白い帽子が、人混みを縫って行く。
人が集まる駅という場所に、それは明らかに小さく、ともすれば埋もれてしまいそうだ。
片手に持った赤い缶は、世界でもお馴染みの物。
ここ、アメリカの一角でソレを片手にホームに向かうその姿は特に珍しさもなく。
誰も目に留める事なく、人々は流れて行く。
白い帽子に黒いジャケット、青いハーフパンツ。
少年らしい出で立ちのソレは、体型に似合わぬ大きな赤い鞄を背負い、クイとジュースを一口呷った。


「……ん?──やばっ!」


ジュースを呷った折に視界の端を掠めた時計の文字盤。
慌てたように缶をクズ籠に投げ入れ、走り出す。
目指すホームは目の前。
しかし。


「………!」


ホームに降りる階段に到着した時には、既に車掌がホイッスルに手を掛ける直前。
このまま走っても間に合わない。


「…………shit!(にゃろう!)」


舌打ちとともに、鞄からラケットを一本。
そして、ボールを一つ車掌の元へと打ち放った。
ボールは車掌の足元に叩き付けられ、回転のかかったそれは見事に車掌の手の中──ホイッスルを弾き飛ばす。
困惑したように辺りを見渡す車掌の傍らを、一気に走り抜ける。
だが、目の前のドアは既に閉まり始めている。
またも間に合わない。


「……………」


無言のまま少年がラケットを放り投げる。
ソレは狙い澄ましたように閉じかけたドアに挟まり、人一人分の空間を維持して止まった。
そして。


──ザシャッ!


飛ぶように電車内に飛び込んだ人影。
着地際にラケットを指に引っ掛け、片手を床に付けて電車の中へ。
唖然と目を剥く乗客たちの中、少年の頭上からフワリと帽子が風に流れた。


「あ…………」


短い声とともに帽子はドアを潜ってホームへ。
そして、ドアが閉まった。
露わになったその容貌は幼く、まだ十代前半。
そして、何より乗客たちの目を引いたのは。
帽子が離れ、フワリと緩やかに、優美に風に揺れた漆黒。
それは背の半ば程まで伸ばされた、艶やかな漆黒の髪。
そして。


「…………」


恨めしげに遠くなるホームを睨む、その容貌。
それは少年の物ではなく──愛らしいまでの少女のソレだった。
 

「……?」


無言のまま注がれる乗客たちの視線に気付いたのか、少女が不思議そうに首を傾げる。
と、同時に。


「WOOOOOOW!!」

「Oh my God!」

「Whoa!Amazing!!(素晴らしい!!)」

「Holy crap!!(凄ぇーな!!)」


口々に叫びと称賛を上げる乗客たち。
群がるソレらの中で、少女が小さく嘆息した。


「いちいち騒ぎすぎなんだよ……」


帽子を失い、流れるままの黒髪を欝陶しげに払い退ける。
騒ぎの中心から逃れようとクルリと踵を返し、車内の隅へと。


「Hey!ya drop something, Miracle Girl?(ヘイ!ミラクルガール。何か落としたぜ?)」


若い男の声に、少女が振り返る。
足元には、一通のエアメール。


「Ah,thanks…(どもっ…)」


クシャリと拾い上げ、その宛名を見下ろす。
そして。


「日本か……」


窓から覗く蒼天を見上げ、愛らしい唇に笑みを浮かべる。
少女の手に握られたエアメール。
そこから覗く名は──To. Ryoma Echizen.






舞台は再び日本へ────






END


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