「来たばい」

「いや……来たって言われても……」


平凡な日曜日。
玄関を開けたら巨人が立っていました。






◆◇◆◇







全国大会、関西代表四天宝寺中メンバー。
元九州二翼の一人こと無我マニア、千歳千里。
その彼が中学テニス界無敵のプリンセス、越前リョーマの恋人の座を射止めた事は記憶に新しい。
スポーツ万能で眉目秀麗、そのうえモデル顔負けのスタイル。
男としての魅力を燦然と振り撒く千歳千里という男。
リョーマに焦がれる少年たちの中にはそのライバルの容貌に涙ながらに納得し、身を引いた者も少なくない。
……諦め悪くいまだにリョーマに群がる男も少なくはないのだが。
しかし、そんな男として最高のプロポーションを有した男には重大な欠点があった。


「アポなしでくんなっていったじゃん」

「よかね。いつもんことばい」

「……アンタ明日学校だよね」

「部活までには帰るばい」

「……サボる気満々じゃん。また白石さんに説教食らってもしらないから」


この放浪癖。
思い立ったが吉日とばかりにあっさりと大阪から東京までを飛び越えて来てくれる。
そのせいでリョーマの携帯には四天宝寺テニス部の部長からのお怒り着信履歴が増える一方だ。
しかしこうして来てしまったからには千歳が中々帰らない事ぐらい、リョーマには良く理解出来ている。
溜息とともに千歳を中に招き入れれば、奥から軽やかな足取りとともに愛猫が。


「お。カルピンばい。むぞらしかね」


足元に擦り寄るカルピンを軽々と抱き上げ、相好を崩す。
これだけデカイ図体をしていながら可愛い物には目がないらしく、越前家に踏み入る度にカルピンを愛でている。
初めは警戒していたカルピンも次第に慣れてきたようで、今では自ら進んで千歳に飛び付く有様だ。


「……とりあえず俺の部屋行ってて。何か持ってく」

「解ったばい。行くとねカルピン」


リョーマが自室へ促せば、カルピンを腕に抱いたまま階段を上がっていく。
あれでは誰が飼い主か解らない。
ともあれ、家族が留守でよかった。
母や菜々子ならまだしも父がいると何かと喧しい。
嘆息とも安堵ともつかない溜息を吐き出し、飲み物を調達すべくキッチンへと向かった。













千歳が来た事で部屋の面積が大幅に狭まった気がする。
縦が無駄に長いこの男がいるのだから、ある意味当然といえば当然だ。


「…………」

「…………」


室内に詰める二人の間に、会話はなく。
リョーマは買ったばかりのテニス雑誌を捲り。
千歳は来る途中で借りてきたらしいジブリ映画を鑑賞中。
いつもこんな感じ。
特に会話もなく、同じ室内にいながらお互いに自分の世界に浸る。
わざわざ大阪から遥々やってきたというのに、この三十分近く無言のまま。
けれど、これが二人の普通。
これが一番心地いい空間だと、二人は知っている。
けれど。


「……ちょっと」

「んー」

「重いんだけど」


不意に崩れた静寂はリョーマの声によって。
僅かに持ち上げられた雑誌の下には、千歳の頭。
ゴロリと長い体を横たえ、リョーマの膝を枕に寛ぐ男へ抗議が飛ぶ。
しかし千歳はニッコリと朗らかに笑んだのみ。


「リョーマの膝気持ちよかね」

「変態臭い事いうな」


見上げて来る男の額をベチと叩けば、短い悲鳴が聞こえた。
けれど千歳の体が持ち上がる気配はなく。
諦めとともにリョーマの口が溜息を吐いた。
直後。


〜♪〜♪〜♪


リョーマの携帯が軽やかに歌いはじめた。
千歳を膝に乗せたまま体を伸ばし、歌い続ける携帯を引き寄せる。
二つ折りのソレを片手で開けば、自然リョーマの眉間に皺が寄った。


「まさかアンタこれ予想して……って……もう寝てるし」


眼下の恋人を見下ろせば、規則正しい寝息が。
秀麗な容貌は今や幼さすら感じさせる無邪気さを見せて伏せられている。
呆れを吐いた唇が、不意にクスリと微かな笑み。


「……はい。あぁ白石さん。え?千里?来てないっスよ。はい、はい。またいなくなったんスか。……見付けたら連絡します。はい」


携帯電話の回線を開けば、ここ一ヶ月で大分聞き慣れてしまった男。
適当な相槌を返して、視線を下へ。
あどけない顔をして眠る恋人を、苦笑とともに見下ろす。


「ま、たまにはね」


パタリと携帯を閉じ、瞳を細める。
癖のあるその髪を撫でれば、大きな手に握り返された。






◆◇◆◇







手間のかかる恋人の訪問は、いつも突然。
風のように自由で、水のように掴めない。
大人でコドモな君が立ち止まるのは、いつも俺の隣。
それは君だけの、特等席。




-END-


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