「──なんや。もう終わってもうてんな?」


ゆったりとした声音が背に降り注ぎ、同時にそちらへと引き寄せられる体。
大した抵抗もなく傾いた体は、逞しい男の胸へと倒れ込んだ。
フワリと揺れた黒髪が、甘やかな軌跡を残して沈む。


「……アンタに構ってやるほど俺、暇じゃないの。離してくんない?侑士様」


抱き寄せる男の腕の中、甘く艶やかなアルトヴォイス。
ピチャリと、二人の足元から水音。


「そないな事言わんと。体、火照ってんねやろ?」


いやらしい手つきで腰が撫で上げられ、胸の合間を辿る。
不快に寄せられた少女の柳眉が、男の手を叩き落とした。


「アンタに慰めて貰う必要ないんで。ご心配なく」

「相変わらず釣れんねやなぁ?姫さんは」


クツクツと笑う男を睥睨し、少女がクルリと踵を返した。
闇を塗り込めたように艶やかな黒髪がそれに従い、反するように鮮やかな白いワンピースが翻った。
コツリと踏み出した足が、再び粘着質な水音を上げた。
途端、前方から物音。
ほんの微かな物だったが、少女の瞳がソチラへと流れる。
そして、白魚の如き指先が伸ばされ。


──キュンッ!


「ひギュっ!」


先と同じ音が突き抜けたかと思えば、次いだ断末魔。
少女が再び指先を揺らめかせれば、月光を弾く硬弦が円を描いた。


「……mission complete」


静かな声音とともに少女の足が扉を潜る。
残るは無惨に四肢を引き裂かれ、絶命した数十の──死体だけ。


「流石姫さんやなぁ。惚れそうやわ」


男の揶揄じみた声に応える事もなく。
重い音とともに扉が閉じた。






◆◇◆◇







「──遅かったな」


少女──リョーマの帰還を出迎えたのは、硬質な美声。
表情一つ変える事なく、リョーマはただその男の膝元に傅いた。


「……そう思うなら、侑士様をどうにかしてください。毎回邪魔しかしてくれませんので」

「知った事か」


弁解は嘲笑に一蹴され、リョーマの唇からは溜息。
組まれた男の爪先に視線を落とし、頭を垂れる。
サラリと視界の端で髪が流れ落ちた。


「任務の遂行、ここにご報告致します。会合に参じた者達、総勢三十八名。及び同施設内の者達十六名を抹殺致しました」


淀みない言葉は、まるで朗読のよう。
愛らしくも淫靡な少女の唇から発されるには、余りにも異質な言葉たち。
男はただ興味の欠片すら抱かぬように一笑を閃かせただけ。
傅くリョーマの顎へと指を伸ばし、その顔を仰のかせる。
間近に見上げた主の顔に、ピクリとリョーマの体が震えた。


「御託はどうでもいい」


重厚な美声。
思考すら埋没させてしまう程のそれは、まるで暗示のよう。
フルリと震えたリョーマの瞼が、長い睫毛の影を頬に落とした。


「──この身、この(みたま)、朽ちるまで……我が主の御心赴くままに」


男の指先に手を這わせ、それへと唇を寄せる。
詰まらなそうにそれを見下ろす男が、艶やかな黒髪を掴み引きずり上げる。
乱暴に扱われた髪が頭皮に痛みを走らせ、リョーマの顔が苦痛に歪んだ。
引かれた髪は解放される事なく。
無理矢理捩込まれる唇。


「ンっ」


呼吸すら許されない口づけは陶酔感よりも苦痛。
ピチャリと舌を絡め取られ、歯列をなぞられ、噛まれる。
咥内を蹂躙する異物をしかし、拒否する術をリョーマは知らない。
ただ為されるがまま行為を甘受するしかない。
そう例え、不当な暴力を受けようと。
例え、望まぬ凌辱を受けようと。


「はッ……ん……」


漸く解放された唇。
同時に不足した酸素を取り込もうと忙しなく肩を揺らす。
涙すら浮かべた瞳を開けば、冷たい双眸が目の前にあった。
今日の彼の機嫌は、最悪のようだ。


「く……──」


何事かを発しようとしたリョーマの喉はそれ以上を許されず。
床へと突っ伏した。
否、正確には違う。
這いつくばるような体制を、強要された。
目の前の男の、無遠慮な手によって。


「っ……」


その体制が示すもの。
それは、リョーマに腹を立てたわけでも、ましてや顔を見たくなくなったわけでもない。
言葉などなくとも、理解出来る。
否、させられた。
過去の経験と、彼自身の教育によって。


「…………」


無言のまま、リョーマの手が伸びる。
主たる男の、ベルトへ。
彼の機嫌を損ねないよう迅速に、けれど丁寧に。
そして、露出させた男根。
勃起せずとも赤黒く、そして形を保つそれはまさに凶器のよう。
眼前に曝させたソレを前に、リョーマが一度男を見上げる。
しかし、男は変わらずただ見下ろしてくるだけ。
キュッと唇を引き結んだリョーマが紅く熟れたソレを薄く開いた瞬間。


「んンッ!」


後頭部を強引に押され、無理矢理に咥内へとソレが突き入れられた。
苦しさに呻いたリョーマが顔を歪めれば、嘲りも露わな嘲笑が降り注いだ。


「早くしろ。貴様にはそれ以外能がないだろう。売女が」


冷たい声音に微塵の偽りなく。
心の底からそう発している事は誰であろうと理解出来よう。
苦しげに眉を寄せたリョーマとて同じ。
けれど、リョーマが返した反応と言えば、突き入れられた性器へと自ら舌を絡ませ始めただけ。
形を確かめるようになぞり、裏筋へと舌を添えて顔を前後に揺らす。
含み切れない根本は手で以て扱き上げ、余す事なく刺激する。


「ん……ふ……ンんッ」


咥え込む唇を離せば、勃ち上がった性器の先端へと尖らせた舌先を這わせ、溢れ出た精液を舐めとる。
そのままカリごと口に含んで亀頭全体を舌で撫で、裏筋を根本から先端へと指先でなぞり上げればビクリと男根が震え、その体積を増した。


「……淫乱にも程があるな」


ククッと笑い声が頭上に落ち、リョーマの瞳から生理的な涙が一筋伝い落ちた。
同時に、再び頭に男の手が添えられ。


「ンッ!」


喉奥へと容赦など微塵もなく突き入れられた。
苦しみと異物を拒絶する喉の収縮に呻いたリョーマに目を細め、男の手が黒髪を掴む。
瞬間、一気に咥内から引きずり出された異物。
ホッと安堵の息を吐く間もなく。


「っ!」


リョーマの顔へと、生暖かい液体がぶち撒けられた。
息を詰めたリョーマのその頬を、ドロリと流れ落ちる生臭いソレ。
うっすらと開いた視界の中、ポタリと垂れた一筋が糸を引きながら掌に白い滴を落とした。


「貴様は誰の物だ」


呆然と掌の液体を見下ろすリョーマを、促す声。
ゆるゆると視線を上げれば、横暴なまでな絶対君主。
瞬きを一つ、酷く緩慢に。
掌の白い惰性を唇へと舐め取れば、苦い味がした。
そして、再び男の下半身へと身を屈める。
露出されたままの男根へと、柔らかなキスを落とし。
瞳を閉じる。


「──国光様の……人形(ドール)です」


呟きは、小さく。
しかし、男──手塚は満足げに口角を上げる。
そのまま身を伸ばし、膝の上へと跨がったリョーマ見上げ、侮蔑も露わにその瞳が細められた。


「そうだ。淫売な、玩具だ」

「……はい」


そして、ゆっくりとリョーマの腰が下ろされ。
甘やかな悲鳴が響き渡った。






◆◇◆◇







貴方が望む事。
貴方が命ずる物。
それが俺の存在理由。
救いなど、訪れない。
必要もない。
ただ、絶望という名のこの世界、その最下層でたゆたうだけ。
これ以上堕ちる事のない安堵の中、俺は微睡む。
求める物は永遠。
不要は希望。
裏切るくらいなら、俺をクズと罵っていて。




見上げた空から差し延べられる手は、すぐソコまで。
セリアンブルーの瞳が俺を見付けるまで、後三日。






END


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