blind
─8─





カツンと革靴の音が反響する。
同時に音へと向けられた視線。


「……ったくテメェら。少しは俺様の労力も考えて暴れやがれ」


視線の先には、呆れたように瞳を眇る跡部。
その後ろには仁王と柳生の姿もある。


「あれ?待機組じゃなかったの?君達」

「待っとるだけというのも暇なんでな」

「我々も赴かせていただきました」


三人の姿を見止めた不二がクスクスと軽やかな笑みを零す。
予想範疇内である返答には、忍足の笑みもが加わった。


「誰が後始末すると思ってやがる」

「しゃあないやろ?ま、殺してへんだけメッケもんやんか」


ギロリと不二と忍足を睨む跡部。
それを朗らかな笑みに一蹴した忍足がカラカラと喉を震わせ、足元に転がる物体を蹴った。
うぅ……と呻く物体──否、人。
忍足と不二の周囲には、所狭しと転がる人人人。
それらは全て二人の手によって排除されたゴロツキたち。
所用時間は、僅か十五分。
和やかな会話が交わされるには些か殺伐とした光景である。


「あ、みんな来てたんだ」

「リョーマ」


そこへ新たな人影。
ヒラリと拘束されたままの腕を振り、五人へと歩み寄ってくる、誘拐された張本人。
その後ろからは不機嫌顔の手塚。
リョーマの無事な姿に破顔した五人だったが、その細腕に嵌められた枷、その異質さに瞬時に柳眉が顰められる。
安穏とした面持ちで五人へと合流したリョーマ自身は彼等の心境を知ってか知らずか。
真っ直ぐに仁王の前へと歩み寄り、ンと腕を突き出した。


「外してくんない?」

「えぇぜよ」


革製の手枷の内側に設置された鍵穴を露出させ、仁王が自らの髪を括るゴムへと手を伸ばした。
ハラリと解けた銀髪が肩に落ち、赤いゴムがスルリと抜ける。
そして、それを擦り合わせれば、赤い布の中から突き出した鈍色。
針金だ。
ゴムの中に忍ばせておいた針金の先を軽く曲げ、手枷の鍵穴の中へ。
カチャカチャと数度中でソレを蠢かせれば、数秒後に鳴った軽やかな音。
同時に先までの拘束が嘘のようにハラリと力を失った革が微かな鳴き声を上げて床へと落ちた。


「あースッキリした」


コキコキと数度手首を回したリョーマが、至極満足げに吐息を吐く。
用の済んだ針金を再びゴムの中に差し込み、髪を縛り直す仁王がチラリと無言の手塚を仰いだ。


「しかし……お前さんも外せるだろ。なんで外してやらんかったなり」

「頼んだら勿体ないから付けてろって。拘束プレイでもする気だったんじゃない?国光、変態だし」


仁王の問いを拾い上げたのは問われた本人ではなく、その恋人。
その返答内容により、五人の目が侮蔑に染まったのは必然といえる。


「こうでもしておかんと色々喧しいんでな。大人しくさせるには丁度いい」


しかし、そこで折れるようなヤワな神経など、手塚は持ち合わせていない。
いけしゃあしゃあと嘯き、フンと鼻先に笑む。
威張るな、と誰もが胸中に毒づくが、口に出す者は誰ひとりない。
言った所で無駄である事は既に学習済み、周知の事実なのである。


「それはそうと」


冷ややかな視線が幾筋も突き刺さる中、しかし手塚に歯牙にもかける気配もなく。
あっさりとその話の矛先を変更してみせる。


「この巫戯山た茶番を仕掛けてくれた愚図に、それなりの礼をさせてもらわなくてはな」


鮮やかに全ての視線を黙殺した手塚の瞳が、仁王へと向けられる。
その視線の意図は明白であれど、なんだか応えてやる気にならないのは仁王の意地が悪いせいだけでは決してない筈だ。


「……その愚図は二階ぜよ」


いっそ無視でも決め込んでくれようかと思案した仁王だが、溜息とともに手塚の視線に応える。
即ち、リョーマを誘拐した張本人の居場所を。


「変態と煙草は高い所が好きってヤツ?」

「それを仰るのでしたら“莫迦と煙”ですよ。リョーマさん」

「……同じようなモンじゃん」


ムスッと瞳を細めたリョーマが、訂正を入れた柳生を睨む。
相変わらず日本語、殊更に慣用句は苦手らしい。


「……行くぞ」


リョーマを横目に見遣りつつ、手塚が踏み出す。
向かうは、二階に続く階段。


「……付いて来ても構わんが、邪魔だけはするな」


階段へと足を掛ける直前。
後に続いた者たちへと手向けられた言葉。
否、忠告とでもいうべきか。
それはつまり、手を出すなという事で。


「俺様の面倒にならない程度にしやがれよ」

「気が向けばな」


釘を刺す跡部にも、チラリと視線を寄越して吐き捨てただけ。
カツンと一段、新たな重みを受けた錆び付いた鉄板が、抗議の悲鳴を上げた。


8/10
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