいんじゃないかな、宮地君も良くやってくれているしね。

俺は、今頃2人は良い雰囲気になっているんだろうな…なんて想像して、大きなため息をついた。

俺にももう少しだけ、勇気さえあれば…俺は初めて感じる、自身の不器用さに苛立ち、不快感を覚え始めていた。




「錫也先輩?」

その声に俺はハッとした。

俺は苦し紛れに、「…それに、お前をデザートで食べるから。」と呟くと、彼女は「えっ!?」と、素っ頓狂な声を発して飛び上がったと思ったら、次には顔と耳まで真っ赤にして、俯いて大人しくなってしまった。

「はは、冗談だよ。」と言って、俺は乾いた笑いを漏らす。

そっか、駄目か。無子の反応を伺うようなことをして、彼女をからかって、俺はなんてずるくてせこいんだろうと、自己嫌悪に陥る。


「あの、あのあの…このワイン煮なんですけど…っ」

彼女はどうにか話題を反らそうと、もじもじとしながら質問をしてきた。それは、ワイン煮の隠し味について。

「ローリエは勿論入れるけど、」

俺が語り始めると、彼女は瞳をキラキラと輝かせて興味津々な表情に変わり、「ふんふん。」と相槌を打つ。

俺は続けて、「煮詰めた後に、小さじ一杯の醤油で味を調えているんだ。」と。彼女は「意外ですね!」と、小さく切ったお肉を、パクリとまた一口。

そして笑みを零す…無子があまりにも可愛く笑うから、俺もつい嬉しくなってしまう反面、言葉や反応だけじゃ物足りない、それ以上を求めてしまいたくなる…。

彼女の今日の服は普段よりも、胸元が肌蹴ているもので、白い首筋、鎖骨、肩にかけて露出している真っ白なセーター。そこに彼女のふわふわとした長い髪がしなやかに流れていて、いつにも増して可愛らしく映った。

見えそうで見えない胸元に、俺の視線は釘付けになる…いけない、目を反らさないと。


「今回のメインは言わずもがな、ワイン煮だけど…こっちの…」

俺は説明しようと、マリネを指差した時、その指に彼女の手が重なる。

無子は俺の手をとり、中指の赤い痕を、優しい手つきで撫でると、「…先輩、怪我でもしたんですか?」と心配そうに、うるうるとした瞳で俺を見上げてきた。

「ちょっと余所見してたら、火傷しちゃっただけ。大したことないよ。」

やはり、完全に邪念を振り切ることができない時もある…ジャガイモを茹でていた時、ちょっと手元が狂って軽く火傷をしてしまったところだった。

「だから心配しないで。」と念を押す俺に、彼女は「ふうん…珍しいこともあるもんですね。」と、考え込んでいる様子だ。


「……錫也先輩、やっぱり今日なんだか変です…。」

俺のことを真っ直ぐに見つめて、彼女は身を乗り出すと微かにそう言葉にする。

少し切なげな目元、柔らかな頬をくすぐる毛先、グロスで艶めく薄桃色のぽってりとした唇。

そのまま視線を降ろしていくと、豊かな胸の谷間がチラつく。



そう、

理性はどこかへ吹っ飛んだ。








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