短編 | ナノ



「ここ空いてますけど、いかが?」
「…………どうも」

昼飯の為に行き付けのカフェに寄ったら何故か何時もより混んでいてなかなか席が見つからなかった。
席を探している途中、気になる奴だがあまり会いたくない顔見知りを見つけてしまったからスルーしていたのにそれを知ってかこの女はわざとらしくそう言ってきたのだ。
たっぷり間を開けて向かいの席に着くと、女は俺を見てにっこり微笑む。

「酷いじゃない、私がいたの知ってた癖に」
「だからあえてスルーしてたんだよ」
「何よ傷付くわねー」
「大して傷付いてないだろ…」

呆れ顔でそう返して、俺は頼んだホットサンドを頬張った。女といえば、食べ掛けのランチセットが乗っているトレイを横に寄せて何かを一心不乱に紙に書きつけている。

「…なに書いてんだ?」
「新曲の歌詞よ」
「ふーん…」

言われてみればこの女は歌手だったっけと彼女が今朝のニュースで取り上げられていたことを思い出した。
歌唱力の高さ諸々からファン急増とか何とか言っていたから、そいつらからしてみたら今の俺は凄く美味しい立場なのだろう。特に興味はないが…。

「……あーっ、やっぱり駄目だわ」
「何が」
「どうしても最後の言葉が思い付かないのよ…さっきからずっとやってるんだけど。ねぇテレス、4文字の言葉って何かない?」
「俺に聞くなよ、俺はジャパニーズじゃないぞ」
「歌にそんなの関係ない」

いいから早く、とでも言いたげな瞳で女は俺を見ている。ニュースで報じていた彼女とは全くの別人を相手にしている気分だ。

「…お前、カメラの前だと猫被ってるだろ」
「あらよく分かったわね、多少はそういうことしないと売れないの。ていうか脱線し過ぎよ!」
「あーあー、分かったから騒ぐなよ。何だっけ、4文字?」
「そうよ」
「ていうかお前頼んでる立場なのに偉そうだな…えーっと…」

俺は思い付く4文字の言葉を挙げていくが、どれも女にはピンとこないようだ。次第に俺もだんだんイライラしてきた。

「あーっもう面倒くせェな!」
「ちょっと投げ出さないでよ!」
「もうこれでいいだろ!」

やけくそになった俺はトレイに敷いてあった広告の一行を指差す。そこには4文字の日本語が書いてあった。
『しあわせ』と。

「……結局日本語じゃない」
「元々日本語なんだから問題ないだろ…」
「…まぁいっか、ありがとうテレス。助かったわ」
「別に」
「お礼に後で何か奢るわ。何がいい?ステーキ?」
「いや、いい。代わりに今度の試合に来て欲しい」


しあわせも語呂合わせ


何故そんなことを言ってしまったのかは分からない。
断るかと思いきや、女はにっこり笑って「必ず行くわ」と言った。何故だか、その一言がとても嬉しく思えた。


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『おいしそう』様へ提出。素敵な企画をありがとうございました!

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