笹の葉 さらさら
軒端に揺れる



どこか懐かしい曲が何処からともなく聞こえて来る。
サワサワと揺れる葉擦れが聞こえる日。
今日は七夕。
天に住まう夫婦が一年に一度だけ与えられた、逢瀬の時。






◆◇◆◇







「七夕ねぇ……」


縁側に垂れ下がった笹の葉を一枚摘みつつ、リョーマがその大きな瞳を半目に。
傍らに座した手塚はと言えば、両親と祖父が家を空けているのをいい事に悠然と煙草なんぞ銜えている。


「日本人て何でこんな非現実的な言い伝えが好きなの?」

「……国外も大して変わらんだろう。キリストだのアッラーだの、居もしない聖人やら神やらを信仰しているんだからな。そんなものに金を叩いて教会など建てているんだ。不毛にも程がある」

「あぁ……それもそっか」


尤もらしい手塚の反論には得心したとばかりの頷き。
結局どんな国でも絵空事や昔話は人気であるらしい。
しかし所詮は伝承。
“超”が付くほどに究極の現実主義者(リアリスト)の二人には、全く関係のない話である。


「木に願い事ぶら下げて願いが叶うなら今頃誰かが世界制服ぐらいしてるって」

「同感だな」


サワサワと揺れる笹を前に、立てた膝に肘を付くリョーマがクスクスと微かに喉を震わせる。
煙草が手塚の指から灰皿へとその居場所を移した。


「……そういえば……七夕の昔話ってアレだっけ。織姫って女と彦星って男がイチャつき過ぎて親父にぶちギレられて、そんでどっかにほっぽり出されたって話だよね?」

「あぁ」


リョーマの簡略的に過ぎる七夕昔話。
いろいろと問題点がある気もするが、大筋が間違っていないため手塚が返したのは肯定。
基本、面倒な事はしない男なのだ。


「んで、二人が可哀相だってんでその親父が七夕の日だけ会えるようにカラスだか蝙蝠だかに頼んでくれたんでしょ?」

「……カササギだ」


昔話にカラス……なら解らないでもないが蝙蝠は流石に、ない。
夢も情緒もへったくれもない。
黒い鳥ならいいという話じゃないだろうに。


「細かい事はいいじゃん。んで、会えるようになったはいいけど雨が降っちゃうと会えなくなるーって話だったよね?」

「そういうことにしておけ」


何だかやはりいろいろ間違っている。
が、訂正するのも面倒臭い。
ならばそのまま流してしまえ、と。
新しい煙草に火を点けながら、手塚の目は酷く面倒臭げ。
見上げて来るリョーマに一瞥すら向けぬまま、手塚の口が煙を吐いた。
夜に溶ける紫煙が、空にのさばる雲の中に紛れて消えた。


「じゃあ、俺達もそろそろ親父たちに引っぺがされんのかな」


クスクスと、笑みを含んだ声が手塚の鼓膜を叩く。
煙草を口許から引き離し鳶色の瞳が傍らを見下ろせば、立てた両膝の上で両腕を枕に手塚を見上げている瞳とかちあう。
悪戯気味に細められた、琥珀。


「……誰がいつイチャついた」

「うわ。アンタの口からイチャつくって言葉が出た」

「貴様……」


反論を返した手塚に返ったのは、揶揄。
ジトリと眉を寄せて睨み下ろせば、悪戯な瞳が伸び上がった。


「だってアンタなんか所構わず欲情してくるじゃん?俺だってよくココにお泊りとかしちゃってるわけだし?」


これって立派にイチャついてるっていわない?
手塚の肩に片手を乗せて、伸び上がる華奢な体躯。
耳朶に酷く近くに聞こえるその声があまりに楽しそうだったから。
手塚の指がその顎を捕え、唇に噛み付いた。


「……ほら。縁側でこんなことしちゃうし」


唇を離せば、クスリと釣り上がる薄紅の唇。
揶揄じみた言葉の意図を理解するのも面倒と判じたか、手塚の唇は再び煙草を迎え入れる。
ゆるりと動いたリョーマが手塚の背から身を寄せ、その首に絡む。
紫煙が一度、ユラリと揺れた。


「まぁ例え引っぺがされてもアンタなら力付くで俺んトコ来そうだけど。アンタ俺のこと好きでしょうがないから」

「それは貴様だろう。俺なしで貴様が耐え切れる筈がないからな」

「それはドッチの意味で?精神的に?それともエロい意味?」

「……さぁな」


背に懐く恋人を背負ったまま、手塚が空を仰ぐ。
覗き込んできたリョーマを視界の端に見付け、手塚の手が煙草を灰皿へ押し付けた。
薄い唇が二度目に噛み付いた薄紅は、ゆっくりとソレを開き侵入を受け入れる。
緩やかに傾いていく世界の中、たどり着いた先は畳の上。
静かに離れた唇の先。
似通った笑みを湛え、二人の瞳が悪戯に細められた。






本日曇り。
天の川は隠れ、天の夫婦たちは今年の逢瀬を諦めるのだろう。
天の姫が流す涙が降り注ぐまで、あと一時間。






◆◇◆◇







誰が何を言ったところで、俺たちを縛ることは不可能。
境界線も有刺鉄線も踏み越えて、隔てられた貴方の元へ。
天の二人のように一年に一度なんて待ってやいられない。
常識?ルール?
そんなもの、貴方の前じゃただの星屑。






互いがいなければ耐えられないほどに愛したなら、天の川なんて踏み越えろ。
激流に足掻いても、貴方の元へ走っていく。
それが俺達の、俺達なりの愛し方。






-END-


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