blind
─5─





「…………やば……」


薄暗い一室。
ポツリと一人佇むリョーマ。
その眼下には──デロリと伸びた男が一つ。
カリカリと拘束されたままの腕を持ち上げ、人差し指の先で頬を掻くリョーマの表情は、お世辞にも晴れやかとは言い難く。
言ってしまえば『やっちまったよコンチクショー』的に引き攣っているわけで。
足の爪先でツンツンと男を突いて見るが、動く気配はなし。
まさか殺ってしまったかとサッと顔を青褪めながら慌てて男の頭を蹴り飛ばせば、微かな呻きが上がったので一安心。
確認の仕方が余りにもアレなのは、この際不問だ。
これがリョーマという少女なのだと完結しておこう。
そもそもいったい何が『ヤバい』のかと言えば。
当然、目の前の男に関係する事だ。
数分前の事。
監禁されたリョーマの元にチンピラが一人やってきた。
そしてそのままリョーマをレイプせんと伸し掛かってきたのだ。
初めは余りの不快さに暴れようとしたリョーマだが、ふと拘束を解いて貰える絶好のチャンスだと思い至る。
そして、未確認飛行物体にでも追突されたと思う事にして我慢しようと結論付けた。
──が、しかし。
チンピラの手がリョーマの太股に掛かった──その時だった。
脚を開かせようと拘束を外された刹那、リョーマの身体は理性を振り切って動き出した。
つまり、上に伸し掛かる男の脇腹を膝で強打。
そして上半身を捻り、反動を付けて浮かせた右足をよろけた男の後頭部に叩き下ろしていた。
因みに、男が気絶している場所の床は蜘蛛の巣にも似た放射状の亀裂が幾重も走っている事を追記しておこう。


「……ま、生きてるならいっか」


呻く男を一瞥の元、さっさと思考変更。
確かに今は生きてるが、病院行きである事は疑いようもない。
歯は欠けてるし鼻血は噴出している、白目を向いてる。
危険だ。
色々な意味で危険だ。
肝試し会場やお化け屋敷に吊しておけば、悲鳴ホイホイであることは疑いようもない。


「さって……どうしようかな……」


既に男の事など塵芥にも気に掛ける事なく、クルリとリョーマが室内を見渡す。
そこは倉庫のような様相だった。
転がされていた時は身体を起こすにもそれなりの労力を要したためにまともに見渡しもしなかったが。
よく見てみれば雑然と積み上げられた鉄製のコンテナやドラム缶、そして鉄線によって括られた木材が壁際に所狭しと存在を主張している。
クンと鼻を鳴らして見れば、鉄錆びた臭いと埃臭さが絶妙な不快感を煽ってくれた。
部屋の広さは十畳程度。
この広さから言って、恐らくは小部屋なのだろう。
つまり、港に陳列するような倉庫ではなく、何かの建物に付随した倉庫と言うこと。
窓はなく、空気も湿ってポッテリと重たい。
フムと顎に指先を添える。
これから起こすべき行動は、二つ。
即ち、逃げるか、留まるか。
本来ならば逃げるが最も適当である気がするが、チンピラが足元に転がる奴一人とは限らない。
一人二人ならまだしも、仮に数十人いた場合は厄介だ。
きっと疲れる。
だからそれは困る。
となればここで大人しくしていると見せ掛けておいた方が楽なのだ。
そうすれば少なくとも疲れない。
だがこんな臭くて狭い所には長居したくない。
何より今は手塚の調整期間なのだ。
これ以上こんな所に居るならばさっさと帰って手塚と打ちたい。
どうすべきかと頭を捻るリョーマが、大きな溜息を吐いた。
と、ほぼ同時に。
背中に面した扉が、重苦しい音とともにゆっくりと開かれる。
ハッと振り向いた視線の先。
顔を覗かせたチンピラ男その二。
クルリと室内を見渡したソレが、床に転がる男と佇むリョーマを順に視界に納めて目を見開いた。


《てっテメェ!何してやがるクソ女!》


怒号を上げて扉を開け放ったチンピラ二号を見遣って、リョーマが静かに瞼を伏せる。
その瞳に多大な憂いを含んで。


「やっぱこうなるんだ……」


悲哀の篭る呟きが零れた刹那。
ガッと鈍い音が室内に反響する。
次いで、ヒュンと風を切る軽やかな音。
壁際に雑然と並べられた木材。
長さから言って一メートル前後のそれが、リョーマの手に落ちる。
木材を括っていた筈の鉄線はいつの間にか外れ、ガラガラと甲高い音を立ててソレらが床に激突した。
頭上で木材の一つを掴んだリョーマが、チンピラ二号へと視線を向け。
フワリと微笑んだ。


《悪いね。俺、強いんだ》


愛らしい微笑みと甘やかなハスキーヴォイスが響いた。
拘束されたままの両手そのままに、木材を握る。
フワリと艶やかな黒髪を揺らし、そして。
──悲鳴が木霊した。


5/10
prev novel top next
template by crocus
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -