blind
─3─





ジャラ……。
耳障りな金属音に顔が歪む。
痕が付いたらどうしてくれやがる。


「っ……てぇ……」


外れやしないかと手を動かしていたらしっかり擦れてしまったらしい。
腕がヒリヒリ痛い。
逃げるにしろ犯人をボコすにしろ、この手枷足枷を外さないことにはどうにもならない。
だがやはりそう簡単には外れそうもない。
鎖を引き千切る……のはキングコング並みのマッチョでなければ不可能。
となればやはり革手錠の方を外すべきか。
方法は、なくはない。
ただあまり気は進まない。
帰った時に間違いなく手塚に怒られるだろうし、跡部に知られたならば大騒ぎになるだろう。
そして何より、めちゃくちゃ痛い。
はっきり言ってやりたくない方法ぶっちぎりナンバーワンだ。
転がされた体制のまま、後ろ手に括られた右手の親指をクイと引いてみる。
手枷を外す方法?
簡単だ。
右手の関節を外せばいい。
そう、ゴキッと一気に。
が、問題が一つ。
関節を外した時の痛みは半端じゃない。
流石のリョーマとてのたうち回るかもしれない。
そんな状態で果たして逃げられるか。


「…………」


逡巡。


「ま、なんとかなるか」


なりません。
あっけらかんと出された結論に一人満足げに頷きを繰り返す。
ここに手塚がいたならば間違いなく説教タイム三時間コースに突入だ。
なせばなる。
やってみなけりゃ解らない。
All or Nothingだ。


「うっし……」


気合いを入れ、深呼吸を数回。
痛みに備えて歯を噛み締める。
万が一舌を噛み切らないように。
ゴクッと喉が鳴る。
さぁ、一気に行こう。
グッと握った右手親指。
このまま、一気に力を入れれば。


「せーのっ」


ゴキッといく!
気合いとタイミングを合わせて、今まさにという瞬間。


《お目覚めかいお姫様》


建て付けの悪い鈍い音ともに、開かれた扉。
そこから現れた金髪を逆立てた男。
右耳には幾つかのピアスと、左耳には巨大なカフス。
黒のタンクトップにジーンズといった出で立ち。
如何にも、俺チンピラです的な格好。
あまりにも頭の悪そうな外見とニヤケ顔に、リョーマの顔が唖然と見開かれる。
ここまであからさまな見た目を好んでするなんて、はっきり言って莫迦か阿呆にしか見えない。
否、実際そうなのか。
本人かどうかは解らないが、テニスの試合に勝ちたいが為だけにリョーマを誘拐した奴、もしくはその仲間なのだから。


《あの手塚ってオヤジもいい趣味してやがるよなぁ。こんな美人捕まえてんだからよ》


クイと顎を上げられ、間近でチンピラの顔を見上げる。
不細工ではないが、格好よくはない。
というか、格好が格好だけにそこからしてリョーマには圏外だ。


《取引までまだ時間あるしなぁ。どうして欲しいよ、お姫様》


間近に聞こえる流暢な英語。
酒臭い息が鼻にかかって顔が歪む。
百発ぐらいぶん殴ってやりたい気分だ。


《怖くて口もきけねぇか?》


ヒャヒャヒャと下品な笑い。
アンタの息が臭くて口を開けたくないんだよ。
胸中で毒づきつつ、舌打ち。
タイミングの悪い事に目の前のチンピラの乱入によって脱出作戦は先送りだ。
いくら賭けに出る覚悟があるとはいえ、敵の目の前でのたうち回ったら元も子もない。
少なくともこのチンピラが立ち去るまでは耐えなければ。


《しっかし上玉だよなぁ。なぁ、暇だろ?俺と遊ぼうぜ》


覚悟も新たに唇を引き結んだ矢先。
チンピラの手が胸に伸びてきた。
それなりに膨らんだ乳房を揉まれ、ヒュッと息を呑む。
嫌悪に顔が歪み、チンピラを間近に睨み上げる。
しかし、チンピラはニヤニヤと汚い笑みを浮かべるのみで。
見てるだけで気分が悪くなりそうだ。


《んな目で見られても可愛いだけだぜぇ?お姫様》


チンピラの手を振り払おうと身を捩っても、不自由な体制ではそれもままならない。
ギリッと奥歯を噛み締めた。


《んじゃ、あの手塚がご執心の女、味見させて貰うぜぇ?》


と、チンピラの手が今度は太股に。
ゾクッと悪寒が走る。
罵声を浴びせようと口を開きかけ、ハタと思い留まる。
嫌悪に戦慄く背中を敢えて意識の外に放り投げて、リョーマの思考が巡る。
よくよく考えれば、チャンスではないだろうか。
レイプをするにはまず、足枷を外さなければ出来ない。
足が開けなければ最後までいきようがない。
問題は手枷。
しかしこのチンピラ、頭は軽そうだ。
短絡的な行動パターンからいっても間違いないだろう。
と、すればだ。
ここでの抵抗は、みすみす脱出のチャンスを逃す事に成り兼ねない。
なにしろ腕の拘束は間接を外せばどうにかなるが、足の拘束は如何ともし難い。
ならば、解いて貰うしかないのだ。
息は臭いわ顔は気持ち悪いわで最悪だが、ブルドックにでも噛まれたと思えば。
……いやいや、それでは全世界のブルドックに失礼だ。
それにブルドックに噛まれたら結構痛い。
やめよう。
ツチノコ辺りに蹴られたと思おう。
……ダメだ。
そんな貴重な体験、余計に忘れられない。
ならばアレだ。
ピラニアに噛まれたと……ってそれじゃ死ぬじゃん。
ならワニ?
むしろそっちの方が即死だ。
どうしよう。
何に噛まれたと思おうか。
それなりに不細工でそれなりに攻撃的でそれなりに痛くない動物。
何かいないだろうか。
あらぬ方向に思考を没頭させ始めたリョーマだが、当初の目的は一応果たされてはいる。
脱線する一方の思考を追うのに懸命で、抵抗や嫌悪感は微塵も感じない。
否、むしろチンピラの存在を完全に失念している。
鯉って歯生えてんのかなぁ。
また妙な方向に傾き始めた思考を抱えたまま、チンピラの手は忙しなく動く。
そして、無骨な手がリョーマの脚を──撫でた。


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