“男”ってのは我慢が利かない生き物だとは、聞いた事がある。
けど、流石にこれはどうよ?






◆◇◆◇







ポンッと一つ、ボールがガットに跳ねた。
顎に伝う汗を手の甲で拭えば、不快な汗の臭いが鼻孔を突いた。


「…………」


その臭いに口を押し曲げて顔を歪めれば、壁へ向けていた足を部室へと向けた。
既に空は茜色。
部活が終わったのは三十分以上前の筈。
そろそろ部室はカラであろうし、待ち人が訪れる頃合いだ。
流石に女子でありながら男子に混じっている身の上ゆえ、着替えにはさしものリョーマとてそれなりの気を遣っている。
露出の趣味もなければタダ見させる気もない。
であれば部員が立ち去った後に着替えるが妥当。
そのうえ恋人である手塚は必ずといっていいほど帰宅が周囲より遅い。
ならば部活終了と同時に自主練に向かい、頃合いを見計らって戻るのが最も効率的。
タオルを首にかけ、帽子を団扇代わりに仰ぎながら部室へと向かう。
今日は生徒会の議会があると言っていた。
普段はいろいろ問題アリな手塚だが、学校や家族の前では百枚近く猫を被る男だ。
しっかりと参加しているだろう。


「部活にも来てなかったしね」


独り言ちてチラリと校舎を確認。
生徒会室は四階。
電気は、点いている。
こめかみを流れ落ちてきた汗をタオルに拭い、視線を目前の部室へ戻した。
さっさと汗を流したいと、不快な肌の感触に今一度眉を潜めて。
そうして、ノブを回し部室を開け放つ。
と、途端に飛び込んで来る汗の臭い。
部活後の部員達が着替えを行う場所であるから、臭いが篭るのは仕方がない。
けれど扉を開けた瞬間、リョーマの片眉が跳ね上がった。
それは飛び込んできた汗の臭いに──ではなく。


『あんッあぁっ』


聞こえてきた甲高い嬌声に、だ。
開いた扉の向こうにあったのは、即席AV鑑賞シアターだった。


「…………」


小さなテレビ画面にかじりついているのは、桃城、菊丸。
そして離れたベンチの上からその二人を観察して楽しげに微笑む不二。
菊丸と桃城の前では、黒髪の高校生らしき少女が体格のいい男に思うさま揺さ振られている映像が鮮明に映し出されている。
父親が父親ということもあり、そういったものへの免疫は普通の少女より強いリョーマだが。
この光景には呆れて言葉も出ない。
踏み込む気も起きなくて、ラケットを小脇に抱えたまま扉に寄り掛かった。


「…………」


人のセックス見て何が楽しいんだか。
無言のまま半目を画面に投げたリョーマが、微かに肩を竦める。
ハーフパンツから伸びた足を軽く組み、ラケットを抱えたまま両手をポケットへ。
耳障りな嬌声は間断なく。
桃城か菊丸かは判らないが、どちらかが息を呑んだ音が聞こえた。


「……ねぇ。楽しいっスか。ソレ」

「え……うにゃぁぁッ!」

「え、ええええちえちえちじぇ」

「やぁ越前。手塚ならまだだよ」


外の暑さと汗の不快さに耐えかね──といっても数十秒程度しか黙ってはいなかったが──、声を発したリョーマへ二人の男が文字通り飛び上がる。
それに反して朗らかな笑顔で軽く手を上げた不二に二度目の半目を向けた。
この男、絶対にリョーマが来た事に気付いていただろうに。
気付いたうえで黙って鑑賞会を続けさせていたのだ。
つくづく食えない男だと、改めて認識する。
その傍らで桃城と菊丸はワタワタとテレビを切り、引き攣った笑いを浮かべながら画面を体で隠していたが。
溜息を一つ吐き、ロッカーへと進めばラケットをソコへと下ろした。


「どうでもいいっスけど。出てってくれません?着替えたいんだけど」

「へ……え……あ……」

「にゃ……」


肩越しに三人を見遣りつつ、ポロシャツの襟を僅かに指で押し下げる。
リョーマ的には“着替えたい”の意思表示をしたつもりだ。
しかし先までAV鑑賞をしていた二人の男は、どうやら妙な想像を掻き立てられたらしく一様に顔を赤く染めて直立した。
その反応に眉を一度顰め、溜息を一つ。


「……妙な気起こさないでくださいよ?部長に殺されたくないっしょ、先輩達」

「まぁ確かに。越前を襲ったなんて手塚が知ったらまず命はないだろうね」


呆れを篭めたリョーマに同意を示した不二は、至極楽しげだ。
同じ男で二人と同じ物を見ていた筈なのに、不二の雰囲気はいっそ爽やかなほど。
どうして同じ性別なのにこんなに違うものなのだろうか。


「……とりあえず桃先輩、菊丸先輩。そのおっ勃ってるモン、処理したほうがいいんじゃないっスか。トイレはアッチ」

「おまっ!少しは恥じらいぐらい持てよ!」


騒ぐ桃城に向けて背中越しに手を振れば、ブチブチと文句を零しつつドアを開ける音が聞こえた。
勿論、二人は前屈みな状態で。


「他人のセックス見て何が楽しいんだか」

「知りたい?」

「……俺、出てってくださいって言いましたよね」


立ち去った桃城達の遠ざかる音を聞きつつ、先に抱いた疑念に音を持たせた。
完全に独り言のつもりだったのだが、思わぬリターンが返ってくる。
ゆっくりと脱ごうと手を掛けたポロシャツを離し、ジトリとした目を背後に向ければ変わらずベンチに座ったままの不二がいた。


「越前がトイレを案内したのは桃と英二だけだったよ?」

「その前に着替えたいから出てってって言いましたよね」

「そうだった?」


のらりくらりと躱す不二を見ていると、何だか反論がとても面倒になってくるから不思議だ。
着替えを諦めるべく不二から一番遠い別のベンチに腰掛ければ、クスリと小さな笑みが聞こえた。


「男っていうのはね、我慢が出来ない生き物なんだよ。だから溜まっちゃうの。それを処理するには、やっぱりそれなりのオカズが必要なんだ」

「……なんかアンタの口からそういう発言、あんま聞きたくないっスね」

「そうかな?僕も立派な男だし、説得力もあると思うけど」

「そうじゃなくて。違和感ありまくりっス」


溜息とともに帽子を頭に乗せれば、女性と見紛うほどに優美な美貌の男が楽しげに微笑んだ。


「まぁ、百聞は一見に然ず。ハイ」

「……なんスか」


立ち上がった不二がリョーマの元へ歩み寄り、手を差し出す。
その中には、一枚のDVD。
何も記載されていないケースに眉を寄せ、怪訝に見上げれば優美な男は殊更に輝かしく微笑んでくれた。


「手塚に見せてみたら?いつもと違うセックスが味わえるかもしれないよ?」

「……いや別にそういうの求めてないっスから」

「まぁまぁ。物は試しだよ」


差し出されたAVを片手で押し退け、丁寧にお断りを申し出たが逆に押し付けるように握らされた。
キラキラと効果が付きそうな笑顔で。


「じゃ。あぁ返すのはいつでもいいから」


そして笑顔のままに颯爽と立ち去った。
残されたのは、AVを片手に取り残されたリョーマ。
唖然と不二を飲み込んだドアを眺めてみる。
しかし、握ったケースは消えない。
そして小さく。
本当に微かな、そして何より大きな疑念がリョーマの唇から零れ出た。


「……返すのはいつでもいいって……コレ不二先輩の私物……?」


レンタルなら期限を過ぎれば料金が発生するはず。
それを強制しないとは……そういうことだろう。
なんだかいろいろと夢と思いたくなった。
額を抑え、軽くうなだれる。
そうして気分を入れ替えるべく着替えを始めたのは、その五分後だった。













「……ってわけでAV渡されマシタ」

「で。それを俺にどう答えろというんだ貴様は」


あの後、部室に訪れた手塚とともに帰宅。
そうして現在、手塚宅。
ベッドを背凭れに隣に座した男へ、不二から渡されたDVDを片手に事の次第を端的に説明。
そしてクルクルと中心に指を入れて円盤を回してみる。
相変わらず無表情の男を見上げてみるが、AVと聞いても態度に変わりは見られない。
コーヒーを啜り、洋書を捲るばかりだ。
その様子を見て、フと悪戯心が沸き上がる。


「……ねぇ。一緒に観よっか」

「…………」


洋書との間に顔を覗き込ませ、リョーマがニタリと笑う。
手塚が至極面倒臭げに眉を跳ねさせた。


「いいっしょ?観るくらい」

「……好きにしろ」


円盤を回しながら更に問うてみれば、酷く投げやりな声が聞こえた。
返答を受け取り、ニッと口端を吊り上げる。
手塚から離れ、四つん這いでデッキの前へ。
機械音とともに舌を出したデッキに円盤を飲み込ませれば、キュルキュルと鳴いた。
これで手塚が勃ったら思いっ切り罵って揶揄ってやろう。

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