それは、何処からが過ちだったのだろうか。






◆◇◆◇







手塚国光。
品行方正を絵に描いたようなその男。
学園の生徒会長を勤め、部活の部長も兼任し全国優勝を成し遂げた逸材。
その勤勉さと謹厳実直な様は誰が見ようと明らかで、生徒のみならず教師からの信頼も並ならない。
そんな彼が、実は仮面であると誰が知るだろう。
答えは、たった二人。
一人は同じ部活に在籍した、彼自身の幼なじみであり悪友──不二周助。
そして今一人は彼自身の恋人である少女──越前リョーマ。
二人は互いに手塚の正体を知りながら時に窘め、時にサポートをした。
横暴で冷酷、利己的にして自己中心的な手塚を、あるいは友として、あるいは恋人として慕っていた。
無理難題な無茶ぶりも、二人は時には許容し時には突っぱねた。
三人で弁当を広げ、談笑する光景も珍しくはなかった。
リョーマが不二のオカズを横取りし、仕返しにと不二が手塚の弁当を突けば便乗してリョーマも手塚の弁当へ箸を突っ込む。
キレた手塚が無言で二人の頭を殴りつけ、不二とリョーマが仲良くコンクリートと抱擁する。
屋上で繰り広げられるその光景は謹厳実直な手塚を知る人間には信じ難く、悲鳴をあげかねない代物。
何しろあの手塚が舌打ちするは、煙草は吸うは、暴言を吐くはと有り得ない光景なのだから。
しかし三人にはこれが日常。
手塚によって出来たたん瘤を携えた不二とリョーマが結託して手塚に膝カックンを実行したり。
それをあっさりと避けた挙げ句に手塚の手がリョーマの胸を揉んだり。
悲鳴とともに飛んだリョーマの脚が手塚の見事な身の熟しによって不二に直撃したり。
そして満面の笑顔を浮かべた不二が何やら奇妙な祭壇を屋上脇に設置し始めたり。
それを手塚が踏み潰したり。
三人の日常は常に賑やかだった。
代わり映えのしない、そして何にも変えがたいものだった。



少なくとも、二人にとっては…………──













手塚という男は、よくも悪くも欲望に忠実な男だった。


「…………」


12歳であるリョーマは入学当初、初潮すら迎えていない少女だった。
少年のような出で立ちと立ち居振る舞い、そしてそれを裏切る愛らしく美しい容貌。
そんな少女を手塚が堕としたのは、リョーマの入学から僅か半月の事だった。
そして二人が付き合い始めて三ヶ月が過ぎた頃。
変化が起きた。
リョーマに初潮がきた。
手塚と付き合い、男女の中になったのは付き合って一週間。
性行為によって分泌を増やした女性ホルモンの影響か、リョーマは“少女”から“女”になった。
そしてその頃から。
手塚はリョーマに構わなくなった。
生理がきてから、突然に。
そして、同時に手塚の隣には毎度違う女が立つようになった。
勿論、学園の生徒に知られぬよう、夜に。
それを知っても、リョーマは常と変わらなかった。
手塚も何食わぬ顔でリョーマと接した。
じゃれ合いこそいつも通りに。
けれどそれ以上の事は、一切ない。
不自然なほどいつも通りの日常。
けれどそんな時分に。
リョーマは、見も知らない女を隣に歩かせ気怠げに煙草を吸う手塚の姿を目にした。
手塚もリョーマに気付いた。
視線が合うと、数秒時を止めた。
そして──笑った。
リョーマが、フワリと艶やかに。


「明日、里芋の煮転がし入れてきてね」


恋人の浮気現場を前に、少女が口にしたのは明日の弁当のリクエスト。
そうして何事もないかのように、手塚の傍らを過ぎ去る。
肩越しにヒラリと手を振って。


「……食いたければ貴様で入れてこい」


遠ざかる背に悪態を吐いた手塚もまた背を向け、二人は別れた。



そして次の日もまた、変わらぬ日常を見せるのだ。













「ねぇ手塚」

「なんだ」

「最近リョーマちゃん、可愛くなったよね」


無人の生徒会室。
陣取る手塚と不二が快適な温度を保つ機械の恩恵を受けながら、窓を眺め遣った。
最近のリョーマは、変わった。
線が細くなり、未熟ながら女性らしいラインを描く体。
少年のように短かった髪には地毛と同色のエクステが付け足され、その長さは背の半ば程。
よくよく見れば愛らしい顔にも薄らとファンデが叩かれ、唇にはプックリと可愛らしいピンクローズのグロスが艶を放っている。
そして何よりも大きな変化は、よく笑うようになった。
明るくなった、とでもいうのだろうか。
華も綻ぶような微笑みを、手塚や不二だけでなくクラスや部活の友人にも惜し気なく見せるようになった。


「入学当初から比べると結構変わったよね。男子に今一番人気だってよ?」


手塚に押し付けられた書類に判を押しながら悪戯に笑う不二が手塚を見た。
窓際に立って煙草を銜える男は、興味なさげに煙を一吹き。


「そうか。火遊びでも覚えたんではないのか」

「まさか。君じゃあるまいし」


何の気なしに応えた手塚に、殊の外真面目な声が返る。
不二の手は既に判から離れ、手塚を向いた。


「ねぇ君さ。最近リョーマちゃんとセックスした?」

「…………」


いやに真剣なその蒼眼が問い掛けたのは、恋人である二人の性事情。
一瞬、手塚の目が毛虫でも見るかのように細められる。
が、この手塚に恥じらいという言葉はない。


「していない。それがなんだ」

「なんだじゃないよ。リョーマちゃんとはシないのに他の女と寝てるの君は!?」

「それがどうした」

「君ねぇ!」


あっさりと得られた返答は不二の声を荒げさせるに十分だった。
けれど手塚は微動だにせず。
新たな煙を吐いただけ。


「元より避妊の必要のない女だから使っていただけだ。生理のきたガキに興味はない。そんな面倒なモノならばもっとマシな体の女を抱く」

「き……みはッ!」


感慨なく、それはあくまで淡々と。
ただありのままの事実を述べているにすぎない、その抑揚に。
不二の手がその襟首を掴み上げた。


「なーにしてんスか」

「っ!りょ……ま……ちゃん……」


不二が手塚を掴み上げたとほぼ同時。
ガチャリと開いたドア。
それとともに聞こえた、ハスキーな少女の声。
瞳を見開く不二と億劫げな手塚の視線がソレを捉えれば、予想と違わぬ姿がそこにあった。


「ったく不二先輩?アンタ人が好いにも程があるよ?よく他人の事でこの人の胸倉掴めるね」


クスクスと苦笑する少女は酷く愛らしくて。
けれどその言葉から会話の内容が彼女の耳に入っていた事を知る。
最も知られてはならない彼女に。


「リョーマちゃ……」

「知ってたよ」


不二の声を遮り、微笑む少女。
それはあまりにも──。


「国光が俺で暇潰ししてたの。処女で生理もきてない女で暇潰したかっただけだって、ちゃんと知ってた。だから怒る必要ないよ。本人承認済みだから」


あまりにも、綺麗な微笑み。


「ほらほら。ンなことより明日どっか行きません?俺明日暇なんスよ」


パタパタと手を振り、掴み合う二人の傍らにドサリと沈む。
ニッと笑うその姿に変わりなく。
嘆き、悲哀、憤怒、寂寥、そのどれもが存在しない。
ただただ純粋に過ぎる幼気なまでの笑顔。
それが無性に切なくて、不二は自らの唇に傷を生んだ。


「……俺は貴様らと違って暇ではない。行きたければ貴様らで行け」

「うわっ。付き合い悪っ!いいよーじゃあ不二先輩とデートしてくるから。ってわけで明日は不二先輩の奢りで。何処行きます?」


無邪気な笑顔。
華も綻ぶはにかむ笑み。
言葉を交わせばクルクルと変わる表情。
感情表現が格段に豊かになった少女の顔は、愛らしさを助長する極上のスパイス。
本当に気にしていないのか、なんて。


「いいよ。ただし五千円以内ね?何処がいい?」


部外者である不二に、問う術などあるはずもない。













それから二ヶ月。
相変わらず手塚と不二とリョーマの関係は変わらず。
昼食をともにし、ふざけあい、部活に汗を流した。
今日も今日とてリョーマと不二お手製カラーボールパチンコで手塚の髪をセルフカラーリングをしてやろう作戦を決行。
「てぃっ」「やぁっ」と気合い十分の掛け声とともに放たれたボールが手塚へテイクオフ。
手塚の手にはいつの間にかラケット。
スパンッといい音。
不二からビチャッと嫌な音。
セルフカラーリングに一名様ご案内。
滴るオレンジ色に不二がニッコリ。
リョーマがフンワリうふふ。
手塚の鼻がフン。
そして暴れ出した不二によって魔界の住人いらっしゃい。

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