「ねぇ。好きだよ」


どれだけ言葉にしたなら。
この想いの全てが伝わるだろうか。
何千、何万。
幾らでも。
けれど、伝わるのは僅か数パーセント。
不便だと、心底思った。






◆◇◆◇







昼休み。
リョーマの席の周りは騒がしい。
弁当を広げて食事に着こうとすれば、いつもトリオが現れ、更には小坂田や竜崎までが輪に加わる。
残念ながら小坂田や竜崎が騒いでいる“越前リョーマ”は、彼女達の眼鏡に適う少年ではない。
秘匿されている事とはいえ、リョーマは女。
つまりは彼女達と同じ少女なわけで。
しかもリョーマは甲高い声があまり好きではない。
母親譲りのハスキーボイスは、他の少年たちと比べて遜色ない。
寧ろトリオの一人、カチローよりも低いのだからかなりのものだ。
そうであれば自然と女子の甲高い声は耳に馴染みなどなく。
聞き流そうにも耳に引っ掛かってくる声だ。
嫌でも耳に残る。
母が詰めてくれた弁当を突つきながら、小さな溜息を一つ。


「リョーマ様!あたしリョーマ様の為に愛妻弁当作ってきたのよ!」

「……俺弁当あるし」


得意げに広げられた重箱。
色とりどりの具材が敷き詰められたソレは確かに食欲をそそる。
だが、リョーマは冷静極まりない。
素気なく小坂田の申し出を切り、弁当を突つく。
斜め前から小坂田が検討違いな感想を漏らしているが、ここは無視。
慣れたものだ。


「いやーん!リョーマ様ってばクールなんだからぁ」

「ただ相手にされてねぇだけだろ」

「何よ堀尾。アンタにリョーマ様の何が解るってのよ!」

「お前だって知らねぇだろうが!」


堀尾、全面的に正解。
出汁巻き玉子を口に放り込み、胸中で小さな拍手を送る。
ギャンギャンと喚く二人を視界からすらも追放し、窓へ。
初夏の熱を孕んだ風が木々を揺らし、カーテンを揺らし。
今はない一人の姿を思い描く。
そう。
小坂田は何も解ってない。
リョーマが女だという事も。
クールなどでは、決していられなくなったのだという事も。













部活が終わり、部員のいなくなった部室は、簡素だ。
冷たいコンクリートに取り囲まれ、鉄のロッカーが鬱蒼と生い茂る。
電気が点いていなければ富士の樹海と似た雰囲気なのではないだろうか。
奇妙な感慨を抱きながら、ウェアを脱ぎ捨てる。
少なくとも今年いっぱいは男として生活しなければならない。
となれば部員にも極力性別は明かさないほうが無難だ。
結果、リョーマは毎度部員たちが帰った後に部室に戻る。
名目上はコート整備や自主トレとなっているので、今の所疑われた事はない。
ウェアを鞄に放り込み、カッターシャツを引っ掛ける。
次にハーフパンツを脱いでスラックスを手に取る。
シャツを完全に着てしまわないのは、癖だ。
小さい頃からボタンやチャックは最後に纏めて締める癖がある。
それを見る度にあの人は小言を言うけれど。


「……越前」


あぁ、来た。
タイミングよく背中越しに聞こえた渋い声に、リョーマの瞳が苦笑に変わる。
殊更ゆっくりとボタンを締めながら振り返れば、予想通りの仏頂面。


「遅かったっスね。部長」

「……次の試合に関して竜崎先生と話があったんだ。それより越前。しっかりボタンを締めてから下を履け。バレたらどうする」


眉間の皺がいつもより多い。
堪えきれぬと笑いを零せば、手塚の渋面が濃くなりガタリと椅子が床との摩擦に音を立てた。
部誌も既に提出済みで、着替えも終わっている。
後は帰るだけの状態なのに、手塚は鞄を持たずに椅子に背を預けている。
これは、彼なりの気遣い。
リョーマを一人で帰さないようにと。
常に厳しい顔をしているから誤解を招きやすいが、手塚は存外に優しい。
大石のような気配り上手ではないが、他人を気遣う事の出来る優しさを持っている。
それに気付けたのは高架下での試合の後、数日経ってから。
部活に顔を出さなくなったリョーマを気遣い、わざわざ自宅まで訪ねて来た。
まさかそこまでされるとは思いも寄らず、文句や恨み言、再戦の申し込みも何も浮かばず。
ただ唖然とした。
それから、リョーマの手塚を見る眼は変わった。
ただ偉そうに踏ん反り返ってるだけだと思っていたのに。
気付けば彼はただ感情表現が苦手なだけ、ただ不器用なだけなのだと解った。
そして、リョーマと手塚が恋仲になったのは、その僅か数日後。
当然部員には内密だ。
不二や乾辺りは気付いているだろうが、表立っての妨害は今の所入っていない。
そうして二人は順調な交際を続けている。
けれど。


「ねぇ。国光」


時折不安になる。
こんな男勝りな女でいいのか。
こんな自分でいいのか。
愛されてないとは思わない。
けれど、恋愛に不安は付き物だ。


「好きだよ」


だから、リョーマは愛を囁く。
離れていかないように。
自分の心を正確に理解して貰えるように。


「好き。大好き」


でも、どれだけ愛を綴ってもそれは所詮薄っぺらい言葉。
喉が震える事で生み出される音の羅列に過ぎない。
伝わらない。
どれだけ言っても伝わりきらない。
毎日、何をしていても頭の片隅には手塚がいる。
考えない時など数秒にも満たないというのに。
なぜ、的確な言葉がないのだろう。


「I love you.」


And,crazy for you.
使い古された言葉しか出て来ない。
伝わらなくて、歯痒くて。
泣き出しそうだ。
ほら、クールなんかになれないじゃないか。
泣き笑いのように自嘲して、こちらを見上げてくる手塚の頭を胸に抱き込む。
伝わればいい。
どれだけ愛しいか。
この想いが欠片も残さず手塚の胸に刻まれてしまえばいい。
そうすれば、不安ではなくなるだろうか。
噛み締めた唇。
意外に柔らかい髪に頬を埋めれば、温かかった。


「I……」


不意に、胸に響く振動。
何かと僅かに身体を離せば、眼鏡越しの瞳と交差した。


「I crave you.」


リョーマの瞳が、見開かれる。
見上げてくる手塚を凝視し、そして。


「Me to……」


フワリと、微笑んだ。






◆◇◆◇







きっとどんな言葉を並べても。
この想いは伝わりきらない。
だけど、彼が望むなら。
彼が望んでくれるなら。
想いも過去も未来も、そして自分自身ですら捧げよう。


『I crave you.』


“私は貴女を渇望する”


『Me to……』


“私も同じ”


いつか互いを貪り尽くすまで。




END


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