無礼講とは、身分・地位などの上下による堅苦しい礼儀を抜きにして行う宴会のこと。
つまるところ、何でもありのどんちゃん騒ぎ。
脱ぎ始める者もいれば騒ぐ者もいる。
勿論潰れていない者もいるが、その光景はどんな場面であれ惨憺たるものだろう。
そしてそれはこの場に於いても同じである。


「っしゃー桃ちん!勝負勝負ー!」

「望む所っスよ!」


甲高い声を張り上げてズビシッという効果音とともに桃城へと人差し指を突き付ける菊丸。
挑まれた勝負は受けねば男が廃ると拳を握って立ち上がる桃城。
中学男子テニス部の名門、青春学園テニス部の二人の決闘に、周囲がざわめいた。


「いっくぞー!」

「いつでも来いやー!」


掛け声とともに両者が取り出したのは愛用ラケットとボール。
……ではない。
ドンッ!と重々しい音とともにテーブルに現れたのは、茶色い一升瓶。
中身は、琥珀色の液体。


「負っけないもんねー!」

「俺だってまだまだいけますよ!」


勝負内容。
ビール飲み比べ。
互いへの牽制とともに一気に一升瓶へと齧り付いた二人に、既に周囲の声は聞こえてない。
といっても止めているのは青学の良心、河村のみ。
他のメンツもめいめい出来上がっているので二人が止まるはずもない。
宴会が繰り広げられるここは不二宅。
全国大会を優勝で飾った彼等はその足で河村寿しへと赴き、存分に祝勝会を楽しんだが。
だが何しろ全国優勝。
それだけで喜びが鎮静するはずもなく。
不二宅の住人が明日まで不在との情報を聞き付けて二次会と相成った。
しかし流石は大人のいない宴会。
酒は持ち込むは騒ぎ出すはでもはや収拾が付きそうもない。
ここに部長の手塚がいれば話は違ったのだろうが、生憎手塚は顧問の竜崎に連れ立たれ病院。
河村寿しまでは一緒だったが、如何せん決勝の真田戦での無理が災いし、肘の腫れは引かぬままだった。
そして手塚の身はそのまま病院へ。
検診が終わり次第不二宅に合流する手筈だ。
しかし、既に出来上がっている彼等の頭には手塚の脅威など微塵も残っていない。
アルコールの力により既に完全な酩酊状態だ。


「みんな楽しそうで何よりだね。ねぇ越前?」


ニコニコと極上の微笑みを浮かべる不二が、隣を仰ぐ。
当然不二もアルコールを呑んではいるが、慣れているのか強いのか。
ほんのり赤らむぐらいで意識もしっかりしている。
その上で周囲のどんちゃん騒ぎを煽っているのだから恐ろしい。
むしろ先の菊丸と桃城の飲み比べ対決も不二が焚き付けたもの。
理由は見てて楽しいから。
お目付け役として同行していた大石も初めに大量に飲まて潰しておいた。
止めるものさえなければこの場は不二の独壇場だ。
そして、不二の視線の先には全国大会に於いて最も力を示した最強ルーキー、越前リョーマ。
彼……否、彼女は本来女子であるのだが性別を秘匿して現在男子として学園生活を送っている。
理由は定かではないが、テニス部レギュラーは暗黙の了解として周知していることだ。
そして現在。
その期待のルーキーは今、ペタリとテーブルに懐いたまま微動だにしない。
それは宴会開始直後、ファンタと偽って酎ハイをしこたま飲まされたせいであることは、もはや疑いようもない。
しかしそこは不二。
再びリョーマへと呼びかけ、細い肩をゆるゆると揺らしては返事を乞う。
呑ませた張本人のくせに、と唯一正常な思考を保つ河村が憐憫に目を細めたのは全くの蛇足だ。


「ほら越前。起きて」

「ん……」


むずかるように身じろぎ、のろのろと身体を起こしたリョーマの目は、既にトロリと溶けていて。
頬もほんのりと赤く染まっているところから、相当酔っているだろうことが見て取れる。


「大丈夫?」

「んー……ふじ……せんぱい……?」


常ならば嫌味や挑発ばかりを響かせる口は、今や呂律が回らぬのか舌足らずの甘え声。
コシコシと目を擦りながらフニャリと頬を綻ばせるその様は、まさに殺人的。


「おいで。抱っこしてあげる」

「ん……」


極上の微笑みとともに両手を広げる不二に、嫌がる素振りもなくコクリと頷く。
そして小さい身体を丸めて素直に不二の腕に収まってしまうのだから、酒の力は恐ろしい。


「可愛いね。キミは」

「んー……あったかぁい」


ゴロゴロと喉を鳴らす猫よろしく不二の胸に頭を擦り付ける。
これを河村や海堂にしたならば一瞬にして気絶してしまうだろう。
それほど今のリョーマは危険だ。
妙なフェロモンが全身から撒き散らされている。
勝ち気な色を宿す吊り気味な瞳が甘えるように細められ、舌足らずな口調が更に愛らしさを煽る。
虎視眈々とリョーマの恋人の座を狙っていた不二としては、これ以上ない美味しい状況といえるだろう。
大人しく腕の中に収まるリョーマに頬擦りをしたり髪を梳いたりと酷くご満悦だ。
一方それらを一身に受けるリョーマのほうも気持ち良さそうに目を細めているのだから始末に悪い。
ピンクのオーラを醸し出す二人に、眺めていた河村はいたたまれないとばかりに顔を逸らした。


「ねぇ……不二せんぱい」

「ん?なぁに?」


トロリと蕩けた瞳で見上げるリョーマに、不二は始終ご機嫌だ。
それこそ普通の女が見たなら腰を砕くような極上の笑みを浮かべる程に。
艶やかな黒髪を指先で梳き、今にも唇でも合わさんばかりに甘い雰囲気。
これではこの二人がカップルと言われて疑う者などいないだろう。
だが、世の中とはそう上手くはいかないもので。
殊、人間相手ではそれも顕著だ。
よって、その甘ったるいピンク色の空気は薄く開かれたリョーマの唇によって凍り付くことになる。
誰ひとり予想だにしない発言によって。


「くにみつ……まぁだ?」


──ビシィッ!


一瞬にして走り抜けた衝撃。
愛らしい桜色の唇から漏れた言葉は、不二のみならず酔いに任せて騒ぎ立てる菊丸たちの動きすらをも止めた。
『くにみつ』とリョーマは言った。
『まだ?』とも聞いた。
まだかと問うたということは何かを待っているということで。
この場合『まだ?』の前に発された言葉にかけられたものと思われる。
『まだ?』の前に発された言葉は、『くにみつ』。
『くにみつ』とは何かの名称なのだろう。
食べ物や物、あるいはアクセサリーか。
はたまた人名とも取れる。
しかし、『くにみつ』と名の付く食べ物や物は彼等の知る限り存在しない。
林檎の種類に国光(こっこう)というものが存在するが、読み方が違う。
となれば人名か。
だが、『くにみつ』という名の人物は一人しかいない。
そうそれはリョーマの口から発されるなど予想もされぬもの。
否、この中の誰ひとりとしてその名を口にしたことのないもの。
それは。


「何で越前が手塚のファーストネームを呼んでるのかな?」


ここにはいない唯一のテニス部レギュラー。
青学テニス部を背負い、導き、全国制覇へと青学を引き上げた立役者。
部長、手塚“国光”その人。
如何な状況に於いても厳格な姿勢を崩さず、常に厳しい表情を保ちながら周囲を律する鬼部長。
その彼の性質故にフレンドリーをウリとする菊丸ですら手塚のファーストネームは一度として口にしたことがない。
むしろ学園内どこを探そうとそんな人間は存在しないのではないか。
そんな手塚を。
あろうことか一年であるリョーマが。
ポンヤリとした顔で周囲を見渡し、コトリと首を傾げるリョーマが。
呼び捨て。
あの手塚を。
呼び捨て。
不思議そうにゆったりとした瞬きを繰り返すリョーマが、頭上から覗く不二の笑顔に視線を戻す。
そして、再び爆弾は投下された。


「なんでって……ステディならあたりまえでしょ?」


今度こそ、室内温度が氷点下へと落下した。













覚醒した大石秀一郎はまず、鞄の中身を確認した。
胃薬はまだ残っていただろうかと。
そして急速に痛みを訴え始めた苦労性の胃を宥めんと腹を摩った。
それによって現状にさしたる変化は見られるはずもなかったが。
大石秀一郎十五歳。
短い人生の中でこれ以上ない苦痛を味わっていた。


「おチビー。手塚のブツってどんなんー?」


それは目の前で繰り広げられる中学生らしからぬ質疑応答の嵐。


「んー?おっきいよ?太くて俺のお口はいんないのー」


そしてそれに満面の笑顔で答えるフェロモン垂れ流しの美少女。


「そっか。いつもお口でシてるの?」

「たまぁにー。お口つかれちゃうからヤってゆってるの」


あぁ神様。
助けてください。
ジーザス。
大石は今、天に召された。


「にゃ!やっぱり手塚はムッツリ!」

「手塚ってセックス上手いの?」

「んにゅ……わかんなぁい。いっつも挿れられると気持ちーってなっちゃうから」


倒れ伏した大石を気にかける者などこの場にはおらず。
まだまだピンクの質問は続いていく。


「どういう体位が好き?」

「たいい?」

「どういう体制でエッチするのが好きにゃ?」

「んーとぉ……俺はゴロンってしてスるのが好きー」

「成る程。越前は正常位が好き、と」


菊丸、不二が質問し、乾が答えを書き留めていく。


「でもねぇ?くにみつはぁ座ってスるのが好きなのー」

「座って?」

「座った手塚の膝に越前が乗るのかな?」

「ん。そー」

「手塚は対面座位が好き、と」


フムフムと頷く三人に、リョーマは一人フニャリとした微笑みを零す。
潤んだ瞳が何とも淫靡だ。


「でねー俺はぁいっぱいイくのー」

「手塚は?」

「んー。俺がぁ三回イってぇ……くにみつが一回イくぐらいー?」

「ふむ。越前は感じ易いんだな。いいデータだ」

「ふふ。手塚……僕の越前を誑かすなんていい度胸してるよ」


不穏な気配を醸し出す不二に気付いた者は、いない。
既に不二、菊丸、乾、リョーマ以外は現実逃避を実行済み。
酒も入っていたため逃避は容易だ。
そしてそれから。
リョーマによる手塚とリョーマの夜の事情は一時間に渡って暴露された。
中には蜂蜜プレイの感想やフェラ時に辛かったことの愚痴、手塚の絶倫ぶりなど。
本人が知ったならば卒倒ものな事柄も多く語られた。
特に不二が食いついたのはリョーマが最も感じる場所は何処か、という点であったとか。






◆◇◆◇







その後。
病院から不二宅に到着した手塚を迎えたのは、不二の腕の中で心地良さそうに眠る恋人と。
菊丸、不二、乾による精神攻撃だった。
しかもその内容は耳を塞ぎたくなる、所謂夜の事情というもので。
暴露したリョーマがその後、手塚自らによって朝までの長い時間を費やしたお仕置きに見まわれたことは、言うまでもない。




END


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