ワンピ短編 | ナノ


※捏造設定あり

それでも海は、穏やかだった。
情け容赦ない攻撃に曝されたその島が、島としての存在意義をほぼ喪失したとしても。その島が強固な存在意義を得るまでにどれほどの時間と犠牲を費やしたのかは分からない。分からないが、結局また同じことを繰り返しているのかもしれないということは分かる。膨大な時間と犠牲を費やしては復旧させ、攻撃されれば抵抗しそしてまた……。
潮風に、液状化現象によって吹き出た砂が運ばれていく。あの歴史に残る大戦が終結してから幾日が経ち、少しずつ復旧の兆しが見えてきているとは言ったものの、この埃っぽさはまだ消えない。
「──戦桃丸隊長!」
「……何だ」
利き腕を包帯で吊った部下が駆けてきた。自分以外の科学部隊隊員は特に表立って大戦に参加したわけではないのだが、本部に留まった以上やはり負傷と無関係ではいられなかったらしい。
「パシフィスタ出動に関する報告書を早く提出しろ、と……」
「いちいち言われなくても今やってるとパンク野郎に言っとけ」
「はい……それと、例の少将の件ですが……今朝退院し仮宿舎に入居したそうです」
「……分かった」
例の少将。その奥に隠された名前は、自分の中で今一番の不安要素だった。
彼女をここへ呼ぶように部下に言うと彼は頷き踵を返し粉塵の中へと消えていく。
ふと足元を見ると、誰のそれかも分からぬ血痕が石畳にべっとりと付着していた。大理石を連想させる白い石畳に、真っ赤なそれは強烈な存在感を残している。

□■□■□

「仮にもトリアージで黄色判定受けた人間呼び出しますか、普通?」
「退院して仮宿舎に入る元気と体力があるなら問題ないだろ」
「……まあそうなんですけど、こんな時ぐらい丁寧に扱って下さいよ」
「車椅子押すぐらいならしてやるよ」
「嫌ですよシュールすぎる」
最後に会ってからあまり時間は経過していないのに、久々に会ったような気がするのは彼女が心なしか痩せたように見えるからだろうか。僅かに緑がかった金髪はくすみ、乱れている。
サイズの大きなシャツの下から覗くショートパンツを履いているその足にはいつものニーハイソックスの代わりだとでも言うように白い包帯が幾重にも巻かれていた。まだ完璧に歩くことはままならないらしく、足元はふらついている。
「何でこんな早くに退院したんだ」
「病院っていうか、医療施設って嫌いなんですよね…だから頑張って治して退院しちゃった」
「……馬鹿が。これ以上身体に負担かけてどうすんだ」
「んー、数年前の私なら迷わず治るまで入院してましたけど今は違いますからねえ」
あははと笑ったその瞳には見覚えのある陰が射していた。それが改めて、彼女の受けた痛みを現実のものとして認識させる。
彼女はまた、大切な人を喪ったのだと。
「──赤髪は、ちゃんと弔ってくれたんですかね」
「……遺体を丁寧に船まで運ぶところまでは見た」
「……そうですか」
「あれだけの海賊団を率いた男と、その仲間だ……立派な墓が建てられるかもしれねェが、わいらが場所を知ることはねェだろうな」
何かしらの情を感じることはあっても、所詮彼らは海賊で、自分たちは海兵だ。
俯いた彼女を横目で見る。
敵とはいえ、大好きだった人間を喪い、この廃墟を前に彼女は何を思い何を考えているのだろうか。過去、現在、それとも未来?
「──辞めるなよ」
「え……?」
「辞めて奴らの墓守りになるなんて言い出したら殴るからな」
「……やだなあ辞めるわけないじゃないですかあ。海兵辞めたらホームレス一直線だし、それにまだ色々残ってるし。……まあ今だけは強がりくらい言わせて下さいよ」
明日からまた頑張りますから。
最後の呟きは、穏やかな海に消えていった。


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『こめかみに弾丸』様へ提出。素敵な企画をありがとうございました!

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