blind
─4─





跡部が手塚の家に訪れたのは、連絡を取った三時間後だった。


「遅かったな」

「っるせぇよ。テメェと違って暇じゃねぇんだ」


迎え入れた手塚に突き刺さる跡部の視線。
やはり電話の内容に酷く立腹しているのだろう。
しかし、それは手塚とて同じ事。
即ち、リョーマが誘拐された事実に。


「それで。用意できたか」

「アーン?当たり前だろうが。俺様を誰だと思ってやがる」


険呑な視線の応酬の中、パチリと弾かれる跡部の指先。
と、導かれるように開かれる扉。
リビングの扉から姿を現したのは、四人の人影。


「やぁ。久し振りだね、二人とも」

「なんやけったいな事ンなっとるらしいやん」

「全く。最近の世界状勢とは、嘆かわしい限りですね」

「そうやの。世も末ぜよ」


姿を見せたのは、よく知った面々。
不二周助、忍足侑士、柳生比呂士、仁王雅治。
四人は跡部、手塚ともども中学時代にテニスを競った者たち。
ドカリと腰を落とす跡部の後ろに忍足、足と腕を組む手塚の後ろには不二。
互いのソファから僅かに離れた壁に寄り掛かる仁王と、直立を守りながら仁王の傍らに佇む柳生。
既に定位置となったそれぞれの立ち位置へと、自然に動いていく。


「でも、久し振りだね。このメンツで動くの」

「せやな。三年ぶりか?」


肩を竦める不二と忍足に、仁王と柳生もまた苦笑する。
実はこの六人、中学時代にテニスを競った者──だけの繋がりではない。


「本題に入る」


厳しい手塚の宣言に、笑みを滲ませていた四人の表情が引き締まる。
それは、成人を間近に控えた青年が浮かべるには、あまりに怜悧。


「跡部、不二、忍足、仁王、柳生。久々の──ミッションだ」


手塚の声に呼応し、指を鳴らす者、唇を舐める者、瞳を開く者、眼鏡を押し上げる者と反応は様々。
しかし、一様に言えるのは、その雰囲気があまりに鋭利にして冷徹。
そうまるで。
獲物を捕えた肉食獣。


「まず、仁王」

「なんぜよ」

「あらゆる情報母体(マザーコンピューター)を駆使してリョーマの居場所を突き止めろ。一時間以内だ」

「やれやれ。相変わらず人使いの荒い……。了解ぜよ」

「次に柳生」

「はい」

「居場所の特定が出来るまでの一時間、得物を用意しろ。下手な物で間に合わせるな。正規の物を、だ」

「また随分な無茶を仰いますね。解りました。やってみましょう」

「それから忍足」

「なんや」

「突入時、お前が先頭だ。せいぜい奴らの気を引け」

「了解や」

「不二」

「はいはい?」

「お前も忍足とともに突入だ。ただし、お前は撹乱。奴らの混乱を誘え」

「……簡単に言ってくれちゃって。解ったよ」

「跡部」

「アーン?」

「お前は全員のバックアップだ。もしもの場合には──消せ」

「ちっ。テメェら。俺様の手間増やすんじゃねぇぞ」


次々に飛ぶ手塚の指示。
それはあまりに日常的な会話とは掛け離れて。
しかし命ぜられた五人に不服も困惑もなく。
むしろ至極楽しそうに笑う。
それも当然。
過去、約五年前から日本を拠点に暗躍したとある勢力があった。
それは如何な情報をも掌握し、どれだけ厳重なセキュリティをもかい潜る。
そして百を越える人間を踏み越え、全ての事象を闇へ完全に葬ってしまう、知るものぞ知る究極の暗躍勢力。
政府の要人に抱えられ、秘密裏に動く裏部隊。
しかしそれらは多大な謎を残したまま、三年前に突如姿を消した。
理由も前触れもなく突然に。
当然だ。
勢力のリーダーたる人間が、日本から消えたのだから。
それこそが、この六人の青年。
──否、正確には六人だけではない。
もう一人、メンバーがいる。
七人目の人間が。
それこそが。


「目的は、リョーマの奪還、及び犯人の一掃だ」


囚われた、リョーマその人だ。
元来この七人は、戯れに組む事になっただけの者たち。
東京に住んでいた頃には目障りなヤクザやゴロツキが蔓延っていたものだ。
それらが七人の紅一点であるリョーマに絡む事があまりに多く、本来はリョーマの護衛の為に組んだだけであった。
それがいつの間にか裏で名が知れ渡り、政府の要人──それも表に出せないものを生業とする人間の耳に入り、一気に飛躍したという訳だ。
リョーマに絡む者は何故か名を馳せた大物が多く、それが七人が恐れられた所以だろう。
で、あれば。
リョーマの誘拐というこの由々しき事態、六人が動かない筈が、ない。


「開始は、二時間後。何があろうと決行の遅延はない。仁王、柳生。遅れるな」

「解っとる」

「承知しています」

「跡部。足と情報抹消の準備を怠るな」

「誰に言ってやがる。アーン?」

「不二、忍足。……殺すなよ。後の跡部が煩い」

「気を付けるよ」

「しゃあないな」


手塚の確認に、五人の承諾。
組んでいた足を解き、手塚が立ち上がる。
かけていた眼鏡を外し、ソファへと放り投げた。


「誰を敵に回したのか。愚鈍な奴らに知らしめろ」


露わとなった手塚の瞳。
五人の口許が、更なる笑みを象った。
たった二年の活動に於いて、日本国内の要人に知らぬ者がないと言われる最強の勢力。
彼等にとって、今回の犯人を一掃するなど赤子の首を捻るも同然。
不運なのは、無知である事。
三年の沈黙を経て、最強の青年たちが動き出した。


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