「部長って欲求不満っスか?」

「…………。」


言ってしまえば、何を言ってるんだコイツは。
そんな感想しか浮かばなかった。











部日誌を書くために部室に残っていた俺と、自主練上がりの越前。
当然のように男子テニス部の部室を使い、この部に所属している越前は、女だ。
性別を偽って入部している……わけではない。
越前はれっきとした女子テニス部員だ。
だが、入部直後、女子では物足りないと顧問に猛烈に直訴し、男子テニス部に混じることを了承させた。
その際に──公式戦は女子部で出るが──男子部に入部することになったというわけだ。
この行動からも解るように、越前は破天荒な言動をする。
……言ってしまえば変人だ。
今回のこともそうだ。
俺は部日誌を書く傍ら、昼に購買で購入し、未開封であった500mlパックのコーヒーを飲んでいた。
部活後に自販機で飲み物を購入するという手もあるのだが、部活に所属する他の部員たちも自販機に殺到するため、たまに売切れが続出する。
その予防策として昼に余分に買っていたものだ。
パックという表現で解るよう、それはストロー付属のもので。
何とはなしに部日誌を書く傍らに口を付けていた……のだが。
唐突にストローを指差したかと思えば、いきなり例の台詞。
いくら変人だろうと、話の脈絡くらいは作ってほしいものだ。


「……何だ突然。」


呆れた声を向けてやれば、ジャージの上を脱ぎ捨てている背中が目に入った。
そして、襲う頭痛。


──頼むから男の前で堂々と着替えないでくれ……


額を押さえてしまう俺の気も当然だろう。
なぜにコイツはこんなに警戒心が薄い……。
仮にも女だろう。


「越前……。」

「だってさ。部長ストロー噛んでんじゃん。」


会話のキャッチボール失敗。
注意しようとしたというのに、見事に遮られた。
そして、再び飛び出す意味不明な言葉。


──……コイツはどこの星の生物だ


もはや意思の疎通は諦めるべきだろうか。
他の星の生物なのだと結論付けてしまおうか。
本気で逡巡し始めた俺を尻目に、越前はさっさと着替えを進める。
学校指定の女子制服を着込み、スカートの下には長いジャージ。
前に菊丸がそれを指差して『色気がない!』と叫んでいた。


「ストロー噛む人は欲求不満らしいっスよ。」


歪になったストローの先端を弾き、越前が笑う。
音に表すならば、『ニヤリ』と。


「堅物で有名な生徒会長兼部長様でもオトコノコだったんスねぇ。」


座る俺を見下ろして来る越前は、言うまでもなく楽しそうで。
溜め息も出てしまう。


「当たり前だ。」


部日誌を閉じて、立ち上がる。
そして、逆転した視点の先にその顎を捕らえて。
軽いキス。


「こんな破天荒で意味不明な女を彼女にすれば、誰とて欲求不満にも頭痛にも悩まされる。」

「へぇ……言ってくれんじゃん。」


一か月ほど前に入部して来た越前。
数週間前に恋人になった越前。


「欲求不満はオレのせい?」

「当たり前だ。」

「そりゃよかった。」


全く持って理解不能な人間。
読めない食えない人間は不二だけで手一杯だというのに。


「んじゃ、たっぷりタマってくださいよ。我慢ぎりぎりになったら手伝ってあげますから。」


こんな異星人のように変人な女性を彼女にするとは……。


「それまでは、ストロー噛んでてくださいよ。……そうだな。ストロー20本入パック全部噛んだら相手したげますから。」


俺もまた随分な変人なのだろうな。


「俺はパック式はあまり飲まないんだが?」


だが。


「んじゃ、ずっとお預けってことで。」


それも、いいかもしれない。


「思春期の男に随分と酷なことを。」


そう思ってしまう辺り。


「こういう時ぐらいオレにも勝たせてもらわなきゃ割に合わないんで。ま、そのうちテニスでも勝ちますけど。」


相当コイツに毒されている。


「ならば、テニス以外でも主導権を握れるよう精進しよう。」


しかし、それすらも心地よく感じるのだから、困ったものだ。


「帰るぞ。送ってやる。」

「うぃーっす。送り狼の卵さんよろしくお願いしまーす。」


そして、今日もまたこの破天荒な彼女に振り回されて帰路に付く。
歪なストローが刺さったパックを、部室のゴミ箱へと投げて。











それから暫く。
手塚の飲むものは専らパックのコーヒーか紅茶に変わったという情報が、乾のデータノートに追加されたらしい。


-END-


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