こんな晴れた日には貴方に逢いたくなる。
だから外に出よう。
小さな鞄を持って、少し慌ただしく小走りになって。
そして少しのお洒落をして。






◆◇◆◇







インターフォンが鳴ったのは、昼を少し過ぎた頃。
階下からの玄関に向かう母の声と気配を聞きながら、手塚の指がパラリとページを一枚めくった。
最近購入したばかりの洋書。
去年イギリスで流行した推理小説らしく、日本に流通し始めたのはつい先日。
向こうではドラマ化までされた作品らしく、中々の話題性があった。
それに釣られて購入してみれば、成る程確かに話題になるだけの内容だ。
世界観とでも言うべきか、雰囲気の描写が秀逸で、更には手掛かりに関する描写も面白い。
アルファベットの羅列を視線でなぞり、パラリともう一枚をめくった頃。
トントンと鳴らされるドア。


「はい」

「国光。お客様よ」


ノックに応えれば、来客を知らせる旨。
今日誰かが尋ねてくる予定はない筈だ。
怪訝に首を傾げ、柳眉を寄せた直後。
カチャリと鳴った音とともにドアが開かれ、予想外の人物が入り込んできた。













「こんなもん読んでんだ。アンタって休みの日まで頭固いんだね」


先まで手塚が読んでいた本を片手にパラパラと紙を捲っていく。
漢字よりは得意であろうアルファベットの羅列を暫く眺めてはいたようだが、飽きたのか数秒後にはベッドの上へと放り投げられた。


「他人の物はもう少し丁重に扱え」

「だって興味ないもん」


そんな事を言っているんじゃない。
思わず舌打ちを零した手塚にリョーマはさも興味なさげにベッドへとダイブ。


「だって俺、アメリカ英語だから。イギリスのご丁寧な英語、あんま馴染みないし」


基本的にアメリカ英語とイギリス英語では響きが異なる。
極端に言ってしまえば、砕けた日常会話と敬語だ。
アメリカ育ちのリョーマからしてイギリスの言い回しは馴染みがないのは納得出来る。
日本国内で言えば標準語と方言のような物なのだから、至極同意出来る意見ではある。
しかし、だ。
それで他人の所有物をぞんざいに扱う理由になるものか。
眉間に皺を寄せて睨め付けてくる手塚に、リョーマは楽しげに口角を上げる。
この手塚、実は存外に沸点が低い。
プライドが高いというか何と言うか。
他人にとって望まれた自分を期待通りに完璧に演じて見せる彼は、周りから見れば絵に書いたような優等生。
しかし実際は俺様で自分勝手だ。
そんな男の本性を知っており、尚且つそれを左右する事が出来るのは、現在の所越前リョーマただ一人。
ある意味で悪魔と小悪魔な関係と言える。


「ねぇ。それよりさ」


溜息とともにベランダに出た手塚の背に、身を起こしたリョーマがへばり付く。
親に見付からないよう、細心の注意の元に隠されていた煙草を口に咥えた手塚が、欝陶しいとばかりに背の荷物を睨む。
それを目を細めた微笑みで一蹴し、煙を上らせ始めた煙草を細い指先で取り上げた。


「……なんだ」

「デートしよ」


煙を上げるソレを一口吸い、苦みと独特の臭みを手塚の耳元に吹きかける。
勿論、肺にまでは吸い込まない。
ふかしただけ。
甘さは微塵もないけれど代わりに甘えを含んだ提案を投げかければ、呆れたような溜息が降ってきた。


「何?嫌だって?それとも面倒臭い?折角わざわざデート用にめかし込んで来てあげたのに?」

「……誰もめかし込めと命令した覚えはない」

「当たり前じゃん。命令されたらしないし。俺、人に命令されんの嫌い」

「知っている」


新たな煙草を口に咥えた手塚が、リョーマの手の中の煙草から火を移す。
吐き出された煙は、フワフワと形を崩しながら霧散した。


「じゃ、決定。吸い終わったら行こ」

「巫山戯るな。なぜお前のために動かなければならん。俺は今日動く気はない」

「年寄り臭い事言わないの。若者は動いてナンボでしょ」

「誰が年寄りだ。発育不全のガキが」

「あっ。ムカチーン。その発育不全のガキにいつも欲情して突っ込みまくってるオヤジは誰だよ。老け顔」


バチッと互いの視線の中央に火花が散った。
互いに五十歩百歩な言い合いである事には微塵も気付いた様子もなく。
フンッと視線を逸らした。


「あーぁ。じゃあいい。跡部さんか忍足さんでも誘ってデートしてくる」

「勝手にしろ。俺にもお前以外の女など五万といる」

「ウザッ!アンタホントにウザッ!」

「言ってろ」

「ここは止めるトコでしょ。浮気するなーとか!」

「いちいち止めるのは面倒だ。したきゃしろ。どうせお前は俺以外の男など無理だからな」

「ッ!」


ポンポンと飛び交う口論の終止符は手塚から。
グッと言葉に詰まったリョーマは、この瞬間に敗北が決定だ。
悔しげに目を吊り上げるリョーマが、持っていた煙草を些か乱雑に携帯灰皿の中に押し込んだ。


「どうせ!」


手塚以外無理な事など、解りきっている。
腹立ち紛れに他の男の名を上げてみただけで、実行に移すことなど不可能。
それが事実なだけに悔しさも一入だ。
勝ち誇ったように口角を上げて溜飲を下げる手塚をギッと睨み付け、プイとリョーマの顔が明後日に。


「だがまぁ、折角来たんだ。ゆっくりしていけ」

「は?──ってちょっ!」


逸らされた視線をいいことに、手塚の手がリョーマへと伸びて。
普段は履かない柔らかな白いスカートから覗く足を、ゆっくりとなぞった。
突然の感覚にビクリと身を引いた小柄な体を引き寄せ、耳朶にキスを一つ。


「ベッドの上でのデートなら幾らでもしてやる」

「ッ……オヤジ!」


露骨な手塚の囁きに、苦し紛れの悪態が飛び出してくるが。
瞬きの間にそれは遮断され。
赤く熟れた唇は薄く整った同種に塞がれた。






◆◇◆◇







何もしなくていい。
ただ逢いたくなる。
貴方の隣を歩くのも、貴方の隣で眠るのも。
どちらも好きだから。
貴方に逢いたくなる日には、素直に家を出る。
そして貴方の元へ。



……でも、やっぱり少しは手加減してよ?
立てなくなったら一緒に歩けないんだから。
まぁ、貴方が抱えてくれるなら話は別なんだけど、ね?






END


1/1
prev novel top next
template by crocus
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -