気がつけば、私はいつの間にか屋上にいた。さっきまでがむしゃらに走ってたから、全然気がつかなかったけど。
それに、今回は謙也も追いかけてきてないみたい。良かった、またこんな顔見られたら恥ずかしいもんね。



「……風、気持ちいい」


ふらふらと屋上の端へと向かうと、そのままフェンスへともたれかかる。そうしてフェンス越しに感じる風は、すっかり秋の色をしていた。
ひんやり冷えた空気が、今はなんだか心地良い。



「……酷いことしたかな」


皆はせっかく私を誘ってくれたのにな。それに皆だってたくさん練習もしてきたはず。それなのに、私の歌一つでバンドがめちゃくちゃになるって考えたら、そりゃ怒るよね。少し冷静になって考えれば分かることなのに、すぐ頭に血がのぼっちゃって。
本当、全然成長してないな私。



「……はぁ、」


私は溜め息混じりに視線を外へと移した。そうして屋上から見える景色はとても綺麗で。人や家、様々なものがちっぽけに見えてくる。


私は心の何処かで、自分は他人とは違う、なんでも出来ると勘違いしてたのかもしれない。

……馬鹿だな、私だってただの人間なのに。この世界で生きている、大多数の中の一人に過ぎないのに。





「……早く戻って練習しなきゃ」


そうだ、こんなこと考える暇があったら早く戻って練習しなくちゃいけない。
ただでさえ迷惑かけてるのに、これ以上迷惑かけられないよ。

そう思って、ふと振り返ったら。









「……あっ、」







――謙也。

追いかけてきてくれたんだ……。





「……あ、えと。俺、」


「……」


「……その、「……なぁ、忍足」



謙也の言葉を遮って、私は続ける。



「……すまんかったな。突然飛び出したりして。今すぐ練習に戻るさかい、堪忍しといてや」


言って、私は出来る限りの笑顔を浮かべた。上手く笑えてたかは自信ないけど、これ以上世話もかけたくなかったから。


でも。






「……この、ドアホっ!!」


「……っ!?」



罵声と共に突如頬を襲った衝撃に、一瞬私の思考が停止する。



……もしかして、今殴られた?





「いい加減にしろや、白石!」


「……え、あっ」



いきなり過ぎる展開に正直ついていけない。ていうか、なんで私今殴られたんだろ。ちゃんと謝ったのにな。もしかして、まだ私に足りないものがあるのだろうか?



「なぁ、白石」


「なん……?」


まだ何か言うつもりなのかと謙也の方を見てみれば。



「……俺を殴れや」


「……はっ?」





いやちょっとまて落ち着け。どうしてこうなった。
突然殴りかかってきたかと思えば次は殴れときたか。

一体どういうことなんだよこれ。




「……はよ殴れや!」


「………っ!」


何故か急かされたので、とりあえず一発ひっぱたいておいた。流石に殴るのには抵抗があるし。
それでも、めちゃくちゃ良い破裂音と共に謙也の頬が赤く染まった。

……あー、痛そう。





「……すまんな白石。俺、またお前のこと追い詰めてしもうとったみたいや。悪いのは俺の方。せやから、お前は謝んでええんや」


「……忍足」


だから謙也は怒ってたのか。確かにいつも謙也には、なんでもかんでも自分のせいにすんなや!って怒られてるっけ。


「俺な、なんや勘違いしとってん」


「えっ?」


「バンドを成功させたいっちゅー気持ちが強うて、もっと大切なものを見失うとったみたいや」


「……大切なこと?」


「おん。

……バンドは皆で楽しまなあかんちゅーことをな!」



そう言って、謙也はニカッと笑う。
……それじゃあ、私はもう一度あの場所に戻っても良いのだろうか?



「戻って来ぃや、白石。みんなでバンドを楽しむんや!」


「……おん!」



そっと差し伸べられた手を握り返して、私は大きく頷く。
先程まで私の心の中に渦巻いていた陰鬱な感情は、とっくに消え去っていた。


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