フワリと翻る布。
そこから覗く鮮やかな白。
誰もが目を奪われる、幼くも艶やかな徒花。






◆◇◆◇







喧騒溢れる街中。
赤や緑、白などの色合いが数多踊り、軽やかな鈴の音がどこからか聞こえてくる。
通常の倍近くの人間が犇めく道を走り、右手の腕時計を見下ろすのは、鋭利にして硬質な美貌を有する男──手塚国光。
黒のハイネックに緑のロングコートにジーンズ。
そう特別さも感じない、むしろ何処にでもいる出で立ちなのだが、彼が身に付ければたちまちファッショナブルに見違えてしまうのだから不思議だ。
見下ろした時計が指すのは、七時三分。
カチカチと一定のリズムで進む秒針に、苛立ち紛れに舌打ち。
待ち合わせは、七時。
今まで、待たされる事はあれど待たせた事はなかった。
なのに何故、今日に限って。


「……跡部、忍足、不二、幸村、仁王、柳生……覚えていろ」


ギリッと奥歯を噛む。
吐く息は白く、手塚の頬を掠めては瞬きの間もなく消えて行く。
そもそもこんなに全力疾走しなければならないのは先に上げた六人の仕業であって、手塚に非はないのだ。
跡部は財力に物を言わせて怪しげなパーティとやらに手塚を引き込もうと画策し。
更にはそれに便乗しては口八丁手八丁で手塚を引き込もうとしてきた忍足。
仁王と柳生は二人そろってペテンを仕掛け、待ち合わせ場所を変更してくれとリョーマの声で電話までしてきた。
更には不二と幸村。
奴ら二人のお陰で金縛りなるものを生まれて初めて体験してしまった。
どうにか六人の手から逃れた頃には、既に十五分前。
舌打ちとともに走り出し、今に至る。
数人の肩にぶつかり、小さく謝罪を述べながら。
直線上の前方には、見事な巨大ツリー。
後、少し。













「遅いよブチョー。凍えるかと思ったじゃん」


漸く到着したツリーの根本。
肩で息をする手塚を膨れ面で見上げる恋人の姿に、唖然。


「部長?どしたの?」


目を見開いたまま微動だにしない手塚に、コテンと首を傾げる仕種。
可愛い。
それは確かに可愛い。
しかし。
手塚に反応らしい反応は見られない。
否、出来ない。
寒さに頬や耳を赤く染めるリョーマは、全体的にも赤い。
フワフワの赤い帽子。
赤い服。
赤いブーツ。
帽子は先端に白い綿毛が付いており、端にも白いファー。
服も同じで襟や裾に白いファーがあしらわれ、ジャケットのボタン部分も白い綿毛によって作られている。
服部分ではファーの下には白のレースが覗いており、愛らしい。
所謂、サンタルック。
しかも常は自分は男だと豪語して止まず、履く物と言えばハーフパンツかズボンのみの恋人──越前リョーマが。
サンタルックは確かにサンタルックだ。
しかし、スカートだ。
膝上十五センチ強の。
裾部分にも、勿論ファーが揺れている。
そしてブーツは布製の物だが細く脚線を描いた膝下までのロングであり、赤い布地の端にはやはり白い綿毛が揺れ、白いボンボンが二つ垂れている。
可愛い。
否、むしろ犯罪級だ。


「ぶちょ?ブチョー?手塚せんぱーい?国光ー?」


いつまでも再生しない手塚を不満に思ってか案じてか。
リョーマの手がヒラヒラと顔の前を行き交う。
ムゥッと尖らせた唇が、可愛い。
クラリと揺らぎかけた思考を噛み殺すだけで精一杯だ。


「部長?寒くて寝ぼけてます?」

「……お前と一緒にするな」


漸く搾り出せた声は、リョーマに対する否定のみ。
言いたい事はそこじゃないのに。
数度頭を振り、眉間に指を押し当てる。
手塚国光は今、今だ過去にかつてない程の動揺を味わっている。
それこそ思考が定まらない程の動揺を、だ。
リョーマが可愛い事は解っていた。
しかし、女らしい格好をついぞした事のなかったリョーマだけに、この姿は衝撃が大きすぎる。
どんなに大人びて見えても所詮は中学生。
やはり恋愛に対する免疫は低いのだ。


「……リョーマ」

「ん?」


呼び掛けにコトリと傾く首。
身長差ゆえの上目使い。
しかもよく見てみれば桜色の唇には柔らかなグロスが艶めいていて。
さて、どうしてくれよう。


「なに?」


再びフリーズした手塚の袖を引き、続きを促す。
格好のせいもあるのだろうか。
いつもより仕種が幼く見える。
内心頭を抱えた手塚が、本気で抑制の箍が外れないだろうかと心配になったのも無理からぬ事だろう。


「……その服は……どうしたんだ」

「え?あぁ……コレ?」


リョーマの指先がスカートの裾を摘む。
フワリとしたファーの合間に覗く脚線美。
──沸騰しそうだと、思った。


「菜々子さんがくれたんだ。クリスマスプレゼントだって。あ、誕生日プレゼントはコート貰ったんだ。カルピンの毛と似てるフワフワしたやつ。お揃いになるようにって」


嬉しそうに話すリョーマによからぬ気分になりかけてしまうのは、恋人の欲目などではない筈だ。
しかし、取り敢えずの所は堪えるしかないだろう。
こんな往来のただ中でコトに及ぶ程酔狂でもアンモラルでもない。
帽子の下に覗く前髪に指を絡めて額に唇を寄せる。
今はこれくらいで抑えておくが利口だ。


「行くぞ。プレゼントを選ぶんだろう」


擽ったそうに目を細めたリョーマの頬を撫でて、小さな手を引く。
数日前からプレゼントに頭を悩ませていた手塚だが、生憎特別な誰かにプレゼントをした経験はない。
よってプレゼント足り得る物のレパートリーは限りなく狭かった。
そこで急遽、リョーマ自身に選んで貰う事とした。
これならば妙な物を買う心配もないし、何よりリョーマとも一緒にいられる。
一石二鳥だ。


「部長。ペットショップ行こ。カルピンのブラシ欲しかったんだ」


満面の笑顔で腕を引き、早く早くと急かしてくる恋人に苦笑しつつ。
引かれる手を解き細く華奢な腰へ。


「そう焦るな。俺は逃げない。それに、もう少し落ち着いて見せろ。折角そんな可愛い格好をしてくれたんだからな」


一瞬、キョトンとリョーマの瞳が丸くなる。
そして、みるみる赤みを帯びて。


「そ……な……ちょ……」


パクパクと空回る唇。
クツクツと喉を震わせて、リョーマの小さな左手を掬い取り、唇を寄せる。
冷たい指先が、ピクリと震えた。


「──HAPPY BIRTHDAY, My fairy of St.night」

(誕生日おめでとう。俺だけの聖夜の妖精)


耳朶に吹き込んだ言葉は、更にリョーマの体温を跳ね上がらせて。
赤く染まった頬を掌で包み込んでやれば、恥ずかしげに伏せられた瞳が、ゆっくりと綻んだ。






◆◇◆◇







美しく咲き誇る華。
白い花弁を仄かに赤く綻ばせて。
纏う赤よりも鮮やかに。
降り頻る雪よりも麗しく。
愛らしくも凜としたその姿。
聖夜に生まれ落ちた、たった一輪の徒花。
君の生まれた日に、祝福を。
君が生まれた事実に、この上ない喜びを。


──Happy Birthday.
     &
   Merry X'mas.
       My dearest.




END


1/1
prev novel top next
template by crocus
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -